GRAPEVINE|愚直なまでに音と時代に向き合い生み出した「新しい果実」

GRAPEVINEが「ALL THE LIGHT」以来、約2年ぶりのオリジナルアルバム「新しい果実」をリリースした。セルフプロデュースで制作された本作には、先行配信された「Gifted」「ねずみ浄土」「目覚ましはいつも鳴りやまない」など全10曲を収録。さらに深みを増したバンドサウンド、奔放な音楽的アイデア、現在の社会や世の中の雰囲気を反映した歌詞が1つになった充実作に仕上がっている。

音楽ナタリーでは、田中和将(Vo, G)、西川弘剛(G)、亀井亨(Dr)にインタビュー。2020年の活動の振り返り、そして「新しい果実」の制作の裏側について語ってもらった。

取材・文 / 森朋之 撮影 / 吉場正和

無力感はあった

──まずは2020年を振り返ってみたいと思います。もちろんGRAPEVINEもコロナの影響を強く受けたわけですが、皆さんにとってはどんな1年でした?

田中和将(Vo, G)

田中和将(Vo, G) やったことと言えば、このアルバム(「新しい果実」)のプリプロとレコーディング、あとは11月にホールで3本ライブをやって。それだけじゃないですかね。それ以外は何もやってないです。

西川弘剛(G) 「ミュージシャンってほかにやれることがないんだな」と思いましたね。いろんなやり方を模索してた人たちもいたじゃないですか。配信ライブだったり、データをやり取りして曲を作ったり。ウチのバンドはそういう能力がないんですよ(笑)。

田中 そうね(笑)。

西川 よく知ってる人に頼ればよかったのかもしれないけど、フットワークが鈍くて(笑)。

──確かにGRAPEVINEがリモートで制作って、まったく想像できないですね。

田中 僕自身もまったく想像できなかったです。演奏データをやり取りしようと思ったら、メンバーで使うソフトをそろえなくちゃいけないし、そういうことも全然わからないので。

──配信ライブには興味なかった?

田中 嫌ってるわけではないんですよ。ホールツアーのライブレポートを読むと「配信をやらず、会場に来たお客さんだけに向けて」という書き方をしてくれていて。それはそれでうれしいんですけど、別に毛嫌いしているわけではなく、ただノウハウがなかっただけで。

亀井亨(Dr) 一時的に規制が緩くなった時期にライブ3本できたのはよかったですけどね。

──僕も観させてもらいましたけど、素晴らしかったです。まったくブランクを感じなかった。

田中 実際はかなりブランクがあったんですけどね。

亀井 1年ぶりのライブでしたから。

田中 幸い、夏の終わりくらいからプリプロのためにスタジオに入ってたので、ひさしぶり感はある程度解消されてたんですけどね。まあ、ライブがやれたのは幸運でした。生の音は気持ちいいので。

──思うように活動ができないことへの憤り、怒りみたいなものはなかったですか?

田中 そこまではないですけどね。ただ、痛感はしましたね、自分たちの立場を。こういう世の中になると、我々はこんな立場に置かれるのかと。

──音楽関係者へのダメージ、すさまじいですからね……。

田中 我々の業界に限らず、例えば飲食業の皆さんもそうでしょ。ないがしろにされているというか。そういう状況に対して怒りを覚えるわけではないけど、無力感はありました。

亀井 僕らはまだ恵まれていて、“仕事1本でナンボ”ということではないので、そこまで切羽詰まってなかったんですよ、正直。

西川 僕らは大丈夫だったんですけど、ライブのスタッフは仕事がなくなってしまって。僕らが動くことで彼らにも仕事が生まれるから、その責任みたいなものは感じてました。

田中 うん、それはすごく思った。

西川 ライブはできなくても、プリプロをやればスタジオは稼働しますからね。自分たちだけのことではないなと痛感しましたね、改めて。

左から田中和将(Vo, G)、西川弘剛(G)、亀井亨(Dr)。

音を出すしか能がない

──曲作りに関してはどうですか?

田中 時間だけはあったのでかなりやりました。実はその前から曲作りは始めていたんですよ。2019年のツアーは10月に終わって、年末のイベントも特になかったので、「年末年始に曲作りしよう」と。まず各自がデモを作って、年明けにプリプロに入って、4月、5月の対バンツアーの合間にレコーディングして……という予定だったんですけど、それができなくなって。曲だけは溜まってたんです。

亀井亨(Dr)

亀井 僕は全然捗らなかったんですけどね(笑)。時間があればいいというものでもないなと思いました。

田中 そればっかりは波みたいなものですから。

──ということは、去年の夏にプリプロを始めたときには曲が出そろっていた?

亀井 ほぼ出そろってましたね。そういう状況もたぶん初めてじゃないかな。

──そこはコロナの影響を受けなかったと。

田中 そもそも曲作りに世相は反映されないですから。歌詞の表現はどうかわからないけど。

西川 のんびり作らせてもらった感じもありますね。1日1曲プリプロして、1日1曲レコーディングして、1日1曲歌って、という感じで。アレンジにもじっくり向き合えたし、凝った曲が多いような気がします。

田中 うん、確かにそうかも。巣ごもり感もありましたね。

──セルフプロデュースで制作することも最初から決めていたんですか?

田中 今回はそうですね。基本的にはプロデューサーがいたほうがいいと思ってるんですよ。これくらいのキャリアになると、新しいアイデアを持ってきてくれる第三者が必要なので。前作の「ALL THE LIGHT」はホッピー神山さんにプロデュースをお願いしたんですけど、こちらも「ホッピーさんの色を出してほしい」と思っていたし、実際、いつもとは制作の環境がかなり違ってたんですよ。レコーディングするスタジオもそうだし、ホッピーさんは鍵盤奏者なので、(サポートキーボディストの)高野勲氏が外れたり、かなりイレギュラーなレコーディングだった。そのこともあって「次はセルフでやろう」というのは早い段階で決めていました。

亀井 メンバー5人(田中、西川、亀井、高野、金戸覚)とエンジニアの宮島(哲博)さんで制作した感じですね。宮島さんにもプリプロの段階から来てもらっていたので。

田中 セルフプロデュースでやるときは、いつもそういうやり方ですね。

──制作をリードする旗振り役は?

西川 いないですね(笑)。今回は高野さんが主にやってくれたかな。

田中 そもそも高野さんはプロデューサーですからね。セルフだとどうしても寄り道も多くなるんだけど、今回はそれが許される時間もあったので。

亀井 うん。そこまで煮詰まらなかったですね。

──田中さん、西川さん、亀井さん、高野さん、金戸さんの5人体制になって、ちょうど20年くらいですよね?

田中 そうですね。数えたことないけど、たぶんそれくらいだと思います。

──20年経っても制作が煮詰まらず、アイデアもどんどん出てくるって、すごくないですか?

西川弘剛(G)

田中 無理矢理やってるところもありますけどね(笑)。ただ、常々「面白くしよう」とは思ってるし、旗振り役がいなくても、場面場面で「こっちがいい」と強く主張する人が出れば、どっちかに流れる。今回の制作に関して言えば、しばらく集まれなかったことへの反動もあったと思いますね。若干、みなぎっていたというか。

──制作に対するモチベーションが高かった?

田中 そうだと思います。誰も口には出さないけど、そういう雰囲気は感じてました。

亀井 半年以上みんなで音を出してなかったから、「演奏できて楽しい」という感じはありましたね。

西川 楽しいというか、「これしかできない」という感じかな。外出もできないし、スタジオが終わったあと、ごはんにも行けなくて。音を出すしか能がないというか……。

田中 まあ、そうね(笑)。近所の人から「あの人、何やってんの?」と思われてそう。

西川 前からそうだよ。真昼間に犬の散歩してる50代の男、堅気じゃないでしょ(笑)。