映像も音楽も、すべてをわかりやすくする必要はない
堀胃 映画自体も本当に素晴らしいですよね。本来、痛々しいはずのテーマをものすごく美しく映像にされているところこそが井樫さんの手腕なんだなと感じました。その発想の転換みたいな部分は、私にとっての曲作りにも生かせるような気がするので、詳しくお話を聞きたい気持ちがすごく大きいです。
井樫 例えば何かに傷付いて、すごく苦しいときにこそ、「海がキレイだな」とか「夕日がキレイだな」とか感じることがよくあるんです。「こんなに苦しい、でも世界は美しい」みたいな感覚を好む傾向にあるというか。だから映像に関しても、苦しい状況に置かれている主人公2人の気持ちに反して、美しい情景を入れ込んでいく。それによって苦しさが助長されるところがあったりする。映像も、そこで描く感情も同じように重い表現だと、それはもう一辺倒の苦しさに感じてしまうので苦しさを引き算することによって、客観性を保っているところもあると思います。映像が主観的になりすぎないように。
堀胃 それって音楽でも同じかもしれない。明るい曲調に、めっちゃ寂しい歌詞を当てるということを私はよくやるので。それに似てるのかな。
井樫 わかります。そういうのが私も好きなんです。だからhockrockbさんの音楽に惹かれるんだと思います。
堀胃 うれしい! 私は映画の中で、水が印象的に使われているシーンがすごく好きなんですよ。あれは最初から入れることを決めていたんですか?
井樫 映画の場合、撮影に入る前に“脚本打ち”というものを長い時間かけてやるんです。プロデューサー陣や脚本家の方々といろんな話をしながら脚本を直していくんですけど、その中で出てきたアイデアでした。水族館とか水槽とか、水をモチーフにしたものを入れていったらいいんじゃないかと。私が水系の表現を好んでいるというのもあるんですけど(笑)。
堀胃 へえ、そうなんですね。
井樫 映像表現の場合、水や火を使うことで心理描写がしやすかったりするんです。燃え盛っている火が主人公の感情にリンクする、みたいな。そういう表現が好きです。
堀胃 確かに火もめっちゃキレイでした! 私自身も曲を書くうえで、そういう表現をすることがけっこう多いかもしれない。感情をモノで比喩するのが好きだし、さりげなくて上品な感じがするなと(笑)。
井樫 音楽もそうかもしれないですけど、すべてを理解してもらうことがいいことではない場合もあるじゃないですか。例えば曲を聴いていて「この歌詞はどんなことを意味しているんだろう?」と思うことに豊かさがあるというか。もちろん大衆に伝わらないと意味がないので難しいところではあるんですけど、すべてをわかりやすくする必要もない。ちょっとしたわからなさのエッセンスはあったほうがいいと思うんですよね。
堀胃 すごくよくわかります。そういう部分で映像と音楽には親和性がありますね。
井樫 いち観客として観る分には全然好きですけどね(笑)。
堀胃 めちゃめちゃわかりやすいものも(笑)。
井樫 そうそう。マーベルとか面白いじゃないですか(笑)。
堀胃 最近の自分に関して言うと、少ない言葉の中でどれくらい思いを伝えられるかにフォーカスして曲作りをしていたところがあって。でも、この「プレゼント交換」では何も解決せず、よくなるでも悪くなるでもない、ただただ状況を切り取った4分間を井樫さんと一緒に作らせていただけたような気がしていて。最近のムーブとはちょっと違った曲になったことで、アルバムの中の差し色としてもいい違和感を感じてもらえるんじゃないかなと思っています。
南沙良さんに噛み噛みの挨拶を……
堀胃 今回、主題歌で素敵なご縁をいただけたので、「プレゼント交換」のMVを井樫さんに撮っていただけたらいいなと思って、お願いさせてもらったんですよね。
井樫 MVにはセリフがないので、ある意味、楽曲が原作みたいなところがある。いかに楽曲の持つ世界観を映像で伝えるかというアプローチになるので、そこは映画とはだいぶ違った感覚になりますね。
堀胃 内容に関してはもう井樫さんにお任せして。そこでご提案していただいたプランが本当に素敵なものだったので、特にこちらから追加することはなく、「それでお願いします!」という感じでした(笑)。井樫さんからいただいたイメージは、hockrockbの新しいアルバム、ジャケットやアーティスト写真の雰囲気に沿った内容にもなっていたんですよ。アルバムのことを事前にお伝えしていなかったので、メンバー全員本当にびっくりして。すごくうれしかったです。
井樫 楽曲のファーストインプレッションとして、女の子が1日を過ごしている光景みたいなイメージがなんとなくあったんです。なのでMVもそこから膨らませていきました。主人公として、映画の主演の南沙良さんに出ていただくことにしたんですけど、それプラス、hockrockbの皆さんにも絶対出ていただいたほうがいいと思ったので、その方向で全体を肉付けしていきました。
堀胃 めっちゃ豪華ですよね。現場で沙良さんにお会いしたんですけど、キレイすぎて、噛み噛みの挨拶をしてしまい。変なヤツみたいになっちゃって(笑)。
井樫 あははは。映像ではさりげなく歌詞にリンクさせたり、映画にリンクさせている部分もあります。
堀胃 映画同様、井樫さんならではの美しい描写が満載で。本当に素敵なMVをありがとうございます。ちなみに私たちhockrockbは、沙良さんのシーンとは別の場所、コンクリート打ちっぱなしの廃墟のような場所で演奏シーンを撮って。カメラに分厚いガラスをかざしながら撮影することで、キレイで雰囲気がある映像になっているのも見どころですね。最近の私は写真を撮ることを趣味にしているので、あの撮影方法は参考にしようと思いました(笑)。
井樫 あははは。確かにあれは写真でも使える手法ですね。演奏シーンはコンクリート打ちっぱなしなんだけど、そこに光がバーッと入ってくることで、無機質だけど温かいみたいなイメージが伝わったらうれしいです。
アルバムは今の自分たちに似合うメッセージをまとめられた
堀胃 映画の公開と同時期にひさしぶりのアルバム「朝の迎え方」もリリースされるんです。「プレゼント交換」も収録されているんですが、メジャーで1st、2ndとアルバムを重ねてきた中で、自分たちが本当にやりたいことや得意なこと、そして伝えたいことが明確になってきたので、それを3枚目となる今回は詰め合わせた感じですね。ちょっと背伸びした自分たちの姿も見せたかったので、例えばギターのフレーズをほぼすべて自分で考えてみたりとか、いろんな試みも盛り込みました。アルバム全体として伝えたかったことは、タイトルがもう答えになっているんですけど(笑)。それぞれの主人公が、心の暗い部分を抜け出して朝を迎えていくまでの流れを描いた12曲になっています。
井樫 そういう意味かー! いいですね。
堀胃 どの曲も最後には光が見える感じになっています。ようやくそういう曲が無理をしないでも作れるようになったんじゃないかと。今までは暗かったからなー……別に今も変わらず暗いんですけど(笑)、今の自分たちに似合うメッセージ、曲たちを1枚にまとめることができたので、それがすごくうれしいです。
井樫 アルバムはまだ聴かせていただけてないんですけど、hockrockbさんの曲は明るい曲であっても、どこかに切ないニュアンスを感じさせてくれるものばかりだと思うんですよ。そういう部分に私はすごく共感するし、そこからいろんな想像も膨らむので、今回のアルバムも楽しみにしています。
堀胃 収録曲で言うと、5曲目の「つよがりアルマジロ」が特に気に入ってますね。私は他人との関係を極力閉ざしてきた人間ですけど、その鎧を脱いでみるのも悪いことではないのかもなと思えるようになって。そんな自分自身を書いた曲なんです。ちょっとシューゲイザーっぽいサウンドにしようと思い、いろんな音色、フレーズを試しながらギターをレコーディングしたのもいい思い出ですね。少しだけ背伸びしてがんばりました。ほかにもサウンド的な引き算を思いきりやれた手応えのある「Rain Check」や、ドラムの田中(そい光)が作ってきたデモを一緒にブラッシュアップして作った「はじまりの鍵」なんかも印象深いです。いろんな合いの手を入れる工夫をした曲も多いので、細かい部分までお聴きいただき、そのうえでライブにも来ていただけたらなと思います。
井樫 アルバムを聴くのがさらに楽しみになりました。ライブもまだ拝見したことがないので、ぜひ行ってみたいです。
堀胃 秋にツアー(「hockrockb Tour 2025 "Dawn Chorus"」)があるので、ぜひぜひ!
井樫 hockrockbさんは、私が惹かれている根本の部分は変わらずに、でも作品ごとにいろいろな変化をされているんだなということがお話を伺っていてわかりました。ここからどんな変化をしていくのかも含め、楽しみながら追いかけたいと思います。
堀胃 ありがとうございます! 井樫さんとご一緒させていただいたことで、自分とマインド的に似ている部分を感じられてすごくうれしかったし、逆に自分にはない視点を勉強させていただくこともできて本当に光栄でした。「プレゼント交換」は井樫さんなしでは生まれなかった楽曲だと思うので、ものすごく感謝しています。今後も何かでご一緒できるよう、とにかく曲を作ってスタンバっておきますので(笑)、これからもよろしくお願いします!
井樫 こちらこそよろしくお願いします。
堀胃 映画「愛されなくても別に」も、たくさんの方に届くといいですよね。私もまた劇場で観たいと思います。
井樫 そうですね。毒親が起点になる映画ではあるんですけど、結局は人生をどう生きていくかみたいなことを描いた作品になったと思います。観てくださった方々が自分の実人生の中で大切にしたいことを肯定するきっかけになれば、私としてはすごくうれしいです。あと、劇場で聴く爆音の「プレゼント交換」、めっちゃいいんですよ! その感動もぜひ味わってほしいです。
堀胃 ぜひ!
公演情報
hockrockb Tour 2025 "Dawn Chorus"
- 2025年10月13日(月・祝)愛知県 ell.FITS ALL
- 2025年11月1日(土)大阪府 OSAKA MUSE
- 2025年11月3日(月・祝)東京都 Spotify O-WEST
プロフィール
hockrockb(ホクロックビ)
堀胃あげは(Vo, G)、みと(B)、田中そい光(Dr)からなるスリーピースバンド。2018年に結成され、2021年7月に初の全国流通盤となる1stアルバム「骨格」をリリースした。2022年2月、泣き虫をフィーチャリングゲストに迎えた配信シングル「やさしい怪物 feat. 泣き虫」でメジャーデビュー。2024年7月にバンド名表記を黒子首からhockrockbに変更した。2025年7月に映画「愛されなくても別に」の主題歌として提供した新曲「プレゼント交換」を収録したニューアルバム「朝の迎え方」をリリース。10月より東名阪3会場を巡るツアー「hockrockb Tour 2025 "Dawn Chorus"」を開催する。
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井樫彩(イガシアヤ)
1996年生まれ、北海道出身の映画監督。2016年公開の短編映画「溶ける」で第70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門に日本人最年少での正式出品を果たす。2018年公開の初の長編作品「真っ赤な星」で劇場デビュー。ほかの監督作品に「NO CALL NO LIFE」「あの娘は知らない」、テレビドラマ「復讐の未亡人」「隣の男はよく食べる」「けむたい姉とずるい妹」など。マカロニえんぴつ、Saucy Dog、DISH//、indigo la Endといったアーティストのミュージックビデオも多数手がけている。