ナタリー PowerPush - fripSide

より重く、より熱く、より新しいデジタルJ-POPの作り方

南條愛乃の“エモいボックス”

──先ほどの南條さんの話だと、クールであることを是とするfripSideが今回熱くあろうとした理由には「ブラック・ブレット」があったわけですよね。じゃあお2人は「ブラック・ブレット」という作品をどう観ているんでしょう。

sat 近未来が舞台になっているという意味では、これまでテーマソングを手がけてきた「とある科学の超電磁砲」シリーズと同じなんだけど、未来像は全然違う。未知のウイルス vs 人類っていう戦争のあと、まだ人類がウイルスの脅威に曝されている世界の物語だから、コミカルな部分がありつつも、当たり前のように人が死んでいくし、バトルもある。もっとシリアスな未来の話ですよね。

──作品の世界には人種差別も存在しているし、あと復讐譚とも読めるお話ですもんね。

sat だからシリアスな音、フォーマルな音がほしかったし、今までにないほどの熱さもほしかったんですよね。

南條 ボーカルに関しては、そのsatさんの音と歌詞に引っ張られた部分もありますね。「赤く燃える その眼差しに 熱く響く 命の鼓動」ってまさに熱いし強い言葉じゃないですか。そういう熱さや生々しさや人間くささは意識してました。

──そのfripSide史上、最も熱い曲は歌いやすかったですか?

南條 いいえっ!

──即答でしたね(笑)。

南條 今までで一番難しかったかもしれないですね。なんていうか、私の中には“エモいボックス”みたいなものがあって、そこにはエモい気持ちとか、私がエモいと思っている物事がいっぱい入っているんですけど、そのフタを開くためのスイッチってかなり重いんですよ。ライブの前なんかには「よいしょーっ!」ってそのスイッチを押してフタを開いているから、私自身「うおーっ!」ってなれるんですけど、ライブが終わった瞬間、パタッと(笑)。

──静かにフタが閉じたきり、またなかなか開かなくなる(笑)。

南條 でも「black bullet」って歌詞的にもメロディライン的にも冷静なままでは歌えないんですよね。だからがんばってボタンを押して私の中のエモを取り出してみたんですけど、熱くなりすぎると今度は言葉や音が暴れちゃうから、歌録りを始めたばかりの頃は「コントロールできないなあ」ってなっちゃってました。いつものfripSideの歌い方だとハマらなかったというか。それがsatさんの言う「新しいこと」なのかなとは思うんですけど。

sat まさにそうですね。でも最終的にはホントに熱いんだけど、繊細に歌ってくれて。ホントよく歌えるよね、あの曲。オレ、仮歌全然歌えなかったのに。

「南條愛乃なら歌える」という確信

──なぜ自分が歌えないメロディを渡しちゃいました?(笑)

sat 「でもこのメロディ、カッコいいしなー」って(笑)。あと南ちゃんなら歌えるだろうっていう確信はありました。多少の無理難題であってもこなすどころか、こっちの予想しているクオリティに2~3くらいプラスして返してくれる技術があるので。

南條 ……はあ。

──生返事(笑)。前回の取材のときもそうだったんですけど、またもご自身の才能にまったくもってピンときてないみたいですけど……。

sat でも歌えるんですよ、この人は(笑)。南ちゃんの言う通り、今回は歌詞がいつもとは違う。「神速」なんかがまさにそうなんですけど、「ブラック・ブレット」という作品にも出てくるキーワードで、しかもちょっと中二的に聞こえるかもしれない直球なワードをあえて使ってるんですよね。

──確かに「ブラック・ブレット」の主人公、里見蓮太郎=高校生くらいの男子の熱い姿をモロに歌ってますよね。

sat これってfripSide的にはかなりの冒険なんですけど、なんでそれができるかと言ったら、南ちゃんが歌うことが大前提にあるから。彼女が歌うことによって説得力が生まれるんです。で、それはなぜかと言ったら、まず滑舌がいいんですよ。言葉に変な意図や意味を乗せずに明快に伝えてくれる。

南條 逆に崩したり、フェイクを入れたりすることができないんです(笑)。それしかできない。

「w」ではなく「(笑)」という意識

──じゃあ逆になぜ滑舌よく歌うことはできるんでしょう?

南條 声優だからじゃないですか。

sat わかりやすっ!(笑)

南條 いや、ホントに声優であることの影響はすごくあると思います。それがけっして悪いわけではないし、そういう言葉を使うから皆さんとTwitterなんかで楽しく交流できる面もあるんですけど、それでも私「www」みたいな略語があまり好きじゃなかったりもして。それはやっぱり言葉を扱う職業に就いているからなんだと思いますし。自分の中に許せる言葉と許せない言葉のラインがあるんですよ。例えば「ら抜き言葉は使わないようにしよう」みたいなこととか。歌うときにもそういう線引きはあって、satさんやディレクターさんからOKをもらっても、サ行の“S”の発音の甘さが気になって録り直したりすることがよくありますし。それが滑舌よく聞こえる理由なのかもしれないですね。

sat ただ今の話だけだと言葉が足りないんですよ。「じゃあfripSideのボーカルは声優なら誰だっていいじゃん」って話になるはずですから。

──そうですね。人並み以上に言葉に気を配れて、美しい発音の訓練を受けていれば誰でもよくなってしまう。

sat でも南ちゃんにはその声優さん的な技術や意識にプラスして、声っていう天性の才があるんですよ。この声で、きちんと言葉に気を配りながら滑舌よく僕の歌詞とメロディを歌ってくれるから単なる中二にはならない。声と心のダブルバランスで、曲が説得力を帯びるんです。

南條 声は完全に授かりものなので、親に感謝しないと(笑)。

sat 今の笑いは「w」にしておいてください(笑)。

南條 絶対にやめてください!(笑)

──一方satさんの作曲やトラックメイキングはスムーズでした?

sat 今回は迷ったし、結果、締め切りギリギリまで作業してました。ALTIMAのシングル「Fight 4 Real」を作った直後に制作に取りかかったので、まず機材のセッティングをfripSide仕様にしなきゃいけないところから始まり、当然音楽的にも全然違うことをやるわけですし。だから制作に時間がかかったというよりも、自分をトリートメントするのに時間がかかったんですよね。迷いなく新しい方向に舵を切るための迷いの時間が必要でした。

ニューシングル「black bullet」 / 2014年5月14日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
初回限定盤 [CD+DVD] / 1944円 / GNCA-0333
通常盤 [CD] / 1296円 / GNCA-0334
CD収録曲
  1. black bullet
  2. pico scope -SACLA-
  3. black bullet(instrumental)
  4. pico scope -SACLA-(instrumental)
初回限定盤 DVD収録内容
  • black bullet PV
  • PV commentary
  • PV making
  • SPOT special ver. 1
  • SPOT special ver. 2
  • 理化学研究所 世界一小さいものが見えるX線レーザー「SACLA」 PRムービー
fripSide(フリップサイド)

コンポーザー&プロデューサーのsatこと八木沼悟志と声優としても活躍する南條愛乃(Vo)からなるユニット。2002年から活動開始し、2009年に南條が加入。テレビアニメ「とある科学の超電磁砲」のオープニングテーマ「only my railgun」をリリースする。その後もアニメやゲームの楽曲を多数手がけ、2010年発売のアルバム「infinite synthesis」でそのスタンスを確固たるものに。さらに映画「劇場版ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTH」の主題歌に採用された2011年8月の4thシングル「Heaven is a Place on Earth」ではこれまでとは異なるさわやかなサウンドで、ファン層を拡大。そして結成10周年となる2012年12月にはアニバーサリーアルバム「Decade」をリリースし、2013年5月には結成11年目第1弾作品となるシングル「sister's noise」とライブBlu-ray / DVD「10th Anniversary Live 2012 ~Decade Tokyo~」を同時に発表。「sister's noise」はオリコン週間シングルランキングで1位に輝き、続く8月のシングル「eternal reality」では小室哲哉とのコラボレーションを果たすなど、アニソンシーン外でも大きな存在感を示す。そして2014年5月、アニメ「ブラック・ブレット」のオープニングテーマ「black bullet」をリリースする。