GLAY新作「HC 2023 episode 2 -GHOST TRACK E.P-」をTAKURO&HISASHIソロインタビューで深掘り (2/4)

GLAYの“バディ”はファン1人ひとり

──TAKUROさんが作詞作曲された「GHOST TRACK E.P」の収録曲についてもお伺いします。1曲目の「Buddy」は90年代のJ-POPを想起させるシンセの入れ方とかを含めて、ちょっと懐かしい空気のあるポップチューンですね。

そう。ひさしぶりにストレートなJ-POPが作りたくなったんですよ。

──2年間温めてきた曲と耳にしたんですが、とっかかりはなんだったんですか?

子供たちが車の中でかける曲ですね。ロサンゼルスで生活していると、子供たちがかける曲というのがK-POPやヒップホップ、クラブミュージックだったりして、そうするとどんどん日本のポップソングが遠くなるんです。意識しない限り、J-POPが足元から入ってくることがない。でもたまに子供たちが日本で流行ってる曲をかけてくれて。それを耳にしたときに、展開とか音質とか、西洋のポップソングとは違う独自の進化を遂げているなと感じたんです。

──確かに日本の音楽、特にポップソングは様式美的なものがありますよね。

そうなんです。和食のように、下ごしらえからきっちりやっている稀有な音楽だなと気付くわけです。歌詞に着目してみると、とにかく丁寧で簡単には翻訳できない表現をしている。俺らの先輩の時代は洋楽のエッセンスをどう自分たちの音楽に反映していくか、どう洋楽化していくかということを考えて、欧米の音楽シーンに食い込むことを目指していたと思うんです。でも今の若い世代の人たちは……もちろん若い人たち以外もだけど、国内に向けて丁寧な言葉で丁寧な演奏をした結果、それが世界中で愛される現象が起きている。

TAKURO

──最近だと、海外で起きているシティポップブームと言われるものや、ビルボードのグローバルチャート首位を獲得したYOASOBIの「アイドル」が最たるものですよね。

「アイドル」は一番いい形での世界への羽ばたき方だなと思うんです。自分たちは80年代、70年代の音楽に憧れて、それを咀嚼したものを90年代にリリースしていて。さらに、それに影響を受けた若い人たちが、さらに高尚で質のいい音楽へと変えていっている。唯一無二の音楽が日本に存在していることがすごく誇らしく感じたときに、もう一度自分たちが愛したJ-POPを作りたくなっちゃった。日本の音楽が今後世界で戦っていくうえでは、単純な欧米化ではなくて、日本の風土に向いたサウンドが大事になってくるんじゃないか。90年代の小室哲哉さんや小林武史さんのサウンドに、未来のヒントがあるんじゃないか。Aメロ、Bメロがあって、サビのあとにギターソロがあって、その後にDメロがくる展開みたいな様式美が海外で受けるのかもしれない。そういう考えから「Buddy」は生まれたんです。

──歌詞は半径1mというか、ものすごくパーソナルな世界が描かれてますよね。

近所のよく行くレストランのフロアの子と厨房の子の働きっぷりを見ながら、「なんかこのバディ感いいな」と思って歌詞のモチーフにさせてもらいました。全然哲学的ではない日常を切り取った内容だけど、それこそが今自分が歌いたいことなんですよね。人生とは何かという疑問だったり、世界の悲劇に対する思いだったりは「Only One,Only You」(2022年リリースシングルの表題曲)でひとつ完成形を見たからというのもありますけど。

──近年TAKUROさんの書かれる歌詞は社会的な一面が強く出ていたので、「Buddy」の歌詞の方向性は少し意外でした。

この歌詞はコロナ禍にJIROに教えてもらってお笑いの人たちのラジオをたくさん聴くようになったのも影響してますね。実際に話を聞くと、芸人の方々は兄弟でもない、友達でもない、でも不思議な絆で結ばれているんですよ。ミュージシャンで言うとPUFFYとかB'zの2人もバディ感がありますよね。俺らは4人でいろんな問題に取り組んでいくけれども、コンビやユニットの場合は2人だけで人生のいろんな疑問や出来事に取り組むしかない。究極の社会性を帯びた集団というコンビなわけで、その最小限の単位で世の中に挑んでいく人たちへのある種の憧れと称賛を歌詞に込めました。

──リリースを発表した際に、「僕らにとってのBuddyは、楽しい時も苦しい時も共に一緒に歩んでくれたファンの皆様一人一人です」とつづられていましたがその真意は?

「Buddy」のレコーディングを終えて、いざツアーが始まってみたら、ライブのオープニングから号泣するほどGLAYの音楽を待ってくれている人たちがいて。そのことが本当にありがたくて、GLAYのバディと言えば誰のことだろうと考えたら、自分の中では1人ひとりのファンだった。群衆としてのファンじゃなくて、1対1の関係。“俺とお前”みたいな。ツアー中にこの曲を披露しながら、俺にとってのバディ(相棒)はファンのみんな1人ひとりなんじゃないかなと思ったんですよね。

TAKURO

コロナに対する落とし前

──EPには、TAKUROさんが作詞作曲をされた「U・TA・KA・TA」「SEVEN DAYS FANTASY」も収録されています。「U・TA・KA・TA」は素朴なサウンドで、TERUさんのささやくような歌い方がSimon & Garfunkelっぽいなと感じました。またサウンドアプローチにはThe Beatlesのような匂い、60年代のムードがあります。

ああ、確かにその時代のサウンドは意識しましたね。マイク・ブルームフィールドとアル・クーパーが1969年に連名で発表したライブアルバム「フィルモアの奇蹟」(1969年リリース)に、「59番街橋の歌」というSimon & Garfunkelの楽曲のカバーが収録されているんだけど、その質感というか。宅録でレコーディングするわけだからある種の線のか弱さも大切にしたくて、その感じを出しました。

──TERUさんの繊細な声の表現が耳に残るナンバーで、TAKUROさんの作られた歌詞にも大人の渋みとか味わいがある。50代ならではの楽曲という印象です。

「U・TA・KA・TA」は、バンドにある種の核が備わったときに生まれるタイプの曲ですね。いわゆるJ-POPらしいキャッチーさはないけど、繰り返し聴きたくなる中毒性を出せないかなと思って作りました。そうなってくると意識するのは曲の雰囲気みたいなもの。「SOUL LOVE」みたいなキャッチーな曲が愛される一方で、こういったDNAを持つ曲のほうがハマる人がいるかもしれないし、俺の中にもそのDNAが確実にあるんですよね。

──サウンドの方向性としては昨年末にリリースされたソロアルバム「The Sound Of Life」に近しいのかなと感じたんですが、そこで手にした感覚を「U・TA・KA・TA」に込めたんですか?

いや、この曲は90年代からあったんだよね。

TAKURO

──そんなに昔から曲のタネがあったんですか!

ただ、GLAYとして表現するうえでの目に見えるゴール、必要とされる到達点が、この曲については作った当時は見えなかったんだよね。でもコロナ禍において世の中が混沌としていたことが、この曲のゴールを示してくれたんです。

──というのは?

今までは明確なゴールを定めて、そこを目指して丁寧に丁寧に曲を作ってきたけど、ゴールを作らずにカオスはカオスのままでいいんだということに気付いて。だからレコーディングではメンバーに演奏はラフでいいと伝えたし、歌も直さなくてもいいと言ったんです。デモテープで適当に軽く歌ってる感じなんだけど、俺にはそれが素晴らしく感じられた。何よりもコロナ禍のドキュメンタリーとして、この曲をパッケージしておきたくて。

──ここでも常に自身の作品においてはジャーナリスティックでありたいというTAKUROさんの意図が反映されているわけですね。正直なことをお伝えすると、一聴するとこのEPは統一感がないなと感じていたんです。もちろんGLAYらしいシングルではあるんですが、とりとめがないというか。

そうなんですよね。あくまでも、収録されているのはコロナ禍におけるGLAYのドキュメンタリーなんです。TERUが作った「刻は波のように」は、10歳の頃の彼でもなければ、5年後の彼でもない、今の彼と親との関わり方を歌った曲だから収録しようということになった。「SEVEN DAYS FANTASY」は「NO DEMOCRACY」(2019年リリースのアルバム)を作っていた頃からあった曲だけど、完成させずに放っておいたんですよ。でも、コロナ禍で暇だったから歌詞を書き直したり、アレンジを変えたりして仕上げたんです。今感じていることを反映した曲、今完成させたものを2023年の記録として出すのが俺たちなりのコロナに対する落とし前だと思ったんです。

──来年はいよいよデビュー30周年ですが、今どんな心境ですか?

まず、30年続けられることへの驚きと感謝の思いがあります。GLAYの誕生日に何をしてほしいかメンバーと一緒に話すんだけど、結局祝われたいわけではなくて、自分たちの誕生日を理由にいろんな連中で集まって楽しく過ごしてほしいんですよね。みんなが楽しめる時間が作れるなら大いに利用してください、みんなで楽しい思い出を作りましょうという気持ちで。30周年だから大抵のアホも許してくれるでしょうし(笑)。来てくれた人たちが全員幸せにな気持ちになって帰れるようなライブを考えていますよ。

TAKURO

2023年9月29日更新