音楽ナタリー Power Push - 平井大
ルーツロック回帰が今新しい? 平井サウンドが急速に支持を集めた理由を考察
サーフィンを楽しみながら、そこで感じるフリーでピースフルな雰囲気をアコースティックギターやウクレレに乗せて表現するシンガーソングライター、平井大。デビュー当初はサーフミュージックシーンにおいて圧倒的な支持を獲得してきた彼だが、最近サブスクリプションサービスで楽曲がストリーミング配信され始めてから、さまざまなプレイリストに彼の楽曲がリストアップされるようになった。さらに、テレビCMにて楽曲「Life is Beautiful」が使用されたことをきっかけに、知名度が急上昇。この夏には動画投稿アプリ・MixChannelにおいて、恋人同士の記念日動画などにBGMとして「Promise」「Slow & Easy」「Beautiful」が頻繁に使用され、10~20代の女性からの圧倒的な人気ぶりがあらわになった。LINE着うたランキングにおいても、トップ10入りした楽曲が多数。それにつられて「ちゃんと彼の音楽を手元に残しておきたい」というリスナーも増え、CDやダウンロードもこれまで以上のセールスを記録しているという。また、芸能人やアスリートなど有名人からの評価も高く、彼の人気はサーフミュージックという枠を超えたものに拡大している。
ではなぜ、彼の音楽はそこまで多くの支持を集めるようになったのだろうか? この特集では平井の音楽の魅力や、彼の根底にあるルーツを紐解きながらヒットの要因を分析。さらに特集後半では平井本人にインタビューを行い、11月9日に発売されたミニアルバム「Love is Beautiful」について話を聞いた。
取材・文 / 松永尚久
温かなルーツロックへの原点回帰が、逆に新鮮に響く
父親の影響で、生まれた頃から海に親しみ流麗な音楽を耳にしてきたという、平井大。3歳の頃に、祖母からプレゼントされたウクレレを弾き始めたという。その後は、さまざまなビーチカルチャーや音楽に触れながら才能を磨き、2011年にハワイ最大規模の文化交流イベント「ホノルルフェスティバル」の公式イメージソングに「ONE LOVE ~Pacific Harmony~」が抜擢されたことにより、一躍脚光を浴びる。同年にはデビューミニアルバム「OHANA」をリリースし、以降は精力的にライブ活動を続けながら、コンスタントに楽曲を発表し、実力をさらに磨いている。
デビュー当初はハワイに関連する楽曲で登場したということもあってか、平井の音楽性は全体的にアロハでピースフルな、つまり日常から乖離した気分を味わえるアイランドミュージックという印象が強かった。その後、ライブ活動などを通じてだろうか、多くの人々から好まれている音楽に寄り添うもの、つまりポップな感覚を取り入れた楽曲が増えていく。もちろん、そういった楽曲によって新しいファンを獲得はしてきたのだが、2015年にリリースしたアルバム「Slow & Easy」のあたりから平井は、時代の風潮に流されず、自身が伝えたいことを、アコースティックギターをメインにしたシンプルな音色で伝えるスタイルへと方向性を変え始めた。というか、彼自身が幼い頃から聴き親しんでいたという、ブルースなどアメリカのルーツロックの要素を感じる音楽スタイルへ原点回帰したとも言える。その有機的、つまり人間の持つ温かさを感じるピースフルなサウンドが、現代のヒットチャートに並ぶ、エレクトロニックで攻撃的、無機質な音に聴き飽きたリスナーにとっては、逆に新鮮に響いたのではないだろうか。また歌詞に関しても、現在のJ-POPシーンにあふれる「恋愛がうまくいった / いかない」など、リスナーに具体的なシチュエーションを提示するようなものではなく、平井の作風は「青い海と太陽、それさえあれば人生って美しい」という、シンプルかつ普遍的なもの。聴き手の感覚によってさまざまな風景や心情を思い浮かばせ、考えさせるようなメッセージも、多くの人の心を奪ったのかもしれない。
ボブ・ディランの哲学性と、ドノヴァン・フランケンレイターに通じるメッセージ
次のページに掲載するインタビューをした際に彼は、特に強い影響を受けたミュージシャンとして、先頃ノーベル文学賞を獲得して話題になったボブ・ディランの名前を挙げているのだが、ディランの持つシンプルでありながらもリスナーに何かを考えさせる「哲学的」な音楽世界と、平井の普遍性の強い最近の楽曲の数々とは、共鳴している部分が多いのかもしれない(本人にそれを伝えると「そこまでは表現できていないですよ」と照れくさそうにしていたが)。またほかにも、サーフミュージックのルーツ的シンガーソングライターであるジャック・ジョンソンやドノヴァン・フランケンレイターなどとも、共通点が多い。彼らも平井同様に、サーフィンと音楽を両立させながら活動をしているということもあるが、歌詞の内容に関しても「過剰な幸せなどいらない、ほんの少しの大好きな人やモノに囲まれた生活だけで、心は満たされていく」という共通したメッセージをつづっている。また、その音や佇まいからは、ピースで飾らない人柄が伝わってくるのだ。
このたび完成したミニアルバム「Love is Beautiful」で平井は、ドノヴァン・フランケンレイターと共演を果たしている。平井は今年7月のドノヴァンの来日公演の際にオープニングアクトとして登場し、アンコールでもセッションに参加。これをきっかけに、ミニアルバムでの共演が実現したという。収録しているのは、ドノヴァンのデビュー作「Donavon Frankenreiter」(2004年発表)に収められ、今やドノヴァンのライブのクライマックスに欠かせない名曲「It Don't Matter」である。
この曲は、軽快なメロディに乗せて「人生って複雑に思うかもしれないけど、どうってことはないと思えば意外と楽しく生きていけるんだ」というフリー&イージーな感覚にあふれるメッセージを伝えるナンバー。ライブでもセッションしている曲だけあって、今回の音源も2人の呼吸がぴったり。平井とドノヴァンで一緒に心地よい音の波を乗りこなしているような雰囲気もあって、自然と笑顔があふれてくる仕上がりになっている。
常に美しさを追求する、平井大の心髄が抽出された新作
アルバムには、この楽曲のほかにも3曲の洋楽カバーが収録されている。1つは、1960年代より活躍する大御所シンガーソングライター / ギタリストであるエリック・クラプトンがカバーし世界的ヒットを記録したことで知られるワイノナ・ジャッドの「Change the World」(1996年発表)。
もう1つは、1998年に公開された映画「アルマゲドン」のテーマソングであるアメリカを代表するロックバンド、Aerosmithの「I Don't Want to Miss a Thing」。
そして、実力派R&Bシンガーソングライターとして知られるアリシア・キーズの2003年発表のバラード「If I Ain't Got You」である。
ドノヴァンの楽曲を含め、ジャンルがバラバラな印象の選曲であるが、平井のハートフルな歌声と、アコースティックの繊細なサウンドを通して聴くと、不思議と統一感が生まれている。原曲の持つ旋律の美しさが、際立って耳に響くのだ。また同時に、(今作にカバーは収録されていないが)ディランの音楽のようにギター1本で世界中を放浪し続ける雰囲気に似た「旅情感」も漂ってくる。
ほかにも彼は今作で、自身の楽曲より「Beautiful」(2014年発表)と「Life is Beautiful」(2016年発表)を英語バージョンで再構築。歌詞を変え、そしてアコースティック色をより強めたことで、曲が持つ美しさがさらに際立った仕上がりになった。また、収録曲全曲に言えることであるが、初冬にリリースされる作品ということもあってか、より温かさを感じる音色になっているのも特徴的だ。開放的なビーチや空を連想させる楽曲が多い平井の作品であるが、ここでは家の中で暖炉を囲んで音に寄り添うような気分を味わうことができるはずだ。結果今作は、新しい魅力というか、常に「美しさ」を追求し楽曲を制作し続ける平井大の心髄がより抽出された作品になっている。
ライブのリピーターが続出する理由
そんなミニアルバムを携えてのアコースティックツアー「平井大 Premium Acoustic Tour 2016 ~Love is Beautiful~」が11月に開幕している(残念ながら全公演ソールドアウトしてしまったのだが)。彼のライブは、そのピースフルな人柄がボーカルやギターなど全面から伝わるもので、触れていると日常生活で張り詰めた気持ちを、一瞬にしてゆるめてくれる。また、1公演ごとに音が変わっていくことも彼のライブの魅力。つまり、その場の空気に合う音をバンドメンバーとセッションしながらパフォーマンスをしていくので、音源で聴いたそのままを聴く機会というのが滅多にないのだ。だから心地よさとスリルの両方を求めるリピーターが続出して、全国各地を彼と一緒に回るなんて人も少なくないそう。結果、今ではどの公演もプラチナチケットになってしまうのだ。
人生に正解なんてないから、自分が美しいと思うことを信じていけばいい──そんなことを教えてくれる平井大の音楽。今後ますます、多くの人の心を奪うはずだ。
次のページ » 平井大 インタビュー
収録曲
- It don't matter with Donavon Frankenreiter
- Change the world
- Beautiful(English version)
- I don't want to miss a thing
- If I ain't got you
- Life is Beautiful(English version)
平井大 Premium Acoustic Tour 2016 ~Love is Beautiful~
- 2016年11月11日(金)
大阪府 Billboard Live OSAKA - 2016年11月12日(土)
愛知県 名古屋ブルーノート - 2016年12月3日(土)
神奈川県 MOTION BLUE YOKOHAMA - 2016年12月4日(日)
神奈川県 MOTION BLUE YOKOHAMA - 2016年12月17日(土)
福岡県 Gate's 7 - 2016年12月26日(月)
東京都 COTTON CLUB - 2016年12月30日(金)
東京都 Billboard Live TOKYO
平井大 Live Tour 2017
- 2017年2月18日(土)
愛知県 DIAMOND HALL - 2017年3月4日(土)
沖縄県 ミュージックタウン音市場 - 2017年3月11日(土)
福岡県 DRUM LOGOS - 2017年3月19日(日)
大阪府 Zepp Osaka Bayside - 2017年4月9日(日)
東京都 TOKYO DOME CITY HALL
平井大(ヒライダイ)
1991年5月3日東京都生まれ。3歳のときに祖母からもらったウクレレがきっかけで音楽に興味を持つ。2011年には自身の楽曲「ONE LOVE ~Pacific Harmony~」がイベント「ホノルルフェスティバル」の公式イメージソングに抜擢され注目を集め、2011年5月にはデビューミニアルバム「OHANA」を発表。「SUMMER SONIC」「ALOHA YOKOHAMA」などさまざまな大型フェスに出演を果たした。2013年にはミニアルバム「Dream」でメジャーデビューし、翌2014年にはメジャー移籍後初のフルアルバム「ALOOOOHANA!!」をリリース。2016年6月にはオリジナルアルバム「Life is Beautiful」、同年11月には洋楽カバーを中心としたミニアルバム「Love is Beautiful」を発表した。