ナタリー PowerPush - eastern youth

ゼロ番地を守るために歌う

勝負はいつでもこれからなんです

──アルバム後半の「長い上り坂」から3曲は、最後の「ゼロから全てが始まる」へ向かって怒濤の展開をしていきます。

最初に言ったけど、このアルバムは喪失から足を一歩前に出すまでの話なんですね。この「長い上り坂」って曲は「さあ、どうする?」っていう岐路にいる状態なんです。

──岐路?

そうですね。アルバムのここまでの曲では、世界は自分の知らないところでぐるぐるぐるぐる勝手に回ってて、取り残されるような状態を歌ってきてるわけです。でもここまで来ると、途方に暮れながらも「しょうがねえな」って感じなんです。どん底にいた人間が、ちょっとずつ前へ進むほうへ気持ちをシフトしていくっていうか。

──目の前にあるのは長い長い上り坂だけれど。

「しょうがねえなあ、行くか」って感じですよね(笑)。

──生きてるんだし、と。

止まったっきりじゃどうにもなんないからさ。このままここで死ぬのが嫌なら、ちょっとずつでも行くしかねえだろって。そういうとこから少しずつ進んでいくっていう。

吉野寿(Vo, G)

──3曲の中で「驢馬の素描」はちょっとテイストが違う気がするのですが。

「驢馬の素描」は少しずつ次につながるイメージの曲にしたかったんです。この曲では自画像を書く男のことを歌っています。要するに自画像ってものは、自分と対峙することで表れるものですよね。でもその描いた自画像が歪んでいるように見えて、何度も何度も描くんです。そうやって理想を求めて書き直す行為で、少しずつ次へ向かう感じを出せたならなあ、と。

──そして「ゼロから全てが始まる」でようやく一歩を踏み出し始めます。

もうね、「よっしゃー、ばっちこーい!」って感じなんですよ(笑)。ようやく夜が明けてきた、勝負はここからってところでお話を終わりたくて。

──先程吉野さんがおっしゃった、ありのままを刻み込んだかのような曲ですね。

うん。だって俺にはなんにもねえからさ。いい歳こいて学歴はねえ、なんのスキルもねえ、金もねえ。でも、何もなくても俺にはゼロがある。「ゼロ番地」があるじゃねえかって思ったんです。生きてるって実感さえ持っていれば、「ゼロ番地」をしっかり保っておけば、勝負はいつでもこれからなんですよ。

昔はゼロ番地の向こう側は全員敵だと思ってた

──では最後の質問です。吉野さんは初期のeastern youthと現在のeastern youthではどのようなところが変わったと思いますか?

根本的な部分は変わってないと思いますけど、表現のアプローチは少しずつ変わってきてるような気はしますね。昔は「ゼロ番地」の向こう側にいるのは全員敵だと思ってましたから(笑)。常に警戒警報発令中ですよ。周りのもの全てに対して「誰だ、お前? やんのか?」っていう。味方はいないと思ってたし、目が合えば相手が殴りかかってくるとすら思ってた(笑)。

──まさに「孤立無援の花」ですね(笑)。

だから曲に関しても「わかってたまるか」と思ってたし、「お前らに理解されちゃおしまいなんだよ」とすら思ってました。何を言われようとどんなに殴られようと、「俺は負けねえぞ」と。そういう気持ちは今でもありますけど、やっぱ長くやってるといろんな人と関わるし、やりとりもしますよね。その中で軋轢が生まれたこともあったけど、それを少しずつ自分の肉とか血の中に取り込むことができてきてるというか。それが関わりということだと思うんですけど。人間の温度感を血肉化できたというか。そういうものが体の中にあると、当然表現の仕方は少しずつ変わってきてますよね。

──でも、その過程で失ったものもあるかもしれません。

確かにそうですね。でもそれは俺にとって失ってもいいものだったんだと思っています。全く後悔はしてませんよ。

吉野寿(Vo, G)

ニューアルバム「叙景ゼロ番地」 / 2012年9月19日発売 / 3000円 / VAP / VPCC-81744

収録曲
  1. グッドバイ
  2. 目眩の街
  3. 空に三日月 帰り道
  4. 呼んでいるのは誰なんだ?
  5. ひなげしが咲いている
  6. 残像都市と私
  7. 長い登り坂
  8. 地図の無い旅
  9. 驢馬の素描
  10. ゼロから全てが始まる
eastern youth(いーすたんゆーす)

1988年に札幌で結成されたロックバンド。メンバーは吉野寿(Vo, G)、二宮友和(B)、田森篤哉(Dr)の3人で、結成当初はオイパンクであったが徐々に音楽性をエモーショナルハードコアへシフトしていった。1997年にシングル「青すぎる空」でメジャーデビューし、同曲を収録した「旅路ニ季節ガ燃エ落チル」は大きな話題となる。その後も順調に活動を続け、2008年にはトイズファクトリーとキングレコード在籍時代のベスト盤「1996-2001」「2001-2006」を同時リリースした。しかし、2009年に吉野が心筋梗塞に倒れ、翌2010年3月まで活動を休止。復帰作として2011年5月にアルバム「心ノ底ニ灯火トモセ」を発表した。2010年ドキュメントDVD「ドッコイ生キテル街ノ中」を発売、劇場公開もされ話題に。2012年9月に通算15枚目となるフルアルバム「叙景ゼロ番地」をリリース。