全曲自分の手を超えた感じがあるのが気持ちいい
──ここからはニューアルバムの話を。今回制作にはどんな流れで入っていったんですか?
去年の秋に野音でライブをやって、そのときに会場限定販売のワンコインCD用に「ビッグスマイルズ」を書いたんだよね。そのあたりから、なんとなくアルバムのことを考え始めた感じかな。
──「ビッグスマイルズ」は「発光帯」以来2年半ぶりの新曲でした。
「ビッグスマイルズ」で(西田)修大と初めて組んだのは大きかった。アレンジをお願いしたんだけど、音の選び方が独特で。すごくビビッドなんだよね。明らかに自分の中にはないもので、「こういう感覚を待ってた!」と思った。そこでの手応えもあって今回は4曲でアレンジに参加してもらってる。
──西田さんは今作のキーパーソンと言える存在ですね。そもそものつながりは?
UAのライブを観に行ったとき終演後に話す機会があって、それが最初だね。学生時代にSUPER BUTTER DOGを聴いてくれてたみたいで。その後、修大が借りてるアトリエに遊びに行ったりして仲よくなった。「ビッグスマイルズ」は、もともとは“ザ・ハナレグミ”的なシンプルな弾き語りのデモを作っていたんだけど、ここに何か新しい色を加えたいなと思ったときに思い浮かんだのが修大だったの。まさにドンピシャだったね。
──今作では西田さん以外にも、iriさん、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)さんなど、若い世代のアーティストとのコラボレーション楽曲が印象的でした。それぞれの楽曲についてお話しいただければと思います。まずiriさんをフィーチャリングボーカルに迎えた「雨上がりのGood Day(feat. iri)」について。彼女はどんな経緯で楽曲に参加することになったんでしょう?
アルバムの制作を続けていく中で、自分の声だけで完結しちゃうのはなんかツマらないなと思って。それで誰かゲストを入れたいよねという話になったとき思い浮かんだのがiriちゃんだったの。彼女の曲を以前から聴いていて、すごくいい声だなと思っていたし。それでスタッフとミーティングをして「お願いしてみよう」ということになって。
──iriさんとは歌詞も共作していますね。
歌詞のテーマを決めようということになってZOOMで打ち合わせをしたんだけど、ふと、パソコンの向こうの窓に貼り付けていた知り合いのパン屋さんの袋に、「GOOD DAY」って文字とイラストが描いてあるのが目に入って。打合せのときのiriちゃんの華やかな雰囲気と、その日の底抜けの青空も相まって、「うーーん、GOOD DAY!! イェイ!!」ってなって(笑)。そこから数日経って、なんだったらアルバム全体のテーマも“GOOD DAY”かも知れないなと思った。それはある1日の中のたくさんの人たちの気持ちかも知れないし、もしくは1人の主人公の、1日の中で見たいろいろな景色かもしれない。「GOOD DAY」という言葉で、アルバムのイメージが自分の中で一気に明確になったよね。
──マヒトゥ・ザ・ピーポーさんは「どこでもとわ」で作詞作曲を手がけられています。マヒトさんとは以前から親交があったんですよね?
数年ほど前に知り合った。GEZANのライブも観に行かせてもらってるけど、自分がもし高校生のときとかにGEZANに出会っていたら、芯から影響を受けて音楽を始めていたのかも。たぶん生き方からグルッと変わっちゃったんじゃないかと思うくらい。
──そこまで!
ソロも含め彼の作品は、とにかく衝撃的だった。マヒトくんのインタビューや、GEZANの映画とかで紡がれる彼の言葉にも強く惹かれているし、いつかこの人の言葉を自分で歌ってみたいと思ってた。
──マヒトさんとはどんなやりとりを?
何もない。自分をイメージしてもらって、曲が生まれそうだったらお願いしますって。特に締め切りも設けずに。お願いしたのがいつだったかは忘れちゃったけど、去年の冬の夜に「完成しました」とメールが来て、代々木公園の脇にある小さな公園でギターを弾いて聴かせてくれた(笑)。
──生歌で(笑)。
そう。真っ赤な服を着た男が、裸のままのギターを抱えて真冬の公園にやって来た(笑)。弾き語りの時点ですでに完成されていて、このまま弾き語りのアレンジで歌おうかなと思ったんだけど、もう1つ別のアイデアを入れたら、さらに曲の世界観が膨らむんじゃないかと思って、修大にアレンジをお願いした。マヒトくんが想像しないようなところに曲のムードを持っていきたいという気持ちもあったし。結果的にいろんな方向に矢印が向いてる曲になった気がする。今回のアルバムの曲って、全曲どこか自分の手を超えた感じがあるのが気持ちいいんだよね。
──さまざまなアーティストの感性が加わることによって、ハナレグミの新たな曲の世界が引き出されたというか。
そうだね。例えば「Blue Daisy」という曲では、御徒町凧くんに自分をイメージして歌詞を書いてもらったんだけど、「Blue Daisy」というタイトルが、まず新鮮だった。自分の中からは出てこない言葉だったから。この曲の歌詞からは、自分の知らない自分みたいなものを感じた。どこか自分の背中を見るような感じというかね。
──まさに他者の視線があってこそ初めて見えてくるものですね。
自分1人で完結できちゃうことって、あまり面白くないなと思っていて。俺は何かこう、曖昧なものに確かさを感じるんだよね。「これだ!」って1つの答えが定まっているようなものじゃなくて、受け取り方によって、いろんな解釈ができるような……。そういうものを自分は愛おしいと思っているのかもしれない。
──それこそが、冒頭で話していたような「余韻」であり、「譜面に書けること以外のもの」なのかもしれないですね。
ああ、確かにそうかも。
──そして、アルバムの最後を飾る「Wide Eyed World」では、「わからないを信じてる」という、まさに今作を象徴するようなフレーズが高らかに歌われています。
この曲は「わからないを信じてる」という歌詞に尽きる。本当に大好きな言葉で。やっぱり俺はわからないことを信じたいし、わからないことに出会いたいんだよね。何かを「わかった」瞬間、面白くなくなっちゃうというか。そういう意味で今回のアルバムには、自分でも「わからない」ところがたくさんあって聴くたびにワクワクするんだよね。
──あえて自己完結していない感じがワクワクにつながっている?
全部完璧にコントロールできているものよりも、こうやってちゃんと、わからないことが混ざっているもののほうが面白いと思う。iriちゃんと一緒にやった曲に「探さない 深めない」っていう歌詞が出てくるんだけど、まさにそういう感じ。あえて答えを確かめたりせず、流れに任せて駆け抜けていくイメージで。
──答えを確かめないからこそ「わからない」がそのまま残ってワクワク感が持続していくという。
うん。流れに乗っかってフロウして、いろんなものに出会って、いろんな感覚に触れて、そのつど感じたことを表現していきたいよね。ボブ・ディランの「Subterranean Homesick Blues」のミュージックビデオじゃないけど、言葉を書いたパネルをどんどんめくって一気に駆け抜けていく感じ。今回のアルバムって、1曲1曲が生き物のように常に変化してる感覚があって、それがすごく斬新なんだよね。そういう意味でも、今までのアルバムとはまた違う、新たな手応えを感じる作品を作ることができたかなって思う。
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【後編】永積 崇 × 坂本慎太郎 対談