GRAPEVINE|愚直なまでに音と時代に向き合い生み出した「新しい果実」

世に物申したい気持ちは常にある

──アルバムに先駆けて、「Gifted」「ねずみ浄土」「目覚ましはいつも鳴りやまない」が配信リリースされました。この3曲はアルバムを象徴する楽曲ということですか?

田中 いや、特に(笑)。意図があるように見えたかもしれないけど、こっちはそこまで考えてなかったですね。昨今、CDシングルってあまり出さないじゃないですか。シングルを出していた頃は、どこかで「わかりやすくしないと」という気持ちが働いてた気がするんですよ。今は全然そうじゃなくて、どの曲もフラットな気持ちで作っていて。

亀井 全曲録り終えてからチョイスしてますからね。

田中 そう、アルバムができてから、レーベルの方と相談して決めてるので。

──なるほど。まず「Gifted」ですが、こういう曲を先行配信できるのもGRAPEVINEらしさなのかなと。曲が始まってから歌が聞こえてくるまでかなり長いですよね。

田中 それ、よく言われます。

亀井 イントロが長い(笑)。

西川 昔から「イントロは短いほうがいい」って言われてたんですよ。「1分以内にサビまでいかないと、聴いてもらえないよ」って。「Gifted」は1分経ってやっと歌が始まりますからね(笑)。

亀井 サビまでどれくらいだろう?

田中 サブスク時代になってイントロがなくなってるという話もありますけど、知ったこっちゃないんで。曲によりけりですからね、それは。

──なるほど。サウンド自体も素晴らしいですよね。特にドラムの音がめちゃくちゃカッコいい。

亀井 そうですよね。宮島さんも「いい音で録れた」と言ってました。

田中 「ここ数年の最高傑作」と言ってましたね。

亀井 密室ではなくて、空間が感じられるような音にしたかったんです。録り音を決めるまでにだいぶ時間がかかったんですけど、その甲斐がありました。

田中 なぜかレコーディングの1日目に録ったんですよ。

亀井 普通は録り音を決めやすい曲から始めるんですけど、一番難しい曲から取りかかってしまって(笑)。もともとドラムが置かれていた場所から外に出して、ロフトみたいなところまで運んで。

田中 広いんですよ、スタジオが。ビクタースタジオを使わせてもらってるので。

西川 録り終わったら、元の場所に戻して。手間がかかってます(笑)。

──すごく贅沢な作り方ですよね。

西川 そうですね。マスタリングもよかったんですよ。Sterling Soundのジョー・ラポルタに初めてお願いしたんですけど、すごくいい音にしてくれて。

田中 以前、グレッグ・カルビに「Burning tree」のマスタリングをやってもらったんですけど、そのときもよくて。ジョー・ラポルタはグレッグと同じスタジオの人なんですけど、僕が好きアルバムを手がけてたんです。最近だとモージズ・サムニーのアルバム(「græ」)とか、後はデヴィッド・ボウイの遺作(「★(ブラックスター)」)だったり。今、僕らがやりたい音に近いのかなと思ったので、お願いしました。

──なるほど。「思えば 光など届かなかったんだ」など、「Gifted」は歌詞もすごくエッジが立っていて。

田中 辛口とか辛辣と言われますね。ご時世的にも、こういうことを歌うとギョッとする人がいるだろうなという、レコード会社の画策もあったんでしょうね(笑)。

──歌詞を通して、世に物申したい気持ちも?

田中 それは常にありますよ! 前作も前々作も前々々作も。ストレートな歌詞ではないから伝わってないかもしれないですけど。今回も世の中のことだったり、人間のことを書いているので、今のこういう状況の影響も反映されてるでしょうし。

──コロナ禍は全員が体験していることだし、現状のヤバさは誰もが実感しているはずで。“世に物申す”田中さんの歌詞も、今までより理解されやすい気もします。

田中 僕もそう思うんですよね、多少は。自分事として考える部分も増えてるだろうし。「Gifted」の歌詞に対して「えぐい」とか「厳しい」という声をいただいますが、ようやくピンと来てくれたのかもしれないですね。まあ、僕が書いた歌詞が伝わるかどうかは別にして、社会的な歪みや脆さ、醜さみたいなものがあらわになったのは、コロナ禍における数少ないいいことなのかなと。何かを考えるきっかけになったらいいなとは思いますね。

GRAPEVINE

そんなに歪ませる?

──なるほど。そして「ねずみ浄土」はオルタナR&B、ネオソウルのテイストを取り入れた楽曲です。

亀井 田中くんが持ってきたデモがそういうテイストだったんですよ。それをGRAPEVINEでやるとこうなる、という感じですね。

田中 昔からブラックミュージックは好きですし、最近はバンドの音楽よりもよく聴いてますからね。いろんな音楽から刺激を受けて作るわけですけど、バンドに持っていって、実際にやってみるまでどうなるかはわからなくて。「ねずみ浄土」はすごくうまくいったと思います。バンドとしての解釈がしっかり音になってるというか。ウチのバンドはもともとオルタナティブ志向が強くて、デモのアレンジをぶち壊したがるんですよ(笑)。実際、面白い方向に転がることも多いし、僕としても「ガラッと変えてほしい」と思ってるので。

西川 田中くんのギターがかなり歪んでるんですよね、「ねずみ浄土」は。もし歪んでなかったらもっとネオソウルっぽい感じになっていたし、僕としても手が出しづらかったんじゃないかなと。もっときれいなフレーズ、デイヴィッド・T・ウォーカーやジョージ・ベンソンみたいな感じで弾かなくちゃいけないというか。そういうギターは弾けないですから、僕は。

──ギターが歪んでいることで、ロック的な解釈がしやすくなったと。デモの段階からそうだったんですか?

西川 いや、途中で高野さんが「もっと歪ませたほうがいいんじゃない?」って言い出して。

田中 ぶっちゃけると僕のデモはもっとおしゃれでした(笑)。でも、高野さんが僕のギターを歪ませて、それがきっかけになって、今の形になった。「もっと汚い音のほうがいい」と言ってましたね、勲氏は。

西川 え、そんなに歪ませる?と思いました(笑)。

田中 俺もそう思った(笑)。

西川 途中、宮島さんに聞いたんですよ。こんなに歪ませて大丈夫?って。

田中 そしたら宮島さんも「面白いんちゃう?」と(笑)。

亀井 はははは(笑)。

田中 その時点では誰も正解がわかってないですからね。手探りでいろんなことを試して、キラッと光る突破口が見つかれば、みんなで進んでいけるというか。いつもそういう感じですね。

──「ねずみ浄土」に出てくる「新たなフルーツ」というフレーズは、アルバムタイトル「新しい果実」に直結してますね。

田中 そうですね、象徴的な言葉かなと思いまして。ニューノーマルとか、今のご時世いろんなことが言われてるじゃないですか。この曲の歌詞にはもっといろんな意味合いを含ませているんですけど、西洋の宗教や日本の土着的なことも交えつつ、今の世相や時代を描いたつもりです。僕の悪い癖で、ちょっと複雑にしすぎたきらいもありますが。

──いろいろなメタファーを提示しながら、結局、答えまでは歌っていないのも田中さんらしいなと。

田中 答えからはどんどん遠ざかってますね(笑)。「葛篭はどっちでしたか」と歌ってますが、二元論になりがちな現状に対する自分なりの考えも込めてますね。