羊文学|葛藤するあなたへ、羊文学が「POWERS」で提示するお守りと拠り所

育ちました

羊文学

──「powers」は歌詞が前向きで、誰かの背中を押すような曲ですよね。羊文学の昔の楽曲はもっとダウナーというか、怒りや憤りのようなものが核にあった気がするんですが、最近は優しさについて歌う曲も増えているように感じます。これは塩塚さんの中で何か変化があったのでしょうか。

塩塚 私は「若者たちへ」(2018年7月発売の1stアルバム)を出したとき20歳くらいだったんですけど、曲自体は10代の頃に作ったものなんですよ。その頃は学校も嫌いだったし、「勉強しろ」とか「いい会社に入って安定しろ」と言ってくる人=大人みたいなイメージがあって、それに対する反発心とか苛立ちを原動力にして曲を作ってた。でも当時作った曲をCDとして出しきって、少しずつ成長してきたというか。それに今年大学を卒業して実家も離れたし、成長や環境の変化に合わせて歌う内容が変わっていくのは自然なことなのかなって思います。

──お二人は近くにいて、塩塚さんの成長を感じます?

河西 歌詞もそうですけど、歌い方にも優しさが出てきたというか。今回のアルバムにも怒りの曲はあるけど、昔はもっと「もういやだ」みたいなことを訴えていた曲が多かったし音も尖っていた印象があります。それがだんだん客観性が出てきていて、成長したなって。

塩塚 育ちました(笑)。

フクダ 今回のアルバムだと「ghost」は大切な人との別れを歌っていたり、「ロックスター」ではミュージシャンを肯定していたり、1曲1曲にテーマがあって。それは人生を積み重ねてきたから書ける歌詞というか、葛藤みたいなものがより濃くなった印象はあります。

心が震えるくらい楽しくなきゃ嫌だ

──歌詞の話で言うと、僕は「変身」が好きなんですけど、「黒い髪、おんなじスカート そんなのは偽物だ」「わたしだけが一番可愛くなきゃやだ 両手いっぱいのハッピーをつかんでなきゃ嫌だ」の部分が印象的でした。

塩塚 「変身」は去年作った曲で、大人になったら嫌なことをはっきりと嫌だと言う機会が減るとか……そうやって変わっていくことはいい面もあるけど、寂しいなと思って。だから、そのときの自分が一番で、何をするにも心が震えるくらい楽しくなきゃ嫌だなみたいな気持ちを録っておきたくて曲にしたんです。

──塩塚さんの実体験がベースになっていたんですね。河西さんはどの曲が気に入っていますか?

羊文学

河西 「mother」がいいなあと思ってたんですけど、最近自分の中で「ロックスター」が響いてきて。優しい曲調もそうなんですけど、歌詞の内容を考えると泣いちゃう。ロックスターもみんなと同じ人間で、その人が作った音楽やステージは死んだあともずっと美しくあってほしいみたいな歌なんですけど、その世界観がすごく好きなんです。

──本当に泣いちゃいそうになってますね。フクダさんはどうですか?

フクダ 僕は「mother」ですね。この曲を作ったときは「FUJI ROCK FESTIVAL」の出演が決まっていて、「あいまいでいいよ」もそうなんですけど、大きいステージを意識して広がりのある曲にしようと話していました。最初のイントロはライドを叩いてタムだけでいくみたいな、そのシンプルで手数の少ないドラムリフはすごく気に入ってます。浮遊感があるというかリバーブがかかっていて、個人的に好きで聴いてるシューゲイザーとかオルタナ、ドリームポップ、USインディーとかの要素が出ていて好きですね。

──塩塚さんは羊文学のすべての作詞作曲を手がけているわけですけど、苦戦した楽曲はありました?

塩塚 「powers」かなあ。これは最初に作ったときは頭から1サビくらいまでがあって、そのあとは語りかけるような構成になっていったんです。歌と語りを半々くらいにしたいっていうイメージはあったんですけど、そこがまとまらなかったり、まとまったあとも盛り上がりのラインを作るのがすごく難しくて……それで1回ボツにしたし、歌詞も何回も書き直しました。

──歌詞は当初の構想から変わっているんですか?

塩塚 この曲は“個人の未来について”がテーマなんですけど、作っている時期にいろんなデモが行われていたんです。思っていても言えないこととか、自分が正しいと思うことをみんなが声に出せばもっと世界はよくなるんじゃないかというところから歌詞を書いていったんですけど、だんだんと「それは本当か?」「ちょっと綺麗事すぎるな」って感情も出てきて。そしたらコロナ禍になっちゃって、そんな簡単に世界は変わらないなと思って今の形になったんです。

塩塚モエカの声について

──今作をひと通り聴いてみて、塩塚さんのボーカリストとしての表現の幅がより広がったように感じました。それに今年は蓮沼執太フィルやASIAN KUNG-FU GENERATION、TOKYO HEALTH CLUBなどの楽曲にゲストボーカルとして参加していて、それは塩塚さんの歌声が周囲から求められている証拠だと思うんですよ。求められている理由をご自身で分析していたりします?

羊文学

塩塚 しなきゃいけないって忌野清志郎さんの本に書いてあったんですけど、答えは出ていないです。でも歌の練習はしていて、どうやって声を出したら体に気持ちよく響いて無理なく歌えるかを昔よりは研究するになりました。私、鬼束ちひろさんの声がすごく好き。あとアメリカのポップスとか好きで、太くて若干しゃがれていて伸びのあるミュージカルみたいな歌い方をしたいんですけど、できないからどうしたものかなと思ってます。逆に私の声ってどんなですか?

──「誰々っぽい」みたいなイメージが特にないので難しいですね。ただ初めて聴いたときは耳に残る声だなと思いました。

塩塚 ありがとうございます。自分で自分の声を聴くと、めちゃめちゃうまいわけじゃないから「何が面白いんだろう?」と思っていて。でも、こうやっていろんな方の作品に呼んでもらえるのは励みになるというか、これでいいんだって思えるからありがたいですね。

──河西さんとはフクダさんは、塩塚さんの歌声にはどんな魅力があると思います?

河西 ハスキーなのになぜか透明感があるところかなって思います。力強いところはちゃんと力強いし、でも透明感があるから高いところもきれいに聞こえるみたいな。不思議な声だよね?

フクダ うん。

塩塚 フクダ、本当に思ってる?(笑)

フクダ 思ってるよ(笑)。周りから「あのバンドのボーカルみたいだよね」とか言われたことないし、自分でもそう感じたことはないから。本当に個性的というか、カリスマ性があると思います。

塩塚 持ち上げるやん。曲を作るよりも歌うことが好きなので研究します。

Hidden Place=自分たちだけの秘密基地

──来年1月からは1年ぶりのワンマンツアー「Hidden Place」の開催が決まっていて、東名阪の3カ所が有観客ライブ、ツアーファイナルは無観客配信ライブとなっています。羊文学は徐々に有観客でのライブを再開させていますけど、配信ライブとは勝手が違いますか?

塩塚 やっぱり全然違いますね。まず配信は外音がなくて中のモニターの音がメインなので演奏しているときの聞こえ方も違っていて。それに無観客の場合はメンバーと向かい合うように立って演奏することが多いから、自分とほかの2人との対話のような感じもします。やっぱりお客さんがいると「楽しんでくれてるのかな?」とか考えるし、フロアに立って聴いてくれてるのがうれしくて心が動いたりもするから、有観客と配信は別物として捉えています。

──やっぱりお客さんがフロアにいないと演奏は変わりますか?

フクダ そうですね。やっぱりレスがないとエモーショナルな部分とか、曲によって盛り上がるときに自分の中で物足りなさはありますね。

河西 お客さんがいるとアドレナリンが出て、勢いが出たり、いろんなことが起きる。

塩塚 確かにいろんなことを考えるよね。

河西 でも配信はレコーディングみたいな感じがして、失敗したらどうしようとか考えちゃうので私は配信のほうが緊張しますね。

塩塚 私はお客さんがいるほうが緊張するかな。どっちも面白いところが違うなとは思います。

羊文学

──8月のオンラインツアーはコンセプトをしっかりと固めた内容でしたけど、今回は何か演出面で仕込んでいたりするんですか?

塩塚 今はライブって気持ち的にも客席の数的にも誰もが行けるものではないじゃないですか。だから逆に隠れた場所、特別な自分たちだけの秘密基地みたいなイメージでタイトルを付けました。演出面で言うと私たちのツアーの東京公演で毎回ステージの装飾をしてくれているNEWSEEというチームと打ち合わせはしていて。これまで名古屋と大阪は装飾を準備できていなかったんですけど、今回は向こうの会場にも持って行けるようなものを作ろうとかは考えています。あとツアーファイナルの配信ライブは、8月のオンラインツアーを通して配信でも面白いことができると気付いたので、有観客とは見せ方を変えて作り込みたいと思ってます。

──では最後に。「POWERS」を作ったことで見えてきたことはありますか?

塩塚 昔は重くて長い曲が多かったけど、そうじゃない曲も作れるっていう自分の変化に気付くことができました。あとは今後やりたいことや、ミュージシャンとしてもっと深めたいことが見えてきたんですけど、先に言っちゃうと全然違うことになる可能性もあるのでやめときます。

「POWERS」制作時に聴いた楽曲プレイリスト

メンバーコメント

塩塚モエカ(Vo, G)

塩塚モエカ(Vo, G)

Death Cab for Cutieは「ghost」のアレンジの参考のために聴いてました。Billie Eilishはアルバムの中に区切りになるような曲が欲しいと思って、そのアイデアをこの曲から得ました。

河西ゆりか(B)

河西ゆりか(B)

ギターとドラムとベース3つの音のアンサンブルのバランスがよくて、アレンジの参考になった2曲を選びました。

フクダヒロア(Dr)

フクダヒロア(Dr)

インディー・ロック、ドリームポップ、シューゲイザーの要素を取り入れたバンド“DIIV”。彼らの楽曲を聴いてミニマルなドラムリフやローピッチでドライなスネアサウンドを目指しました。今回のアルバムでは、「mother」や「砂漠のきみへ」、「1999」などタイトでミニマルなドラムリフが組み込まれていたりします。完全な再現では無いですが独自に消化して結果的に羊文学のオリジナルなドラムサウンドになったと思います。