今は難しく考えなくても、キラッとしたところを発見できる
──ソロのピアノアルバムを作るときに自分でイメージしている曲想とか、世界観はありますか?
1枚目の「未来の音楽」、2枚目の「魔法使いのおんがく」を踏まえたものを作りたいと思いました。「未来の音楽」は2011年以前までに作曲した、ピアノ1台でできる曲をまとめたんです。これは自分の中では硬派と言いますか、ピアノ1台での演奏に真面目に向き合えたような気がしました。「魔法使いのおんがく」は「未来の音楽」の収録曲に近いニュアンスがありつつ、変化した部分もあって。今回の「共鳴する音楽」は「魔法使いのおんがく」から4年半も空いて一旦気持ちがフラットになったので、そこから自分の持っている瞬発力で各楽曲を組み立ててみたんです。これまでの活動で作り上げてきたもの全部を駆使してワーっと制作した感じですね。
──「魔法使いのおんがく」は「未来の音楽」の延長にあるように感じましたけど、「共鳴する音楽」はかなり雰囲気が変わっていますよね。「未来の音楽」はノスタルジックな印象でしたが、それがなくなったし、ピアノの響きも変わっています。
なんとなく思い浮かんだイメージを音にする処理速度が速くなったと言うか、音のイメージがクリアになってきた自覚はあるんです。「未来の音楽」では手探りな部分もあったんですけど、今は難しく考えなくても、曲の肝となるキラッとしたところを発見できるようになったと思うんですね。「これだな、これなら大丈夫だな」という確信めいたものと言うか。それが楽に見つかるようになったのが大きな変化ですね。いろいろ経験すると視野が広がって、そういったものをピアノの演奏に反映させることができるようになって。技術を上げないと表現力は上がらないですし、どんどん上へ上へ、みたいな意識はありますね。
プールの高飛び込みのような美意識
──アルバムから離れて、H ZETT Mさんのピアニストとしてのお話も伺いたいんですけど、もともとは国立音楽大学で音楽を学んでいたんですよね。
小さい頃からヤマハでピアノを習っていて、まずはクラシックから入りまして。どっぷりハマっていたって感じではないんですけど、モーツァルトとかベートーベンとか、いわゆるピアノソナタみたいな曲を練習していたことが、僕の音楽家としての骨組みみたいなものになりますね。そのうちクラシック以外にジャズを聴くようになって、楽譜を買って弾いてみたら「和音がカッコいいな」とか思いまして、それからクラシックとジャズがごちゃ混ぜになってきて。さらにロックとか打ち込みの音楽も聴いたら「そっちのほうが面白いな」となって、もっとごちゃごちゃになって、いっぱい弾いたり作曲していくうちに「音楽って楽しいな」って思うようになって、国立音大の付属高校に入ったんです。高校も大学も作曲科だったので、演奏に重きを置いているわけではなくて、曲を作りたい思いがずっと続いているんです。
──ピアニストと言うよりも作曲家なんですね。
大学の頃は小編成のための曲を作ることが多かったです。高校のときにはオーケストラ用の曲を作ったこともありました。
──ヤマハ時代はエレクトーンもやっていましたか?
ピアノの合間にちょっとやってましたね。打ち込みもバリバリやってましたし。
──エレクトーンは打ち込みもできますからね。
どうやったらエレクトーンでカッコいい打ち込みができるか研究してましたけど、当時はなかなかうまくできなかったです。
──エレクトーンは足で弾く鍵盤も付いてますよね。その経験って、H ZETT Mさんの音楽性に影響を与えていそうですね。
足の鍵盤はベースラインなんですけど、意識しないとうまく弾けないので、自然とベースラインの重要性を体で覚えるようになって。音が全部分離しているから、けっこういいトレーニングになりました。
── 一方で、ピアノに対するこだわりはいかがですか?
単純ですけど、いい音を鳴らしたいっていうのはありますね。ピアノって、鍵盤を押すとハンマーがコンって上がって、弦をボコーンと叩くことで音が鳴るんですけど、そこに感情が生まれるんです。同じポンッて押し方でも、ボンとピシッくらい違う音が出てくる。そこで例えば、プールの高飛び込みでバシャーンって飛び込むのと、スッて飛び込むのとだったら、スッてきれいに入ったほうが得点が高いですよね。それに近い美意識で、バシャーンって品がないものじゃなくて、上品でありつつダイナミクスも表現したいんです。今回のアルバムに収録されている「クジラが泳ぐ」をレコーディングしたとき、手を目いっぱい広げてドシャーンと弾いてみたんですけど、「こんな響き方するんだ」ってびっくりしたんですよ。楽曲の展開でも「この和音のあとにこの和音が来るんだ」みたいな、他人事のような驚きがありました。
──それもその場でひらめいたことをやった結果ですか?
ダーンと弾いてみて、「次、これいってみよう」「おー、いいんじゃないですか」みたいな感じ。こういうのは今までの作品ではできなかったですね。「クジラが泳ぐ」は「共鳴する音楽」ならではの曲かもしれません。
「ちゃんとしてるふりをしている」ような音楽が好き
──「共鳴する音楽」ではハーモニーの作り方も、今までと違うように感じました。変わったハーモニーを使うとディープになりすぎるものもあるじゃないですか。でも、H ZETT Mさんの音楽はとがりすぎず、どれもポップですよね。
いろいろ経験してきてわかったというか、茂みを分け入ってきたみたいなところはあるかもしれません。現代音楽的なスタイルのピアノ曲はやらないですしね。
──メロディアスで聴きやすい音楽の中に、実はとがった和音が入っていますよね。
そうですね。僕、イーゴリ・ストラヴィンスキーが好きなんですけど、彼の作風は原始主義、新古典主義、セリー主義の3つの時代があるんです。原始主義はアバンギャルドな「春の祭典」「火の鳥」「ペトルーシュカ」などを作っていた時期なんですけど、その後の新古典主義時代に入ってからはちゃんとした構成の音楽を作り始めるんです。その時期の音使いが面白くて、僕は一番好きでして。ストラヴィンスキーって原始主義時代のアバンギャルドなイメージが強いと思うんですけど、新古典主義では原始主義の頃の精神は失わず、一見ちゃんとしているように聴こえる音楽をやっているんです。逆に最後のセリー主義の頃はもうイっちゃってて、そこはそんなに好きじゃないんです。新古典主義時代の「ちゃんと構築されているんだけど、遊び心がある」みたいなところが好きで、僕もそういう楽曲を作ってみたいっていうのはあるかもしれないですね。
──なるほど。調性のある音楽が好きってことでしょうか。
基本的には調性のある音楽が好きですね。逆に調性のないアルノルト・シェーンベルクの12音技法とか、頭で考えて構成するものはそんなに好きじゃなくて。あとはカールハインツ・シュトックハウゼンみたいにコンピューターに演奏させるのも、発見とか面白みはあると思うんですけど、僕がやりたいのはポップな要素もありつつちょっと危ないところもある、「ちゃんとしたふりをしている」ような音楽なので。「ここはこうで、リズムはこうで、コンセプトはこうして、じゃ、こういう弾き方をして、こういう録り方をして……」みたいなことはあまり考えてなくて、1つの要素を重視して、それ以外の要素で主となる要素をふわっと包むと言いますか。自分が表現したい音楽は、常にそんなふうに鳴らしたいですね。
──9月にはソロピアノのライブを行われますが、それについても聞かせてください。
「独演会」ではピアノをステージの真ん中に置いていっぱい弾きます。自分でも何が出てくるかわからないところもありますが、ピアノのいい響きで会場を満たしたいですね。あと、最近演奏中に手を裏返して、手の甲で弾くみたいなパフォーマンスもやっていて。近くの人にしか見えないのが難点ですけど(笑)、そんな感じのパフォーマンスで、来た人に喜んでいただけるよう、最善を尽くしたいと思ってます。
- H ZETT M「共鳴する音楽」
- 2017年6月21日発売 / apart.RECORDS
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[CD2枚組]
3240円 / APPR-3014~5
- DISC 1
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- ショーがはじまる
- 極秘現代
- 踏み出すニュー
- すました日常
- 水の流れ
- 高貴な連帯
- 果てしないカーブ
- 争う不可思議
- クジラが泳ぐ
- 雫の模様
- 地平線
- 確かな日々
- 新しいチカラ(2017 ver.)
- DISC 2
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- 未完成ワールド
- 忘却の彼方
- ランドスケープ
- 永遠は見つからない
- DO浮遊サマータイム
- ほろ酔いバランス
- 嬉しさを抱きしめて
- ネクタイしめて
- あしたのワルツ
- 反骨のマーチ
- 宙に消えた
- Wonderful Flight
- 喜びのテーマ
- H ZETT M「ピアノ独演会2017秋 -共鳴の陣-」
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2017年9月24日(日)
東京都 文京シビックホール 大ホール
- H ZETT M(エイチゼットエム)
- 青鼻が特徴のピアニスト・音楽家。2007年にアルバム 「5+2=11」(ゴッタニ)でソロデビューを果たし、以降「未来の音楽」「魔法使いのおんがく」といったピアノソロアルバムを発表。2013年にはドラムにH ZETT KOU、ウッドベースにH ZETT NIREを迎えたH ZETTRIO名義での活動を開始し、計3枚のオリジナルアルバムをリリースした。2017年6月に約4年半ぶりとなるピアノソロアルバム「共鳴する音楽」を発売。ソロのワンマンライブ「独演会」を不定期に行っているほか、椎名林檎、藤原さくら、木村カエラら多くのアーティストたちの楽曲にも鍵盤奏者として参加している。