クリープハイプの新たなサマーチューン「青梅」をレビュー|青から赤へ、熟していく恋の行方は

クリープハイプが新たなサマーチューン「青梅」を配信リリースした。

「青梅」は小関裕太と横田真悠が出演する恋活・婚活マッチングアプリ「Pairs」のWeb CMソング。小関と横田が演じるカップルのささやかな幸せを彩っている。本特集ではインディーズ時代からクリープハイプをよく知るライター・天野史彬が「青梅」をレビュー。「ラブホテル」「リバーシブルー」といったこれまでのサマーチューンと対比しながら、「青梅」の魅力を深掘りする。

文 / 天野史彬

「おうめ」ではなく「あおうめ」

外を歩くと汗ばむような日が増えてきた。きっとこの記事が公開されている頃には、くよくよとした雨に閉じ込められるような梅雨が、すでにやってきているのだろう。私は暑いのは大嫌いだが、「じめっ」とか「じとっ」が肌にまとわりつく梅雨のことを思うと憂鬱になるし、それなら、カラッと乾いた夏のほうが、まだいい。早く夏にならないかなあ。暑いのはイヤだけど……なんてことを思いながら、クリープハイプの新曲「青梅」を聴いている。ちょっと爽快な気分になる。「青梅」は、疾走感がありつつ、風通しのいい、そしてどこか幻想的な、クリープハイプの新たなサマーソングである。

「青梅」は、マッチングアプリ「Pairs」のWeb CM「本命ならペアーズ」のために書き下ろされた楽曲。YouTubeで公開されているCMのフルバージョンを観ると、小関裕太と横田真悠の2人が演じるカップルの幸福な日常に重なるようにして、その鮮やかなサウンドが聞こえてくる。曲名の読み方は、「おうめ」ではなく「あおうめ」。ジャケットにある気球の風船は熟した赤い梅のように見えるが、タイトルに冠されているのは未熟な青い梅のほうである。ちなみに、この「青梅」は5月31日に配信リリースされたが、果物の青梅の収穫期は6月上旬~中旬らしい。タイミングもバッチリ合っている。

ファニーなリフと重たいビートが、見た目は凸凹なのに息ぴったりの漫才コンビのように登場する、何かが始まりそうな予感にそわそわさせられるイントロから、幸福感あふれるサビへと一気に流れ込む。そんな冒頭の展開からしてクリープハイプらしさ全開のキャッチーな曲調。だが、シンプルなギターバンドサウンドによってのみ成り立っているのではなく、打ち込みも取り入れた緻密かつ立体的な意匠で構築されており、聴き込めば聴き込むほどに耳が喜ぶ1曲である。

歌詞には、梅が青から赤へと熟すように変化していく、恋に落ちた者たちの姿が描かれている。「恋は幻 青いうめぼし ひとりで酸っぱい顔してた 夏をもとめて」と歌われる冒頭のサビ。「恋は幻 赤いうめぼし ふたりで酸っぱい顔してる もう夏をとめて」と歌われる中盤のサビ。そして「恋は幻 赤いうめぼし ふたりで酸っぱい顔してる この夏をとめて」と歌われるラストのサビ。こうしてサビの結びの歌詞を見るだけでも、繊細な言葉の違いによって、少しずつ、でも確実に、流れる時の中で変化していく思いや関係に気付くことができる。そうした変化の中でも一貫しているのは、「恋は幻」というフレーズ。「恋は幻」と言い切るその認識が、この「青梅」という1曲に刹那的な儚さと、捉えどころのない幻想性、そして、それゆえの美しさを与えている。

クリープハイプが描く夏は切なくて残酷

思えば、これまでもクリープハイプは、“夏”というモチーフを通して熱狂や興奮や楽しさだけでなく、過ぎゆく時の切なさや残酷さ、アスファルトの上に立ち昇る陽炎のように揺らめく、人の不安定な感情や姿を描いてきたバンドである。例えば、「夏のせい」というフレーズのリフレインが印象的な「ラブホテル」(2013年発売「吹き零れる程のI、哀、愛」収録)から浮かび上がったのは、うだるような暑さの中で落ちていく恋の高揚……などではなく、傷付け合うことと温め合うことが混線した人間の、寂しさや哀しさだった。あるいは「一瞬で終わる夏 汗が乾いて忘れる」と歌った「エロ」(2014年発売「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」収録)でも、“夏”というモチーフは、むなしさと尊さが混ざり合う刹那的なものの象徴として表れていた。そして、「リバーシブルー」(2016年発売「世界観」収録)のミュージックビデオでは、冒頭、“葬式帰りの男”を演じる尾崎世界観(Vo, G)が、「夏が嫌いです。夏にいなくなる女はもっと嫌いです」と言ってのける。極めて不機嫌そうに。

各地の夏フェスの常連バンドでありながらも、なんだか夏のさわやかさが似合わず、フェスの一体感の中でも、どこか居心地悪そうで……。「この季節になるとなぜかいつも無性に聴きたくなるバンド 全然さわやかじゃないけど」(「四季」)という感じで照り付ける夏の太陽の下にたたずんできたクリープハイプというバンドにとって、夏の陽光が照らし出すものは決して甘く弾けるような恋模様などではなく、どうしようもなく愚かしい人間の、どうしようもなくかけがえのない“今”という瞬間であり続けたのかもしれない。そんなことを考えながら新曲「青梅」を聴き返すと、「ラブホテル」などに比べれば非常に幸せそうな曲に聞こえるが、どうだろうか。「この夏をとめて」──そんな一見して永遠への祈りの奥には、夏の至高の幸福とともに、“終わり”の予感が常に存在しているようにも思える。

何にせよ、これから待ち受ける今年の梅雨も、夏も、クリープハイプの曲をよく聴くだろう。彼らの曲を聴くと少し、涼しくなるのである。

ライブ情報

クリープハイプの日 2023 愛知

2023年9月8日(金)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール


太客倶楽部10周年記念ツアー「ふとした」

  • 2023年10月7日(土)愛知県 Zepp Nagoya
  • 2023年10月9日(月・祝)大阪府 Zepp Osaka Bayside
  • 2023年10月12日(木)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2023年10月15日(日)東京都 東京ガーデンシアター
  • 2023年10月18日(水)東京都 Zepp Haneda(TOKYO)
  • 2023年10月21日(土)福岡県 Zepp Fukuoka
  • 2023年10月22日(日)広島県 BLUE LIVE HIROSHIMA
  • 2023年10月25日(水)大阪府 なんばHatch
  • 2023年10月28日(土)宮城県 SENDAI GIGS
  • 2023年11月3日(金・祝)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2023年11月4日(土)北海道 札幌PENNY LANE24

プロフィール

クリープハイプ

尾崎世界観(Vo, G)、長谷川カオナシ(B)、小川幸慈(G)、小泉拓(Dr)からなる4人組バンド。2001年に結成し、2009年に現メンバーで活動を開始する。2012年4月に1stアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」でメジャーデビュー。2021年12月に3年3カ月ぶりのフルアルバム「夜にしがみついて、朝で溶かして」をリリースした。メジャーデビュー10周年記念日である2022年4月18日に「ex ダーリン」のバンドバージョンと「ex ダーリン 弾き語り」を配信し、クリープハイプの歌詞集「私語と」を発売。2023年5月に「青梅」を配信リリースした。9月に愛知・名古屋国際会議場センチュリーホールでライブ「クリープハイプの日 2023 愛知」、10月から11月にかけてはファンクラブ限定ツアー「太客倶楽部10周年記念ツアー『ふとした』」を行う。尾崎は作家としての才能も発揮し、2021年1月に単行本が発売された小説「母影」は「第164回芥川賞」の候補作となった。