「Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅶ」芳賀敬太インタビュー(聞き手:大久保瑠美) (2/2)

大久保瑠美が洗い物をしながら泣いてしまう曲

──「奏章Ⅲ 新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」は人類滅亡の原因を決めるための選挙が行われるという衝撃的なお話ですが、もう死ぬほど泣かせていただきました。このシナリオは奈須先生が担当されましたが、先生からも音楽面のオーダーはあったのでしょうか?

はい。「奏章III」で象徴的だったのは「Waltz Upon The Moon ~ FATAL BATTLE 9 ~」、「終局の宇宙へ ~アンキ・エレシュキガル戦~」、「Under The Earth ~アーキタイプ:アース戦~」ですが、これらの曲はいつもの戦闘曲とはテイストが違う、少し静かなものになっていて、美しさがテーマでした。このあたりは、奈須のイメージが特に強く出ています。ムーン・キャンサー戦の「新霊長継続戦:Moon Rise Obsession」は4つの楽章に分かれていて、楽章ごとに明確なイメージのオーダーをもらっていました。曲が完成してからも、奈須がそれを聴いて「これはここの何秒から流してほしい」など、かなり細かく指定してくれることになりました。奈須の場合、「こういうものがほしい」という参考曲とそれがかかる場面の説明に加えて、「なぜそうしたいのか」「この曲で該当シーンのどういう魅力を表現しなければいけないのか」というところまでを突き詰めた形で発注してくれるので、こちらとしてもすごくわかりやすいですね。

大久保瑠美

大久保瑠美

──「奏章III」のテレビCMテーマソングとなったスパイラル・ラダー「Wonderer (feat. ReoNa)」についてはいかがですか? この曲はまるで人間賛歌といいますか、AIやさまざまな登場人物たちから「いかに人類が愛されているか」ということがテーマになっているように感じました。

そうですね。普段からテーマソングは、該当する章などのストーリー全体の空気感やキャラクターのどこにフォーカスするのかが難しいところですが、この曲は大きく人類の歩みを表現しつつも、よりキャラクターへの距離が近い楽曲になりました。歌詞の中にダイレクトに「岸」「波」「白」「野」というワードがちりばめられていたりもしますしね。

──「奏章III」は岸波白野(「Fate/EXTRA」の主人公)の卒業の物語でもあるということで。「Fate/EXTRA」を知っている人からすれば、そういう意味でも、この曲は大きな意味のある楽曲だと感じました。個人的にはこの曲、歌っているとつい泣いてしまうんです。それはきっと、聴く人を「がんばらないとな」という気持ちにさせてくれるからだと思います。ストーリー内でBBドバイも言っていますが、「人間は間違えるし、それは当たり前のことなんだ。それを乗り越えて前に進むんだ」という、応援歌になっているからなのかな、と。私、涙腺は緩くないほうだと思うんですが、BBドバイや白野たちからの人間への愛情のようなものを感じて……。この曲を聴くと、洗い物をしながらでも泣いてしまいます(笑)。音にするとすべて「なく」と聞こえる歌詞が、漢字にすると「無くして」「失くして」「亡くして」「『泣く』して」とフレーズごとに違っているのも印象的でした。

その、ひとつの音でさまざまな意味を表すリフレインは毛蟹さんの得意とするところですね。あとこの歌、すごく難しいんですよ。ボーカルを担当してくれたReoNaさんもすごくがんばってくださいました。

大久保瑠美

大久保瑠美

──そしてボーカルを抜いたこの曲のBGMバージョンでは、裏で鳴っている音が主旋律になっています。白野戦でかかっていたと思うので、最初は泣きながらプレイしていてそれに気付きませんでしたが、今回サウンドトラックとして聴いてとても驚きました。

この曲は僕も毛蟹さんも最終的に使うかどうかわからないフレーズをたくさん作ったりとアレンジ面でも時間をかけた曲だったので、「そういったことができるんじゃないか」と思ってあらかじめ準備していました。ほとんどはテーマソングそのままですが、歌との兼ね合いで変更したフレーズを元に戻したり、ミックスバランスを変更して裏側で鳴っていた音が表に出てきたりしています。

「終わってるな……」「人類ヤバいんじゃないか」

──「奏章III」の最後のマップテーマ「新霊長後継戦:アーキタイプ・インセプション III」についても聞かせてください。この曲は、負けるつもりはないけれども、一方で「勝つぞ。オー!」という雰囲気でもないというか。アーキタイプのことや、ムーンキャンサーとはなんなのかがわかってきた中での最終決戦に向けてのマップテーマとして、焦らされるような、ドキドキさせられるような、「イド」とはまた違った不安感を覚えました。

この曲はけっこうあとになって、奈須の方から追加発注が来て作った曲です。この曲が流れるところって、もう「終わってるな……」という場面じゃないですか。

「Fate/Grand Order」奏章III第20節ムーン・キャンサー戦より。

「Fate/Grand Order」奏章III第20節ムーン・キャンサー戦より。

──まさに、「人類ヤバいんじゃないか」と。

はい。そこで、わけがわからなくなっているような気持ち悪さをダイレクトに表現するために、奈須から「曲自体のテンポをだんだん変える」というアイデアが出てきました。その結果、「一番遅いテンポがどれくらいで、一番速いところはどれくらいがいいか」というところまで逐一確認を取りながら、1曲の中でテンポを変えています。段階的に変わっていくのか、不規則に変わっていくのかなどいろいろな方法を試しました。

──細かい工夫で不安感や絶望感をうまく表現されていたんですね。奏章以外の、イベントにまつわる楽曲についても2つ聞かせてください。まずは私の最推しの1人でもある、シャルルマーニュが出てくるイベント「シャルルマーニュのモンジョワ・騎士道!」の曲について(笑)。この曲、「モンジョワ・騎士道!」というイベントタイトルにもすごく合っていて、推しているサーヴァントがメインのイベントの曲として、とてもうれしかったです。

軸は「中世っぽい曲」という形で制作していきましたが、ほかにないタイプの曲だったこともあり、けっこう考えた部分もありました。できあがった劇を見ながら完成させた曲ですね。

シャルルマーニュ「ディスガイズ・コスチューム」

シャルルマーニュ「ディスガイズ・コスチューム」

──ブラダマンテがロジェロと再会できたんじゃないか……というところにつながっているのもとてもよかったです。あと、「魔法使いの夜 × Fate/Grand Order コラボレーションイベント」で流れた「まほよ」(「魔法使いの夜」)の主題歌のBGMアレンジ「星が瞬くこんな夜に ~シャイニースター戦~」も、とても盛り上がりましたよね。

普段「FGO」でほかの作品が原作になっている曲のアレンジを作るときには「『FGO』っぽくする」ことを考えるんですが、ここでは「極力もとのテイストはそのままに、まほよの新曲として」というニュアンスで考えました。これはほかのBGMについても同様でした。

「FGO」は生活の一部

──さて、「FGO」は今年で10周年を迎えます。今のお気持ちはいかがですか?

体感ではまだ2、3年という感覚なので、実は10年経つというのは本当に実感がないんです。「FGO」は運営型のタイトルなので、途中で続けられなくなる可能性もありました。ですから、続けられる限りは、ひとつひとつやりたいこと、やるべきことを積み上げていこうという感覚で。そんな作品が、もうすぐ第2部が完結するというところまで来ていることはすごくありがたいですし、うれしいことだな、と思います。僕の場合、1日の大半は「FGO」にまつわる何かしらの作業をしているので、「FGO」はもう、自分の暮らしの一部になっていますね。

──それを10年間ずっと続けてこられたと考えると、本当にたくさんの時間を費やしてきたわけですね。

そうですね。大久保さんは10周年を迎えたことについてどう感じていますか?

──今お話を聞いていて思ったんですが、私にとっても、「FGO」は生活の一部になっているんだな、と感じます。もともと私、スマホゲームはあまりやるタイプではなかったんですが、声優として声を担当させていただいたエリザベート・バートリーが初期実装になって、好きなシリーズのゲームということもあって、「せっかくだからやってみよう」と始めたのが最初のきっかけでした。そこからキャラがどんどん増えていって、いろんな声を担当させていただいたり、ときにはエリザベート・バートリーのすごく素敵な曲を歌わせていただいたり。10年の間にいろいろなことがありましたけど、私もその間、「FGO」には毎日のようにログインしていて。それが10年続くって改めてすごいことだなと思います。私が最初に「EXTRA」で「Fate」シリーズにかかわらせていただいてからもう10年以上になりますけど、このシリーズに関われたことが、自分の声優人生の中でも大きな意味を占めているので、今回のサウンドトラックを聴いていても、「このときこうだったな」とか「うわー!」「ハーッ!」とか、いろいろな場面や感情が思い返されます。10周年を迎えてもまだまだ伸びしろしかないと思っているので、第2部終章が終わったあとにどうなるのかはもちろんわかりませんが、私としてはまだまだ課金したり、楽しんだりしていきたいと思っています。「今日だけは家賃を超えてもかまわない」って、また言えたらいいなと思うので(笑)。そんなふうに、この先10年、20年とお付き合いできればいいなと。本日はありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

大久保瑠美

大久保瑠美

プロフィール

芳賀敬太(ハガケイタ)

サウンドクリエイター。TYPE-MOON創設者の1人で「Fate/stay night」をはじめとした「Fate」シリーズの音楽や、「月姫」「魔法使いの夜」といった同社の音楽制作にも携わっている。スマートフォン向けRPG「Fate/Grand Order」では、メインコンポーザーとして数多くのゲーム音楽を手がけている。

大久保瑠美(オオクボルミ)

9月27日生まれ、埼玉県出身。主な出演作に「スイートプリキュア♪」(調辺アコ / キュアミューズ役)、「プリティーリズム・ディアマイフューチャー」(上葉みあ役)、「ゆゆ式」(野々原ゆずこ役)、「神田川JET GIRLS」(パン・ツウィ役)、「【推しの子】」(MEMちょ)など。スマートフォン向けゲーム「Fate/Grand Order」シリーズでは、エリザベート・バートリーやアストルフォなどさまざまなキャラクターの声を担当している。