ハナレグミ インタビュー|9thアルバムで再確認した表現者としてのルーツ「わからないを信じてる」 (2/3)

永積 崇が下町に生まれていたら?

──例えば永積さんが三多摩地区とは逆方面の下町とかで生まれ育っていたらどんなシンガーになっていたんですかね?

どうなってたんだろうね(笑)。考えたこともなかった。うーん……仲間を引き連れて「ドヤ!」みたいな感じで歌ってたりしたのかな。もっとイケイケな感じで(笑)。

──下町のお祭り野郎みたいな(笑)。

ははは! わかんないけどね(笑)。1人じゃなくて、チームでワイワイ表現する方向に向かってたのかもしれない。下町って、俺の中では家や人がギュッと集まってるイメージがある。あとタイム感が早いよね。スピーディにいろんなことが進んでいく感じ。下町の人たちの人懐っこさとか、気持ちが前に出る感じはすごく好きなんだよ。憧れちゃうんだけど、下町のタイム感に慣れてないから、自分はどうしてもレスポンスが遅れちゃって(笑)。

──三多摩のタイム感だと追いつけない(笑)。

そう。結局、何も言えずにうつむいちゃうタイプ(笑)。下町のタイム感を知ってたら、「いや、違うだろ!」みたいなことを気持ちよくバシッと言えるんだろうけど。僕が生まれ育った街は家同士の距離も離れていたり、あまり隣近所のことを詳しく知らなかったりして、人に対してどこか気を使っちゃう感じがあって。「よその家のことに、あまり深く立ち入らないようにしよう」みたいな(笑)。そういう距離感みたいなものも自分が作る音楽には表れていると思うし、自分の写真を通して、それを再確認する部分もあった。

──写真を撮るようになって、自分の根底に流れるタイム感や距離感みたいなものに図らずも気付かされたわけですね。

「俺はどうして歌を歌うのか?」とか「どうして音楽を選んだんだろう?」ということを考えるうえで写真というのは、自分にとって、ものすごくいい鏡になる。今でも変わらず夢中だし。音楽と写真がここまで反響し合うというのは、コロナ禍で見つけた最大の収穫だよね。

──新しい感覚が開いた感じ?

もう1つの目線をもらったというか。いくつかの感情が高まったときに、それを音楽だけで全部表現する必要はないなと思えて。今までは全部を音楽で表現しなければいけないと考えすぎていたのかも。それが表現に向かうスピード感を遅らせていたのかもしれないし。写真を撮ってると、「これは写真よりも音楽で表現したほうがいいな」って精査される瞬間があって。今回アルバムを作るうえで、写真を撮るようになったことは大きな影響を与えていると思うね。

委縮した自分を解き放ってくれたスカパラ

──前作「発光帯」リリース以降は、コロナ禍の影響でお客さんの声出しが禁止されたり、しばらくの間ライブ活動にも影響があったと思うんです。そうした環境も創作活動に少なからず影響を及ぼしたんじゃないですか?

自分の場合は、オーディエンスと気持ちを通わせながらライブを作っていくというスタイルを続けてきたから、お客さんから反応が返ってこないのは、やっぱり……正直戸惑いがあったね。歌の持っていきどころが一時期わからなくなってた。そういう意味でライブの難しさは感じてたけど、コロナ禍で活動が制限されることによって、そもそも自分はどういう音楽が好きで、どういう歌を歌いたいのかとか、自分自身を見つめ直すことができた気がする。2022年2月から弾き語りツアー「Faraway So Close」がスタートして、地方を回りながら、徐々に以前の感覚を取り戻していった感じかな。しばらくは手探りだったけどね。

弾き語りツアー「Faraway So Close」の様子。

弾き語りツアー「Faraway So Close」の様子。

──コロナ禍以前と同じような感覚でライブをやれるようになったのは、どのあたりからですか?

2022年の夏、フジロックのFIELD OF HEAVENのトリでスカパラと一緒にライブをさせてもらったとき、「あ、もうコロナ禍の委縮した自分を解き放っていいんだ!」って思った。たぶんお客さんも同じような気持ちだったと思う。あのライブは一体感がすごくて自分の中で明らかにスイッチが入った瞬間だね。

──翌23年の年明けには東京スカパラダイスオーケストラとメキシコにライブに行っています。

行ったねー。メキシコは最高だった。俺は根っからの弟気質だから、「兄ちゃんたち、すげえ!」みたいな感じだったけど(笑)。スカパラが音楽で人を楽しませるということに200%ぐらいエネルギーを使ってるということが改めてよくわかった。現地のミュージシャンたちも最高だった。メキシコでミュージシャンとして有名になるのって、日本以上に大変だと思うんだけど、だからこそみんな1回のステージに懸けるエネルギーが半端じゃないんだよね。お客さんを楽しませるために、あの手この手でライブに全精力を注いでいて。今思えばメキシコで、めちゃくちゃパワーをもらった気がする。

2023年3月19日にメキシコ・メキシコシティで開催された中南米最大のフェス「Vive Latino」に東京スカパラダイスオーケストラとともに出演したハナレグミ。
2023年3月19日にメキシコ・メキシコシティで開催された中南米最大のフェス「Vive Latino」に東京スカパラダイスオーケストラとともに出演したハナレグミ。

2023年3月19日にメキシコ・メキシコシティで開催された中南米最大のフェス「Vive Latino」に東京スカパラダイスオーケストラとともに出演したハナレグミ。

──10月にはNHK総合のドラマ「ミワさんなりすます」の主題歌として新曲「MY夢中」を書き下ろしています。映画の主題歌は何度かあったけど、意外にもドラマの主題歌を手がけたのは、このときが初めてだったんですね。

自分としては「MY夢中」を作ったことも大きかったかな。ドラマの主題歌を書くことが初めてで、原作を読ませてもらって制作スタッフからのイメージも聞きながら曲を書き上げたんだけど、そういうやり方をしたことがなかったから新鮮だった。他者のアイデアに紐付けて、自分の中にある何かを表現するということに興味が出たのかもしれないね。写真もそうだし、音楽以外の表現に刺激を受けたところもあったかな。

役者仕事で得たもの

──音楽以外の表現で言うと、ちょっと時系列が前後しますが、編集者役で出演した映画「零落」が2023年3月に公開されました。

えっ! ここで「零落」の話、出ちゃう!?

「零落」Blu-ray&DVD発売中。
販売元:(株)ハピネット・メディアマーケティング
©2023浅野いにお・小学館 / 「零落」製作委員会

「零落」Blu-ray&DVD発売中。 販売元:(株)ハピネット・メディアマーケティング ©2023浅野いにお・小学館 / 「零落」製作委員会

永積は、“元”売れっ子マンガ家・深澤薫(斎藤工)の担当編集者である徳丸を演じた。

永積は、“元”売れっ子マンガ家・深澤薫(斎藤工)の担当編集者である徳丸を演じた。

──俳優の仕事をあそこまでガッツリやったのは初めてですよね。あれはあれで楽しめましたか?

うん。緊張したけどね。でも監督の竹中直人さんが「役作りとかせず、いつもの感じで台詞を言ってくれればいいから」って言ってくれて。なので、それほど重荷になることもなく。

──役者仕事で何か得たものはありましたか?

いやー、役者と言えるような特別なことをしたわけじゃないんだけど(笑)。ただ写真集しかり映画しかり、新しい表現の世界に触れられたのは大きかったよね。普段とは違うモノ作りの現場を間近で見ることができて、すごく勉強になった。監督を務めた竹中直人さんのモノ作りに対する姿勢とか、斎藤工さんをはじめとする役者さんたちの集中力とか、そういう場面に触れられたのは大きかった。自分も早くチームでモノ作りをしたいなという気持ちにさせられた。そういう意味では、どこかでアルバムに影響を与えてるのかもしれないね。