「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー監督が、名作ミュージカルを初めて実写映画化した「キャッツ」。英国ロイヤルバレエ団のフランチェスカ・ヘイワードが白猫のヴィクトリアを演じるほか、ジェームズ・コーデン、ジェニファー・ハドソン、テイラー・スウィフトら豪華キャストがそろった話題作だ。「キャッツ」を象徴する楽曲「メモリー」、映画版のために書き下ろされたエンドソング「ビューティフル・ゴースト」など、巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーの手による名曲を堪能できるのがこの作品の最大の魅力だろう。
日本語吹替版には、葵わかな、山崎育三郎、高橋あず美、秋山竜次(ロバート)、藤原聡(Official髭男dism)、森崎ウィン(PRIZMAX)、宮野真守、山寺宏一、宝田明、大竹しのぶなどが名を連ね、豊かな表現力をたたえた歌声を披露している。音楽ナタリーでは、本作の音楽プロデューサーを務めた蔦谷好位置にインタビュー。個性あふれる日本版キャストのエピソードを中心に、映画「キャッツ」の音楽的な魅力について聞いた。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 須田卓馬
こういう曲を聴きたかった!
──蔦谷さんが初めて観たミュージカルが「キャッツ」だったそうですね。
はい。小学5年生のときなので32年前くらいなんですが、そのときの記憶は明確に残ってますね。客席にも猫(に扮した役者)が出てきて少し怖かったんですけど(笑)、音楽の印象がすごく強かったんです。小さい頃からピアノをやっていて、クラシックも歌謡曲も好きだったんですが、「キャッツ」を観たときに「こういう曲を聴きたかった!」と思って。オーケストラを中心にしながら、シンセサイザーの音も使っていたりして。そういう音楽を聴いたことがなかったら、衝撃だったんですよね。ストーリーの内容はさっぱりわからなくて、「“ジェリクルジェリクル”って歌ってるな」くらいだったんですが、とにかく曲がポップだし、聴きやすいし、覚えやすいし。今回改めて「キャッツ」の曲を聴いたとき、当時の思い出がよみがえってきました。
──日本語吹替版の音楽プロデュースのオファーがあったときは、どう思われましたか?
話があったのは2019年の初めだったんです。映画「SING/シング」吹替版の音楽を担当させてもらったときのスタッフから「『キャッツ』の日本語吹替版もお願いしたい」という連絡があって。今回は本格的なミュージカルで、ほぼ全編が歌なので大変だろうなと思ったんですが、そのときも子供の頃に「キャッツ」を観たときのことを思い出したんですよね。今の僕の主戦場はポップスですが、「キャッツ」を観たことは自分の音楽人生に確実に生かされているし、アンドリュー・ロイド=ウェバーの音楽の影響も大きい。その原体験である「キャッツ」に関わることで、子供たちにも自分と同じような経験をしてもらえるんじゃないかなと。その一心で、日本語吹替版の音楽プロデュースを引き受けました。
──なるほど。最初のプロセスはキャスティングですか?
そうです。ただ、その時点ではオリジナル版の素材がまったくなかったから、各キャストがどれくらいのキーで歌っているかもわからなくて。まずはミュージカル版の「キャッツ」の映像や楽曲に当たって、スタッフの皆さんと一緒にキャストの候補をピックアップしていきました。その作業を進めているときに、「グリザベラ役をジェニファー・ハドソンがやるらしい」ということがわかって。「ジェニファー・ハドソンの歌を担当できる日本人は誰だろう?」と考えて、浮かんできたのが高橋あず美だったんです。僕が決めたわけではなくて、テストを繰り返しながら、本国のスタッフがオーディションで選んだんですけどね。ほかのキャストも基本はそうです。
とにかく韻を大事に
──原曲の歌詞の日本語訳については?
そこが一番こだわったところですね。訳詞は田中秀典(agehasprings所属の作詞家・プロデューサー)にやってもらったんですが、最初に「とにかく韻を大事にしよう」と話して。「キャッツ」の楽曲で韻を踏んでいない歌詞はないし、T・S・エリオットの詩は、読むだけでもめちゃくちゃリズムが美しいんですよ。1行目と3行目、2行目と4行目はほぼ韻を踏んでいるし、頭韻もある。そういう詩としての美しさを日本語でも忠実に表現したかったんです。でも韻にこだわりすぎて詩の内容が伝わらないのでは意味がないし、リップシンクとのバランスもあるので、言葉のチョイスはかなり難しかったですね。クリアすべきポイントは多かったんですが、お互いにアイデアを出しながら、いいものになったと思います。
──本格的なミュージカル作品なので、レコーディングでは当然、歌唱力と演技力の両方が求められますよね。
そうですね。僕はミュージカルのプロではないので、演技的な指導は市之瀬洋一さん(「オペラ座の怪人」「ベイマックス」の音楽演出などを手がける音楽プロデューサー)にお願いしました。もちろんオリジナル版は参考にしますが、各キャストの演技をそのまま踏襲するわけではないんですよ。英語と日本語では言葉の順番も違うし、「オリジナル版ではこういう感情で歌っているけど、日本語にすると違和感がある」ということもあるので。もちろん僕も気になること、思うことがあれば言って、お互いに共有しながら制作を進めたということですね。市之瀬さんのディレクションから学ぶことも多かったし、大変だったけど、楽しいレコーディングでした。そもそも日本語吹替版のキャストの皆さんが素晴らしいですからね。
──バラエティに富んだキャストですよね。まず主役の白猫・ヴィクトリア役は葵わかなさんです。
最初のテストで声を発した瞬間に、「この人しかいない」と思いました。ヴィクトリアが持っている透明感、純粋な部分を日本語の歌で表現するうえで、こんなに合う人はいないし、まさに適役だなと。演技に対するこだわりもすごく強かったですね。「この歌詞をこの歌唱法で歌う意味はなんでしょうか?」といった疑問点や意見をぶつけてくれたし、ヴィクトリアという役にしっかり向き合ってくれて。この役を大きなチャンスだと捉えてすごい気合いで臨んでくれたし、彼女の演技、歌は素晴らしかったです。
──グリザベラ役は高橋あず美さん。名曲「メモリー」を歌い上げる重要な役ですね。
そうですね。彼女のことは以前から知っていて、最初に会ったのはゆずの「うたエール」のコーラスのレコーディングだったんです。そのときは「うまい人だな」という印象だったんですが、Twitterにアップしているニューヨークの地下鉄で歌った映像を観て、ソロシンガーとしてのポテンシャルも計り知れないなと。去年のアポロシアターでの活躍(高橋はアポロシアターのアマチュア・ナイト「スーパー・トップ・ドッグ」で優勝)もすごかったし、「キャッツ」のテストも、一発目から素晴らしかったです。ワンテイク歌ったところで、市之瀬さんが「天才かな」と言ったくらいなので。ミュージカル経験はないということですが、相当な意気込みで作り込んでくれました。
アメリカから帰ってきました
— 高橋あず美 (@Azumi_Takahashi) June 7, 2018
最高の景色と、人と、音楽と、とにかく沢山の最高に触れられました。さらにさらにワクワクすること沢山していきたいなと思わせてくれる旅だった!#listen #beyonce #music #NYC #歌ってみた #うたってみた pic.twitter.com/gS3RSu4dnO
──猫たちのリーダー・映画「キャッツ」より、マンカストラップ(日本語吹替:山崎育三郎)。役は山崎育三郎さんです。言わずと知れた日本のミュージカル界のトップスターですね。
超一流ですよね。マンカストラップはストーリーテラー的な役割もあって、一番出番が多いんですが、多忙の中「2時間だけ」「3時間だけ」と時間を作ってくれて。マンカストラップは頼れるアニキ的な存在なんですが、役柄に対する理解も完璧だったし、見事に演じきってくれました。めちゃくちゃカッコいいマンカストラップになりましたね。
次のページ »
大竹しのぶさんは一番の衝撃