ドレスコーズの志磨遼平は2024年9月、初の自叙伝「ぼくだけはブルー」を上梓。自身の生い立ちから2014年のドレスコーズのソロ体制化までを赤裸々に振り返り、同年11月に行われたワンマンツアー「the dresscodes TOUR 2024 "Honeymoon"」では著書で触れた時代の楽曲をたっぷりと披露した。しかし志磨は「ぼくだけはブルー」発表後、自分の過去に執着することに危機感を抱いていた。その状況を打破するため、「完璧なデビューアルバム」の制作を開始。今年5月に“ロックンロール”をテーマにしたアルバム「†」を完成させた。
音楽ナタリーでは「†」の発売を記念し、志磨が近年特に“ロックンロール”を感じると語る粗品との対談をセッティング。じっくり話すのは初めてという2人に“ロックンロール”とは何か、そしてお互いから感じる“ロックンロール”らしさについて語り合ってもらった。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / YOSHIHITO KOBA
ヘアメイク(志磨遼平) / Noriko Okamotoヘアメイク(粗品) / タカハシダイスケ、mayu
スタイリング(志磨遼平) / Koji Taura
この優しいお人柄が、どうやってあの音楽につながっているんだ?
志磨遼平(ドレスコーズ) 先日の「あのちゃんの電電電波♪」の収録現場ではお世話になりました(※取材は5月中旬に実施)。そのときはお伝えできなかったんですけど、実は僕、粗品さんのファンでして。
粗品 えっ、マジですか? ありがとうございます! 志磨さんのことは以前からめっちゃ興味があったんですけど、初めて会ったとき「めっちゃいい人やな!」「このお人柄がどうやってあの音楽につながっているんだ?」って驚いたんです。ドレスコーズはもともとバンドとして始動したけど、途中から志磨さん1人体制になりましたよね? だから「やばい人なんかな?」と思っていて。
志磨 人格が破綻してるんじゃないかと。
粗品 他人に強く言いすぎたりとか、こだわりがえぐかったりね。でも話してみたら、想像していた印象からかけ離れているほど優しかった。だからまだ、僕の中では謎めいているんです。
志磨 「こだわりがえぐい」はその通りです。でも他人には強く言えないので、当初のメンバーにもずいぶん気を使わせてしまいました。創作やパフォーマンスのためにはそんなこと言ってられないんですけど、人間関係にばかり悩んでヘトヘトになってしまって。だから1人の道を選びました。小さい頃から人付き合いが下手なんです。
粗品 「電電電波♪」の収録中にも、そういうお話しをしていましたよね。
志磨 でしたね。あのちゃんに「人付き合いが苦手だ」「人に対して怒れない」と相談して、2人から怒り方を教えてもらったり。
「ボニクラ」MVと一人二役「ANN」の衝撃
粗品 志磨さんのことは2010年に知ったんですけど、当時僕は高校3年生だったんです。小学生時代にピアノを習って、中学時代にギターを弾き始めたので、高3の頃には正直「新しいインプットはもういらんか」みたいに考えてて。
志磨 もうアウトプットの準備が始まっていたんですね。
粗品 ええ。THE BLUE HEARTSにマキシマム ザ ホルモン、それからアニソンもそうだし、ニコニコ動画も好きやったからボーカロイド楽曲もよく聴いてて、そのあたりで僕の音楽の好みは固まっていたんですよ。だから新しいジャンルに踏み込むハードルが高くなっていました。でも唯一、現役のバンドで0.8秒と衝撃。には興味を持つことができて。
志磨 おお! ドレスコーズの有島コレスケくんも在籍していたバンドです。
粗品 サウンドが新しかったし、「全部は理解できへんけど、この人らのやりたいことは面白そうやな」と思って聴き出したんですよ。そうしたら同時期、テレビで毛皮のマリーズの「ボニーとクライドは今夜も夢中」のミュージックビデオが流れてきて。あれはびっくりした。
志磨 うれしい。メジャーデビューしたばかりの頃のMVですね。
粗品 あのMV、思わず手を止めて見入っちゃったんです。志磨さんがド派手な衣装で出てきた瞬間に心をつかまれて。かと思えばドラムの方(富士山富士夫)が上裸で大げさに腕と首を振ってて、「なんやこれ!?」って衝撃的でした。グラムロック調の曲もめっちゃカッコいいし、ひさしぶりに音楽でドキドキしたんですよね。でも、ほどなくして毛皮のマリーズは解散して。僕も20歳を超えたあとはあんまり熱心に音楽を聴かなくなっていたんですが、あるとき「GANTZ」のパチンコをやってたんですよ。そうしたら大当たり中、聞き覚えのある声で「たとえばの話 たとえば たとえば」という歌が聴こえてきて。
志磨 そうか、粗品さんといえばギャンブルか! 映画「GANTZ:O」の主題歌「人間ビデオ」ですね。
粗品 「めっちゃ確変中にぴったりな曲やな」と思いながら聴いてました(笑)。あとで「なんか聴いたことあるな」と思って調べてみたら「毛皮のマリーズの人やん!」ってびっくりしたんです。そんな経緯でドレスコーズを知りました。
志磨 僕は粗品さんが「R-1ぐらんぷり」と「M-1グランプリ」の二冠を達成した頃にお名前を知ったのですが、あまりテレビを観ないので、漫才やネタを観たのはずっとあとで。粗品さんのすごさを初めて知ったのは2023年の「霜降り明星のオールナイトニッポン」なんですけど、せいやさんが急遽お休みということで、粗品さんが一人二役で2時間生放送をやりきった回がありましたよね? のちにギャラクシー賞を獲った回。
粗品 あー! ありました!
志磨 「これはいったい何が起きてるんだろう?」って頭がパニックになるぐらいすごくて。アイデアはもちろん、ボケとツッコミの間とかも信じられないぐらい精密で、もはやレコーディング芸術としてひたすら感動したんです。
粗品 ほんまですか? うれしい。
志磨 しかも、あとから解説やネタバラシをするでもなく、次の週にはしれっといつも通りの放送に戻ってて。「なんて美学が徹底した方なんだろう」って、一瞬でファンになりました。粗品さんの新曲も出るたびに聴いています。「希う」もよかったです、声とメロディがとっても素敵で。
僕の仕事はロックンロールという伝統芸能を継承すること
粗品 アルバム「†」、聴かせていただいたんですが、もう質問したいことがいっぱいあって。“ロックンロール”というテーマ、すごくよかったです。
志磨 ありがとうございます。僕は去年自叙伝(「ぼくだけはブルー」)を出したんですけど、そこで昔の話ばっかり書いてるうちに「このまま過去の自分にしがみついて歳をとっていくんじゃないか?」って怖くなってきて。この本がまとまったらもう過去のことはすべて忘れて、また一から始めようって決めまして。だから「†」はデビューアルバムのつもりなんです。粗品さんが初めて僕を知っていただいた頃、メジャーデビューしたばかりの毛皮のマリーズの頃にすごく近い気分なんです。
粗品 なるほど!
志磨 仮に僕が今からデビューするとしても、やっぱり過去と同じようにロックンロールを選ぶと思います。それは僕がもっとも得意とする音楽だからです。これが「†」のテーマが“ロックンロール”になった理由です。
粗品 確かに、このアルバムを聴いたときの第一印象って「俺の知ってる志磨遼平やん!」だったんですよ。ある種、原点回帰みたいな感じやったんでしょうか?
志磨 このニュアンスをうまく説明するのは難しいんですけど、原点回帰というよりは、今までのことをすべて忘れてもやっぱり同じ道をたどるだろう、という感覚でしょうか。
粗品 そうやったんですね。志磨さんはロックンローラーとして、やっぱり界隈における影響力は大きいですし、言うなれば象徴やと思うんです。このアルバムではロックンローラーの象徴として、しっかりと鎮座していたのがうれしかった。そして志磨さん流のロックンロールへの向き合い方、解釈が全曲に表れているのが素敵でしたね。
志磨 そんなことを言っていただけて、恐縮です。ちなみに僕は古いロックンロールばっかり集めて聴いてるんですけど、粗品さんは古い音楽もお好きですか?
粗品 古いロックンロールはあんまり知らなくて、特に海外の楽曲は弱いんです。でも僕と同世代の人は、ロックンロールが好きでもわざわざ原点までたどらず、最近のバンドの曲で済ませる方がほとんどやと思いますよ。だから例えば「ロックンロール・ベイビーナウ」のように、この曲は歌詞にそれこそレジェンドの名前が登場したりもしますが、こういう曲で「古いロックンロール」の空気感に触れるパターンも多いかもしれないです。
志磨 うんうん、なるほど。
粗品 マリーズの曲を聴いたときも同じことを考えたんですけど、志磨さんのようにロックンロールを伝える人がいなかったら、原点まで知ることができなかった人がたくさんいたと思うんです。歴代の名曲をリスペクトして、フレーズを引用したり、歌詞で触れたりすることで、若い世代がロックンロールを知るきっかけになる。お笑いでも、上の世代の芸人から免許の話や風俗に行った話を聞くことで、自分が経験できへんような世界を少し知ることができて、貴重やったんです。
志磨 それは古典落語なんかにも近いかもしれませんね。お笑いに例えるなら、自分たちでどんどんネタを書くコンビではなく、1人で芸を磨く落語家さんに僕は近いのかもしれない。ずっと引き継がれてきた噺に自分なりの解釈を加えてお披露目して、それを見た誰かがまた継承してくれる。それが僕の仕事かもしれません。「新しいものを作りたい」というよりは、「古いものを受け継ぎたい」という気持ちのほうが強いんです。
粗品驚愕、さりげないけどとんでもない「やくたたず」のギターソロ
粗品 志磨さんが書く歌詞って、漢字が少ないですよね。今回のアルバムだと愛と世界のことを歌った「うつくしさ」が特に印象的だったんですが、この意図をぜひ聞いてみたくて。
志磨 最近は特にそうなんですけど、基本的に小難しい言い回しは避けるようにしています。例えば「うつくしさ」はまさに愛とか世界について歌っていて、それは誰も答えが出せないような難しいテーマです。だからこそ平易な言葉遣いで、子供に言い聞かせるようなつもりで書きました。
粗品 「うつくしさ」はほんまに優しさにあふれていたし、「やくたたず」もミスタードーナツのCMソングみたいな雰囲気やったし、「志磨さん、優しすぎへん?」って思ったんですよ(笑)。
志磨 いやいやいや(笑)。
粗品 「やくたたず」の終盤にギターソロがありますよね? あそこ、ものすごい高い音を使っててびっくりしたんです。これって一番高いフレットで出している音ですよね?
志磨 うわっ、おっしゃるとおりです。ギターで出せる最も高い音、最後のフレットのチョーキング音ですね。
粗品 あの弾き方、なかなかできることじゃないですよ。ギターの種類によっては出えへん音やし、そもそも高音すぎて「耳が痛い」と思われかねない音程なんですよね。これを音楽として聴かせられるよう、できるだけクリーンな音にしていて、めっちゃうまかった。最初は全然違和感がなくて、何度かじっくり聴いて「いやここ高すぎやろ!」って気付いたんです。それほどまでに自然でした。
志磨 そこに言及してくださったのは粗品さんが初めてです。このソロパートはギタリストの田代(祐也)くんによるものなんですけど、粗品さんが子供の頃から親しまれてきたバッハとかのクラシック音楽的なアプローチですよね。一聴しただけだとアバンギャルドに聞こえますけど、すべて考え抜かれていて、理論的な裏打ちがあるみたいです。
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粗品さんには色気があるんです