iri|メジャーデビューから5年 少しずつ見えてきた私の居場所

兄とずっとつながっている

──この5年でライブのステージに立つ際にも意識の変化はありましたか?

そうですね。デビュー前は弾き語りが当たり前のスタイルでしたけど、最近はハンドマイクでパフォーマンスするのにもさすがに慣れてきたかな(笑)。でも今もステージに立つのは怖いですし、毎回緊張しています。もともと人前に立つのが苦手なので、いつも震えてるし、ガチガチだし、勇気を振り絞ってライブしてるんですよ。でも、やっぱりお客さんを前にすると、「伝えたい」という気持ちが勝つんです。それも不思議ですよね。人前に出ると声が震えるタイプなのに、それを仕事にしていて、なんとかなっているという。

iri

──ステージ上でのiriさんのボーカルは揺るぎない力強さや存在感をまとっているし、今こうして話してるときの口ぶりや佇まいも堂々としていますよね。

たぶん、こうやって落ち着いて振る舞っている状態が“なりたい自分”なんですよ。堂々としていることに、私自身がずっと憧れているんだと思う。

──ベストアルバムの選曲はスタッフと話し合って決めたそうですが、iriさんからは「brother」と「Valerie」は入れたいという、強い要望があったと聞きました。

「brother」は自分の中でずっと特別な曲なので。私には、生まれてすぐに亡くなった兄がいたんですが、小さいときからお兄ちゃんのお墓参りに行って自分のことをいろいろ報告していて、ずっとつながっている感覚があるんです。だから、ずっと前からお兄ちゃんのことは絶対に歌いたいと思っていたし、実際音楽をやるようになってからすぐ、わりと初期の頃に書いた曲でもあって。「brother」は書き上げたときからすごく大切にしている曲なので、ベストアルバムに絶対に入れたいなと。で、「Valerie」はUKのバンド・The Zutonsのカバー曲(2006年発表)なんですけど、私がデビュー前にジャズクラブでバイトをしながらライブをしていたときに、よく弾き語りやバンドで歌っていた曲でした。

──「Valerie」はエイミー・ワインハウスやブルーノ・マーズもカバーしている曲ですが、そういうスタンダードナンバーを歌うのは最初の体験だった?

はい。当時は「Valerie」をエイミー・ワインハウスの曲だと勘違いしていて(笑)。あまりにもエイミーが自分の曲のように歌うから、彼女の曲だと思い込んでいたんですね。エイミーはあの歌い方だけじゃなくて、生き様自体がめっちゃカッコいいなと思っています。彼女が27歳で亡くなってからちょうど10年経つんですけど、今私が27歳なんですよね。そういう意味でも今回のカバーには特別な思いがあります。

──27歳で他界するスターが多いことから“27クラブ”と呼ばれる定説もありますが、年齢のことは意識していますか?

そうですね。27歳、徐々にいろんなところに不調が出てきているなと(笑)。

──早く30代になりたいとは思わない?

なりたくないですね。ずっと子供でいたいです。自分の精神年齢はずっと5歳のままだと思っているので。

──こんな楽曲群を書ける5歳児はいないと思います(笑)。

あはははは(笑)。

iri

──ちなみに「Valerie」にはギターで隅垣元佐さん(ex. SANABAGUN.)、ベースでハマ・オカモトさん(OKAMOTO'S)、ドラムで澤村一平さん(SANABAGUN.)が参加していますね。

そうなんです。この曲はバンド編成でセッションしながら録っているような雰囲気にしたいなと思って。過去作でお世話になったり、普段から交流していたりするメンバーにお願いしました。信頼している方ばかりだったのでスタジオでも緊張せず、本当に楽しんで歌えましたね。

ありのままの感情を吐き出せた奇跡

──ベストアルバムの中で、「brother」「Valerie」以外に印象深い曲はありますか?

うーん、どれも大事な曲ですけど、強いて挙げるとしたら「rhythm」かな。

──1stアルバム「Groove it」(2016年10月発表)のリード曲ですね。

改めて聴くと、「私は私のリズムを崩さずに生きていくんだ」という自分の人生のテーマを、デビュー作で歌っていたことにすごく感動するというか。この曲はもともとギターの2コードの弾き語りで作っていてチルい雰囲気だったんですけど、Yaffleくんがバキバキにカッコいい音に仕上げてくれたんですよ。そういうサウンド面の話で言うと、私の作品のサウンド的な軸を作ってくれたのは、Yaffleくんと、「SUMMER END」(2020年1月発表)を一緒に作ったTAARくんの2人なのかなと思いますね。2人とも私自身を理解してくれているというか、解像度の高いサウンドを作ってくれるなって。あとは「会いたいわ」もやっぱり思い入れが強いですね。

iri

──「会いたいわ」はiriさんがメジャーデビュー前に自主制作盤として発表した初期の曲でありながら、2020年春頃からTikTokを中心に若者の支持を集め、今回ベストアルバム発売にあたりミュージックビデオも制作されました。ご自身としてはこの曲を取り巻く状況をどのように受け止めていますか?

ライブではずっとやっている曲なんですが、全国向けにリリースしたのは4年も前なので、「火がつくタイミングって今なんだ?」と(笑)。でも若い頃に書いた曲なので、自分でも本当に初々しいなと思いますし、たぶんTikTokを見ている世代って10代の子たちが多いですよね? そういう初々しい曲だからこそ、10代の子たちにも共感してもらえたのかなと思います。

──この曲はどんな状況で生まれたんですか?

「会いたいわ」は自分の実体験を歌った曲なんですが、ある日恋愛のことでものすごく感情的になって、夜中の3時くらいに書き始めて。その後の記憶が曖昧なんですけど、朝起きたら歌詞もメロディも全部完成していたという(笑)。

──なるほど。かなりリアルな感情が込められた歌詞だと思うんですが、その生々しさみたいなものに自分で驚くことはなかったですか?

うーん、あんまり自分の中で生々しい、痛々しいと思ったことはないですね。「iriの『会いたいわ』ってキモい」と言う人もいるみたいなんですけど、今自分で聴いても、すごく自然な曲だなと思う。メロと歌詞が同時に浮かんできて、ありのままの感情を吐き出すように曲を作れたのって奇跡みたいなことだから。当時の私に対して「よくやったな」と思うし、今こうやってたくさんの人に共感してもらえてよかったなって。この曲に今は共感できないという人も、きっと失恋したあとにラジオとかでこの曲を聴いたら、たぶんめっちゃ泣いちゃうんじゃないかな(笑)。聴く人が究極の精神状態のときにグッとくる曲なのかなと思っています。

iri

──MVに関してはどうですか? 「会いたいわ」に加えて、「ナイトグルーヴ」のMVも制作していると伺いました。

「会いたいわ」と「ナイトグルーヴ」のMVがなくて、ずっと寂しいなと思っていたので、今回作れることになって「やった!」という感じです。「会いたいわ」はリアルな曲で、この曲が刺さっている人たちは、当時の私と似たような、投げ捨てたいような感情を抱えてると思うんですね。だからMVについても、カッコよさというより、みんながより共感できる内容にしたいなと。それで、山岸聖太監督にも「私はこんな恋愛をして、当時はこういう状況で」「こんな景色を見て、どこどこで遊んでいました」というようなエピソードをたくさん話しました。歌詞の中に「2人で初めて出会った日 仲も良くないのに手を繋いだり 知らない店に駆け込んだり お店の人に怒られた」というフレーズがあるから、「そのシーンも入れよう」と言ってもらったりして。当時の私のリアルな経験を再現してもらいました。

──ご自身が体験したストーリーを役者に演じてもらうというのは不思議な感覚だったのでは?

うん、不思議ですね。だけど、私だけに起こったことじゃない、みんなにとってもありふれた日常のストーリーだと思うんです。だから「同じ気持ちだ」とか「こういう気持ちになったことがあったなあ」とか、MVを見ながら思い出したり、いろいろなことを感じてもらえたらなと思います。「ナイトグルーヴ」のMVはこれから撮影なんですけど(取材は9月下旬に実施)、「会いたいわ」とはまたちょっと違った雰囲気の映像になる予定で。夜の街をイメージした歌詞の世界観を大事にしてもらいながら、私もたくさん登場するので、楽しんでもらえたらと思います。

──最後に、このベストアルバムから先の音楽人生をどのように歩みたいと思っているかお聞かせください。

もう、音楽を思い切り楽しみたいですね。歌い始めたときから、どうしたら音楽を楽しめるか、ずっと追求をし続けている感覚なので。自分が置かれてる環境の中で、自分が持っている能力を最大限に発揮しながら、どれだけ音楽を楽しいと思えるか。とにかくそれが大事だと思うので、心から音楽を楽しめる場所を、スタッフやトラックメイカー、プロデューサー、そしてファンの皆さんと一緒に作り続けていきたいです。今、その道のりが少しずつ見えてきたような気がしているんです。特にYaffleくんやTAARくんと仕事をしていると、ただカッコいい曲を作ろうということではなく、血が通った音を作ろうとしてくれて。ちゃんとお互いの心と心が通じ合って生まれる音楽は、必ずいい作品になるという自信が持てるようになったんですよね。そういう曲を作るために、今後も自分でちゃんとジャッジしながら、血の通った音楽を作って、血の通った仕事をしたいなと思います。

iri