2024年にアニメ放送15周年を迎え、第4期の制作も決定しているアニメシリーズ「とある科学の超電磁砲(レールガン)」。このシリーズに、アニメソング史に残る名曲「only my railgun」をはじめとして幾度も主題歌を提供してきたのが、satこと八木沼悟志が舵を取るユニットfripSideだ。第2期ボーカリスト南條愛乃の卒業後、2022年よりfripSideは第3期ボーカリストとして上杉真央と阿部寿世を迎えて活動している。今年2月には2年以上にわたって展開された47都道府県ツアーを完遂。ツインボーカル体制での新たなfripSideの魅力を見せている。
そんなfripSideが「とある科学の超電磁砲」の主題歌を集めたアルバム「とある科学の超音楽集」をリリースした。アルバムはBlu-rayを含めて4枚組で、DISC 1にはこれまでの主題歌のオリジナルバージョンを収録。DISC 2には「phase3 version」としてセルフカバーした音源と新曲「PHASE NEXT」、DISC 3にはインストゥルメンタル音源、Blu-rayにはアニメ放送15周年を記念したライブイベント「とある科学の超音楽祭」の映像がそれぞれ収められている。
音楽ナタリーではfripSideの3人にインタビューを行い、「とある科学の超電磁砲」の主題歌への思い入れやセルフカバー音源、ツインボーカルならではの新曲「PHASE NEXT」について話を聞いた。
取材・文 / 須藤輝
「超電磁砲」とともに歩んできた
──2009年11月にアニメ「とある科学の超電磁砲」の前期オープニングテーマ「only my railgun」が発売されて以降、fripSideは同作の後期オープニングテーマ、アニメ第2期、第3期の前後期オープニングテーマ、さらにOVAとゲーム版のオープニングテーマを手がけていて。「とある科学の超音楽集 -A Certain Scientific Railgun : Music Chronicles-」にはそれらすべての楽曲が収録されているわけですが、ここまで作品とアーティストが噛み合った例は稀だと思います。
八木沼悟志 「とある科学の超電磁砲」と運命的な出会いを果たしてもうすぐ16周年なんですが、主題歌を作り続けることによって、僕のクリエーションも多大な影響を受けてきたんです。この出会いがなければ、今とはちょっと違う音楽を奏でていたかもしれないという気さえするぐらい、自分は「超電磁砲」とともに歩んできたという実感がありますね。
上杉真央 自分がいちファンとしてfripSideの音楽を聴いていたときから「fripSideと言えば『超電磁砲』の主題歌を担当しているユニットだよね」という印象がすごく強くて。fripSideと「超電磁砲」は切っても切れない関係にあると、今でも感じています。
阿部寿世 私と真央ちゃんは、第3期fripSideとしてアニメ「超電磁砲」の楽曲を担当したわけではないんです。でも、南條愛乃さんが歌っていた第2期fripSideの「超電磁砲」楽曲をカバーさせてもらったことで「超電磁砲」とfripSideのつながりをより強く意識するようになりましたし、fripSideにとって「超電磁砲」はかけがえのない作品だと思っています。
──クリエーションへの影響という点に関して言えば、naoさんがボーカリストを務めた第1期fripSideの楽曲は、「only my railgun」以降ほどトランシーではありませんでした。
八木沼 シンプルに言うと、SuperSawの音色をどのように料理して自分たちの音楽に取り込むか、というアプローチを図ったんです。「超電磁砲」というアニメの内容や雰囲気、あるいは主人公の御坂美琴というキャラクターをもっともよく表す音色はなんだろうと考えたとき、SuperSawがばっちりハマるように感じて、その音色をメインに作り上げた曲が「only my railgun」なんですよ。別の言い方をすれば、「only my railgun」でSuperSawのトランシーなリフにボーカルを乗せるという型ができた。なおかつ「超電磁砲」シリーズが続く中でSuperSawは自分のクリエーションに不可欠なものになりましたし、あの音を聴くと「あ、fripSideかな」と思ってもらえるようになったんじゃないか。それは非常に重要なことだと思っていますね。
──逆に、fripSideと「超電磁砲」が結び付けられすぎではないか、などと考えたことはありませんか?
八木沼 「only my railgun」が社会現象になってからしばらくは、その呪縛からどうやって逃れるか、南條さんと2人でもがいた時期もありました。でも、1周回って「それはそれ、これはこれ」と割り切れるようになったというか。10年ぐらいかかりましたけれども。
──けっこうかかりましたね。
八木沼 我々も完全な趣味でやっているわけでない、つまりビジネスという側面も意識せざるを得ないので、毎回数字は気になるんです。例えば「sister's noise」(2013年5月発売)はオリコンのウイークリーランキングで初めて1位になりましたけれども、累計のセールスで見るとやはり「only my railgun」が圧倒的で。でも、別にセールスで上回ることを目的に音楽をやっているわけじゃないし、違った音楽表現もたくさん試みていると俯瞰できるようになって。それからちょっと肩の荷が下りて、クリエーションも自由に、気楽にできるようになりました。
──今回のアルバム、特にインストバージョンが収録されたDISC 3を通して聴くと、「超電磁砲」という枠組みの中で手を替え品を替え、音楽的なトライアルをしていることがうかがえます。
八木沼 毎度同じものを作るんだったら、ずっと「only my railgun」を使っていただければいいのでね。僕らにできうる音楽表現を、最大限にギアを変えて、いろんな形で提供してきたつもりではいます。
よく「fripSideのボーカルやります」と言ってくれた
──DISC 2には、第3期fripSideによる「超電磁砲」楽曲のセルフカバーが収録されています。ただ、先代ボーカリストである南條さんの歌声で広く、長く認知されてきた曲をカバーするというのは……。
上杉 非常に大きなプレッシャーがありましたね。南條さんの真似をするでもなく、かといって自己主張しすぎるのも絶対に違うので、そのへんの塩梅をどう見るか、どうやってツインボーカルとして歌うのが正解なのか……いや、正解はどこにも存在しないのかもしれないんですが、fripSideの音楽の基盤を作っているのはsat(八木沼)さんなので、とにかくsatさんのディレクションに最大限応えていくことで私たちなりの答えが導き出せるんじゃないか。そう思いながら、どの曲もレコーディングしました。
阿部 私も、南條さんが歌われてきた「超電磁砲」の楽曲を歌い継ぐことに対する責任やプレッシャーはあったんですけど、その分、歌に込める思いもとても強くなっていて。言うなれば、リレーのバトンを受け取ったような感覚があったんです。そのうえで、レコーディングではsatさんがfripSideのイメージにぴったり合うように、ほんの少しのズレも修正してくださるので、satさんを信じて、委ねて録っていきました。
──「超電磁砲」楽曲のカバーは、2022年10月にリリースされたセルフカバーアルバム「double Decades」に収録された「LEVEL5-judgelight- -version2022-」と「sister's noise -version2022-」を皮切りに、年に2曲のペースで発表されています。これはまとめて録ったものを小出しにしているのではなく、その都度、段階的にレコーディングしているという理解でよいですか?
八木沼 その通りです。やっぱり楽曲ごとに表現の難易度に差があって、今回新規制作した「way to answer -version2025-」と「eternal reality -version2025-」の2曲は特に難しいので最後まで取っておいたんですよ。今おっしゃった「double Decades」や、同時発売された第3期fripSideとしての1stアルバム「infinite Resonance」を聴くと、2人とも歌の表現力という点に関しては今より拙いんですよね。もちろん最初にカバーしてもらった「LEVEL5-judgelight-」(2010年2月発売)と「sister's noise」が簡単というわけではないですが、2人の成長を加味しながらカバーしてもらう曲を選択しています。
上杉 カバーを重ねるごとに、satさんがどんなディレクションをしてくるのか予測できるようになったというか、自分は何を求められているのかだんだんわかってきて。年々、技術的な面も少しずつ成長していると信じたいんですけど、少なくともsatさんが理想とするfripSideのボーカルとはどういうものなのか、そこに対する理解度は深まっていると思っています。
阿部 2022年に出した最初のアルバムを聴いていると、今とは歌い方も声も違うなと自分でも変化を感じられますね。あとカバーを重ねると同時に、3人でコミュニケーションする時間も積み重なっているので、それも楽曲の理解度に関係しているんでしょうね。
八木沼 第3期fripSideの体制が始まったとき、僕は2人に言ったんですよ。「モノになるまで3年はかかるよ」と。ちょうど去年で3年経っていて、だいたい予想通りの成長曲線になったと思っています。第2期の楽曲を歌い継ぐことに関しては相応のプレッシャーがあったでしょうし、僕からするとよく引き継いでくれたな、よく「fripSideのボーカルやります」と言ってくれたなという感じで。そこに感謝しつつ、今後についても非常に大きな期待が持てています。
相方のよさをより引き出したい
──オリジナルバージョンが収録されたDISC 1と、そのカバーが収録されたDISC 2は、別モノとして楽しめますね。ボーカリストが交代して、しかも2人になっているので印象が変わるのは当然といえば当然ですが。
八木沼 第3期fripSideをツインボーカルにしようと思ったのは、第1期、第2期とは違う、新しいことに挑戦したかったからなんですが、2人の声のマッチングが想像以上によくて。カバー曲であっても「あ、ここは2人だからこその輝きを放っているな」と感じることが往々にしてあるんですよ。もし第3期のボーカリストが1人だったら、こんなにカバーしていなかったかもしれませんね。ツインボーカル体制にして、以前と違うからこそカバーできるという側面はあると思います。
──上杉さんと阿部さんの声質の違いも、楽曲に彩りを加えているように思います。
八木沼 阿部の声は、芯があって遠くまで届く。一方、上杉の声は柔らかくて変幻自在、ビブラートなども非常にきれいなラインを描くんです。お互いに強みが違うし、音域は阿部のほうが高いところまでいけるので、最近はそういう棲み分けもできていて。ライブでもお互いのよさが出る瞬間がたくさんあります。
──上杉さんと阿部さんは、お互いにお互いを生かし合おうといったことは考えたりします?
上杉 たぶん、考えています。私たちはユニゾンで歌うこともありますけど、特にA、Bメロでは2人で交互に歌うことも多くて。そういうパートでは、例えば「きっと寿世はこういう語尾の上げ方をしてくるだろう」と予測したうえで「じゃあ、私はそれをこうやって受け止めてから歌い始めよう」みたいな想像をするんです。レコーディングでもライブでも。それはきっと、相方のよさをより引き出したいという意識がそうさせているんじゃないかと、今言われて思いました。
阿部 そういう予測だけじゃなく、私と真央ちゃんのコミュニケーションも、初期の頃とは比較にならないくらい密なものになっていて。レコーディングを重ねていくにつれて、歌い方の方向性や息の合わせ方を事前に2人で話し合う時間がどんどん増えているんです。その結果、お互いのよさを生かせられるようになったのかなって。
──あくまで上杉さんと阿部さん間のコミュニケーションで、そこに八木沼さんは介在しない?
上杉 まず2人で打ち合わせをして、レコーディングの前に「私たちはこういうふうに思っているんですけど、どうですか?」みたいな形でsatさんと共有する感じですね。
八木沼 実際に歌うのは2人なので、歌に関しては2人で密にやりとりしてもらって、2人が持ってきたものをジャッジするのが僕の役割かなと。もし3人で相談しようとすると、たぶんしっちゃかめっちゃかになるので、今のこの形がいいんでしょうね。ライブにおいても、歌を届ける2人が仲よくコミュニケーションしてくれていて、非常に好ましいです。
──第3期fripSideは、八木沼さん不在のライブも珍しくないですよね。
八木沼 そうなんです。仮に僕がリモートでああだこうだ言っても現場が混乱するだけですし、僕がいないときに2人がどう振る舞うかは、2人に任せていて。たぶん、そのほうが成長も早いと思うんですよ。ステージに立つアーティストは、自分で自分のパフォーマンスを考えられるようにならないとダメなので。
──とはいえ、fripSideの中心人物である八木沼さんがライブに来ないことに対して、不安などはなかったですか?
上杉 不安がなかったと言えば嘘になるんですが、それ以上に、satさんが私たちのことを信じて、ステージを託してくれたという喜びのほうが大きかったです。
阿部 うん。私たち2人に任せてもらえるところまで来られたという、うれしさがありましたね。
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「もう、やっちゃえ!」と思い切って歌ったテイク