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report“いい音”を提案する人々 ~新店舗・e☆イヤホン梅田EST店を訪ねて~

その価格帯や取り扱いやすさから「もっとも手軽なピュアオーディオ機器」とも呼ばれるイヤフォン / ヘッドフォン。確かにイカツいオーディオセットを組まずとも携帯プレーヤーやスマートフォンに挿すだけで“いい音”体験できるのは、ハイエンドなイヤフォン / ヘッドフォンの大きな魅力だ。そこで今回の特集ではこの10月にオープンしたばかりのイヤフォンとヘッドフォンの専門店・e☆イヤホン梅田EST店を訪問。話題の新店舗の様子やそこで働くスタッフの横顔を追いながら、シーンのトレンドやアイテム選びのテクニックをレクチャーしてもらった。

取材・文 / 成松哲 撮影 / 塚原孝顕

ファッションビルに専門店を構える意味

10月27日、大阪・梅田にe☆イヤホンの梅田EST店がオープンした。e☆イヤホンは2007年創業の国内最大のイヤフォン専門チェーン。旗艦店である大阪日本橋本店をはじめ、秋葉原店、秋葉原カスタムIEM店、SHIBUYA TSUTAYA店、名古屋大須店と東名阪に店舗を擁し、今回の梅田EST店はチェーン6つめの実店舗に当たる。売り場面積約640㎡を誇り、2万4000種以上の取り扱いアイテムとあわせ、常時試聴可能な約4000種のイヤフォン / ヘッドフォンを取り扱うほか、中古機器の買取・販売、イヤフォン / ヘッドフォンの修理、プロユースのイヤフォンのカスタマイズなども行う同社最大規模の店舗だが、e☆イヤホンは同じ大阪の地にすでに日本橋本店を展開している。今、梅田EST店をオープンさせたのはなぜか? そこには関西圏の交通事情が大きく影響していた。

e☆イヤホン梅田EST店の様子。

e☆イヤホン梅田EST店の様子。

「日本橋本店のあるなんば(大阪市浪速区)は、大阪の中でも“ミナミ”と呼ばれる地域。奈良など大阪以東の方々にとってアクセスしやすい地域なんです。逆に言えば兵庫のような大阪以西の方が多くアクセスする“キタ”にはe☆イヤホンがなかった。だから『キタにお店を』という構想はずっと抱いていたんです」

そう語るのは今回店舗を案内してくれた、e☆イヤホンの運営元・株式会社タイムマシンの岡田卓也PR本部長。TBS系の情報バラエティ「マツコの知らない世界」でも3回にわたってイヤフォン / ヘッドフォンのディープな世界の一端を紹介した“e☆イヤホンの顔”的な存在だ。この岡田氏曰く「キタにお店を」というe☆イヤホンの構想と、大阪駅(梅田駅)のガード下に店を構えるショッピングモール・ESTの「女性向け以外の店舗も展開したい」という構想が合致してオープンしたのが、今回の梅田EST店なのだという。

しかし上の通り、ここESTはアパレルショップが軒を連ねるショッピングモール。高級イヤフォンや高級ヘッドフォンを扱うe☆イヤホンと、若い女性向けショッピングモールとは、なんとも不思議なマッチングのような気もするが……。

「いや、むしろそのミスマッチ感が狙いの1つだったんです。確かにオーディオ業界は単価の高いアイテムを中心に提案しがちではあるんですけど、ことイヤフォンにおいては、ここ数年スマートフォンの普及に伴って、カジュアルユーザー、ライトユーザーのニーズが急速に高まっている。それが僕が『マツコ~』に呼ばれた理由でもあるわけですし。ただ、いいイヤフォンやいいヘッドフォンって、聴いてさえもらえればスマホ付属のものとの音質の違いが一目瞭然ではあるものの、聴いてもらうまでのハードルが少し高い。そのハードルを下げる意味でも、女性の方が気軽に立ち寄るEST内に店舗があるということが重要だったんです」

スマートフォン&Bluetooth対応イヤフォンで“いい音”を楽しむユーザーが急増中。

事実、e☆イヤホン各店ではここ数年、ハイエンドなワイアードイヤフォン / ヘッドフォンが例年通り順調な売れ行きを見せる一方で、対応機器にBluetooth接続できる、比較的安価なワイアレスモデルのセールスが急伸しているという。これこそがスマホユーザーのイヤフォン / ヘッドフォン熱が高まっている証左だろう。

「あとウチはここ最近、売り上げは伸ばしながら、お客様お1人当たりの単価は徐々にさらにお求めやすい価格に下がっているんです。具体的に言えば5000円以下のモデルが売れているし、『毎日使うものだからちょっとこだわりたい』というお客様の数が目に見えて増えている。このままイヤフォンやヘッドフォンを『生活必需品』『生活家電』くらい当たり前な存在に育てていきたいですね」

やはりユーザーがライト層、カジュアル層へと広がっているのは間違いなさそうだ。

価格と音質のバランスは?

とはいえイヤフォン / ヘッドフォンのカタログを眺めてみると、そこには専門用語が居並んでおり、何が何やらちんぷんかんぷんだ、というビギナーもいるはずだ。これからイヤフォン道、ヘッドフォン道に足を踏み入れるとき、いったい何を頼りにアイテムを選べばいいのだろう?

店内にディスプレイされているイヤフォンは、自前のオーディオプレーヤーを接続して試聴できる。

「もちろんカタログスペックは重要な情報ではあるのですが、とにかく“聴いて選んで”ほしいですね。だからまずは今使っているイヤフォンやヘッドフォンとプレーヤーをお店にお持ちになっていただきたい。そして今使っているイヤフォン / ヘッドフォンを基準に店頭のいろんな機種を聴き比べてみることで、自分の好きな音を見つけてみてください。だから何か数字的なものを頼りになさりたいのであれば、それは予算なのかもしれない(笑)。『○円くらいのイヤフォンを探している』という予算はアイテム探しの指標になるはずですし、梅田EST店に限らず、e☆イヤホンではあらゆる価格帯のアイテムを用意していますから」

確かに店内を見回してみると、プロユース、ハイアマチュアユースの高級モデルはもちろん、今すぐにでも買って帰れそうな数千円のアイテムも多数並べられている。

茶楽音人のイヤフォン「Co-Donguri雫」。

「価格と音質は必ずしも比例するものではありません。数千円でもすごくいい音がするものは確実に存在します。しかもe☆イヤホンは専門店だけあって量販店よりも販売台数が圧倒的に多い上に、イヤフォン / ヘッドフォンに特化したPRを行うこともあって、メーカーさんの協力が取り付けやすい。だから今店舗に並んでいるその手のアイテムの中には、ウチ専売の機種やウチ限定カラーの機種も少なくないんです。例えば茶楽音人(サラウンド)というメーカーの『Co-Donguri雫』シリーズがまさにそれで、4500円なんだけど本当に音がいい。ハイレゾにも対応しているので入門機としてオススメできる1台です」

音楽の聴きどころをも案内する“専門家”

また店舗を歩いているとスタッフの数にも驚かされる。岡田氏も「他店さんの3倍はいるんじゃないかな。売り場面積に対して従業員密度が高すぎる」と笑うが、これもまた専門店ならではの強みなのだとか。

「他店さんの場合、今オーディオ機器のフロアにお勤めの方であっても数年後には別のフロアに異動になることがありますよね。ところが専門店であるウチのスタッフは異動のしようがない(笑)。逆に言えば、どのスタッフも長年オーディオ業界に携わり続ける“専門家”なんです」

そしてその“専門家”たちはビギナーの助けにこそなる。

「数万~数十万円クラスの高級機をお求めの、いわゆるマニアの方は豊富な商品知識をお持ちです。だからウチとしては十分な在庫をそろえておいて、スタッフがそれぞれの機種について正しく商品説明できれば、十分なサービスが提供できるとも言える。でも初めてイヤフォン / ヘッドフォンを買う方の場合、いろんな機種を聴き比べてみても、やっぱりどれにするべきか迷うことがあると思うんです。そういうときは近くのスタッフに予算と好きな音楽のジャンルを伝えてください。そうすればどのスタッフでも、そのジャンルを聴くのに最適な1台をご提案できますから」

ユーザーの好きなジャンルに応じてオススメの1台をプレゼンテーションする岡田卓也氏。

ユーザーの好きなジャンルに応じてオススメの1台をプレゼンテーションする岡田卓也氏。

試しに岡田氏に「例えばクラシックファンが1万円札を握りしめてきたら、どのイヤフォンをオススメします?」と尋ねてみたところ「高音から低音まで、さまざまな楽器で構成されたクラシックはワイドレンジな上に、ピアニッシモの小さい音からフォルテッシモの大きな音まで鳴らすことになる。ドライバの小さいイヤフォンがもっとも苦手とするところなんですよ」と苦笑しつつも、たちどころに京都のメーカーZERO AUDIOのCARBOシリーズという、低域から高域までまんべんなく鳴らすバランスドアーマチュア型ドライバ搭載のイヤフォンをセレクトしてくれた。また「予算5000円のロックファン」には、“ハコ鳴り”と呼ばれるライブハウス的な音像が自慢のAUGLAMOUR R8(4500円)をプッシュ。「予算1万5000円のアイドルファンやアニソンファン」には、彼らがもっとも聴きたいであろうアイドルや声優のボーカル=中音域をクリアに鳴らすONKYOのE700MB(1万570円)をオススメするなど、それぞれのジャンルの特長と共に最適な1台を紹介してくれた。

なるほど。“専門家”は我々のリスニングスタイルに打って付けのイヤフォン / ヘッドフォンを提案するだけでなく、好きなジャンルの楽曲の新しい楽しみ方、聴きどころも教えてくれるようだ。


2016年12月21日更新