ナタリー PowerPush - eastern youth

ゼロ番地を守るために歌う

生きていれば、地球の裏側までつながれる

吉野寿(Vo, G)

──リード曲となった「呼んでいるのは誰なんだ」を聴いて最初に思い出したのは、松尾芭蕉の俳句なんです。「川上とこの川しもや月の友」という句で、どこにいてもこの月を見てる人は同じ友達だ、という内容で。

うん、まさにそういう曲ですね。今の時代、「ゼロ番地」から一歩踏み出すことができないまま、分断されてひとりっきりで生きている人がたくさんいると思うんです。オンラインでいろんな人とつながったりしても、実際にはつながったわけじゃないし。そんなことを考えていたときふと空を見たら、そういう孤立した点みたいな人ともこの空みたいなものでつながってんじゃねえかなって思ったんです。

──「どこまでも空は広がっている」という歌詞にはそんな思いが込められているのですね。

「おーい、聞こえるか?」ってことなんですよ。ゼロ番地からゼロ番地に向かって。空を見上げれば、地球の裏っ側までもつながれるんじゃねえかなって思うんですよね。

──とても優しい歌ですね。

でも、歌詞にあるように「悲しみを乗せた雲が流れていく」んです。ゼロ番地から見る雲は悲しいんですよ。悲しくて、流れていくだけなんですよね、ばーっと。それをみんな見てるわけですよ。ゼロ番地のやつらは。これはそういう歌です。

発狂寸前まで追い詰められているのに、パッと見はナチュラル

──アルバムでは「呼んでいるのは誰なんだ」の前に、「空に三日月 帰り道」という非常に冷徹な視点を持った曲が収められてますね。この曲順にはどんな意図があるのですか?

この曲の歌詞にはなんの含みもないというか。「呼んでいるのは誰なんだ」の前に、俺がこの眼鏡の内側から見た世界と、自分の内面みたいものを出しておきたかったんですよ。

──この曲では、社会に浸食された個、個を浸食した社会というものが、描かれています。

吉野寿(Vo, G)

どんどん少しずつ狂っていって、どんどん少しずつ壊れていって、どんどん少しずつ疎外されていって、どんどん少しずつ小さくなって、最後は消えてしまう。だけど、世の中にとっては葉っぱ1枚動かないというか。そういう状態を歌った曲ですね。

──この曲の「ナチュラルな立ち姿」という歌詞は、今までのeastern youthでは使われなかった言葉ですね。

そういう世界で生きてると、絶望感はどんどん深くなっていって。でも、パッと見はナチュラルなんですよね、常に穏やか。でも本当は発狂寸前くらいまで追い詰められていて。そんな状態なのに立ち姿がナチュラルっていうのは、本当は重篤な症状だと思うんです。この曲ではそうならざるを得ない、肉体的にも精神的にも脆弱な1人の人間がポツンと立ってるっていう場面を描きたかったんです。

──そして「呼んでいるのは誰なんだ」へつながっていく。

そう。ナチュラルに狂っていって、弱々しくも一生懸命立っているんだ、っていう曲をまず置いて、そこから空を見ればつながれるんだ、って流れで組み立てたかったんです。「つながってんのかなー?」って迷いながらも立ってる姿というかさ。

ゼロ番地が叙景できてない

──昨今世の中を見回すと、フラストレーションがあふれています。ともすれば、eastern youthの音楽はそうした怒りのはけ口のように聴かれることもあると思いますが、そのことについてはどう思われますか?

迷惑ですね。「俺たちのフラストレーションを代弁してくれてるんだー」「もっと俺らの怒りに見合った歌を歌ってくれー!」って言われても、それは知らん、という感じ。そういう怒りの旗印だったり、スローガン的なものになっていくのは個人的には嫌ですね。俺は誰かのフラストレーションを解消するために歌ってるんじゃないし。俺がそういう人たちの要求に見合う歌を歌わないことで、作品が売れなくなって俺自身が追い込まれる状況になっても、それは覚悟の上っていうか。個人的には、どうとでも捉えることのできる歌が一番いいと思っています。

──本作の歌詞もそういう書き方をされてますね。

吉野寿(Vo, G)

そうですね。もちろんコンセプトもストーリーも考えて作ってるけど、いろんな角度から読めるような歌詞になるようには書いたつもりです。一方的に「こうですよ!」って押し付けるようなものからは、もう一歩進めたいですよね。俺が好きな本や詩も、核心の部分をドンッって提示しているものより、いろんな角度を持っているもののほうが多いですし。その意味でいうと、言葉はシンプルであればあるほど、いろんな角度が発生するんじゃないのかなあと思っていますけどね。

──作詞はかなり苦労されたんじゃないですか?

もうめっちゃめちゃに書き直しましたね(笑)。何度も何度も。

──具体的にどの曲が?

いや全部(笑)。例えば、1曲目もこんな歌詞じゃなかったですもん。全然違った。書いては捨て、書いては捨て。「ハマらんなあ」「そういうことじゃねえんだよなあ」の繰り返し。

──それはどういうことですか?

ゼロ番地を叙景できてないんですよ。どうしても「俺の正義」みたいなものが出てきてしまう。

──吉野さんの意見が出てきてしまう、と。

そうですね。俺だっていろいろ言ってても、基本は「俺が俺が」ですから(笑)。だから、そういう思考になったときに、「お前のことは聞いてない」って自我を向こう側に押しやるんです。自分でも「なんでできねえんだろ」ってくらいでした。

ニューアルバム「叙景ゼロ番地」 / 2012年9月19日発売 / 3000円 / VAP / VPCC-81744

収録曲
  1. グッドバイ
  2. 目眩の街
  3. 空に三日月 帰り道
  4. 呼んでいるのは誰なんだ?
  5. ひなげしが咲いている
  6. 残像都市と私
  7. 長い登り坂
  8. 地図の無い旅
  9. 驢馬の素描
  10. ゼロから全てが始まる
eastern youth(いーすたんゆーす)

1988年に札幌で結成されたロックバンド。メンバーは吉野寿(Vo, G)、二宮友和(B)、田森篤哉(Dr)の3人で、結成当初はオイパンクであったが徐々に音楽性をエモーショナルハードコアへシフトしていった。1997年にシングル「青すぎる空」でメジャーデビューし、同曲を収録した「旅路ニ季節ガ燃エ落チル」は大きな話題となる。その後も順調に活動を続け、2008年にはトイズファクトリーとキングレコード在籍時代のベスト盤「1996-2001」「2001-2006」を同時リリースした。しかし、2009年に吉野が心筋梗塞に倒れ、翌2010年3月まで活動を休止。復帰作として2011年5月にアルバム「心ノ底ニ灯火トモセ」を発表した。2010年ドキュメントDVD「ドッコイ生キテル街ノ中」を発売、劇場公開もされ話題に。2012年9月に通算15枚目となるフルアルバム「叙景ゼロ番地」をリリース。