その後のバラードの在り方に大きな影響を及ぼした「Goodbye To Love」
西寺 トニー・ペルーソさんが弾いた「Goodbye To Love」のギターソロもそのまま生かされていて。原曲のいい部分を残していることが、素晴らしいテイクにつながっているんだと思います。
リチャード 新たに加えた部分は、本当にほんのちょっとだから。アルバムのライナーノーツに「チューニングが狂っている楽器があった」と書いたんだけど、その1つが「Goodbye To Love」のギターソロなんだよ。
西寺 ああ! そうなんですね!(笑)
リチャード 音程がちょっとシャープしてたんだよね。当時は誰も気付かなかったんだけど。リリースして、しばらく経ってから「あれ?」って気になり始めて。
西寺 ファズを効かせたソロですからね。でも、今は直せますよね?
リチャード そうだね。今回のギターソロは正確にチューニングが合ってるから、これで安心(笑)。トニーが生きていたら、すごく喜んだだろうね(トニー・ペルーソは2010年に60歳で死去)。
西寺 トニーさん、レコーディングのときも緊張してたみたいですよね。レイ・コールマンさんが書いたCarpentersの伝記では「本当にCarpentersのソロを俺が弾いていいんだろうか?」と回想されていました。一流のスタジオミュージシャンの中で、1人だけロングヘアで……。
リチャード そうそう(笑)。すごく細身で、髪が腰くらいまであって。もともと彼は、Carpentersのコンサートの前座のバンドメンバーだったんだ。全然有名ではなかったけど、ただ弾きまくっているだけではなくて、プレイに意味があるし、ギタリストとして主張のある人だなと感じて。「Goodbye To Love」のアレンジが浮かんだとき、有名なスタジオミュージシャンもいっぱい知っていたけど、むしろ彼に弾いてほしいと思ったんだよね。
西寺 トニーさんはリチャードさんに声をかけられてから、約1年後に急にスタジオに呼ばれたらしいですね。
リチャード うん。彼は譜面が読めなかったから、メロディを歌って聴かせて、その通りに弾いてもらったんだ。ほとんどワンテイクで、想像通りにソロを弾いてくれて。その後、ツアーにも参加してもらったよ。
西寺 それまでCarpentersはイージーリスニング、AOR系の美しい音楽というイメージでしたが、プロのセッションミュージシャンではなく、ロックギタリストのトニーさんに自由にソロを弾かせたリチャードさんの決断はすごいですよね。「Goodbye To Love」は、その後のバラードの在り方にも大きな影響を与えていると思います。少し遅れてデビューした同時代のEaglesや、もっと言えば90年代のOasisなどのタイムレスなロックバラードも、根元には「Goodbye To Love」の影響があるんじゃないかなと。今となっては一般的なアレンジですが、当時はすごく発明だったんじゃないですか?
リチャード “パワーバラード”の第1号かもしれないね。結果的にそうなっただけで、当時はそうなるなんて思ってなかったけど。
西寺 NONA REEVESの「記憶の破片 feat. 原田郁子(clammbon)」という曲も、まさにCarpenters的な究極のバラードを自分たちなりにやってみようと思って作ったんです。研ぎ澄まされたバラードを作り、完璧なアレンジを求めることの面白さや難しさをいつも感じています。
Carpentersは実は腹の座ったリズムを持っている
西寺 もう1つ実感したのは、カレンさんのドラムを中心とした、Carpentersのリズムのよさでした。1970年代の音楽にありがちなリズムの揺れが限りなく少ないグループであることを、リチャードさん自身も再認識されたのでは?
リチャード リズムに関して言えば、素晴らしいミュージシャンだったジョー・オスボーン(B)の力も大きいね。ドラムのキックとベースのコンビネーションが抜群で、リズムにパンチがあるでしょう? Carpentersは軽いポップスだと思われがちなんだけど、実は腹の座ったリズムを持っているんだよね。
西寺 そうですよね。リズムが正確で強いことも、Carpentersがタイムレスな存在になっている理由だと思うんです。1980年代以降、コンピューターで音楽を作ることが主流になりましたが、僕よりも下の世代はヒップホップ的なマシンによる正確なビートが体の奥底に入っていて。どんな名曲であっても、ビートが強く正しい心地よさで維持されないと、彼らは“古い”と感じてしまうと思うんですよね。Carpentersの楽曲が今も若い世代に愛され続けているのは、そういう理由もあるんじゃないかなと。
リチャード それは自分では気付いていなかった指摘だし、“wise observation”だね。ほかのアーティストによるCarpentersの楽曲のカバーを聴くと、サウンドが軽いものが多いんだよね。それが悪いというわけではないけど、原曲のリズムの強さとは大きな違いがあるかもしれない。
西寺 僕も以前はドラマーだったので、優れたドラマーでもあるシンガーに興味があるし大好きなんですよね。カレン・カーペンターさんはもちろん、マーヴィン・ゲイ、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダー、プリンス、ブルーノ・マーズ、そしてパーカッションを叩いていたマイケル・ジャクソン。いいボーカリストは、ドラムやリズム楽器を幼少期から担当していた人が多いんですよ。
リチャード フィル・コリンズもそうだね。彼もすごい才能の持ち主なので。
今も残っているCarpentersの未発表ライブ音源
西寺 このレコード(1976年のロンドン公演の音源を収めたライブ盤「Live At The Palladium」)は昨日買ったんですが、日本の老舗中古レコードショップ「フラッシュ・ディスク・ランチ」のマスターは、Carpentersのレコードがなかなか手に入らないとおっしゃっていました。入荷した途端に売れてしまうらしくて。
リチャード だから僕の手元にも1枚しかないのかな(笑)。
西寺 (笑)。それだけCarpentersが多くの世代に今も聴かれているということだと思います。Carpentersのレコーディングエンジニアだったロジャー・ヤングさんは「リチャードはたいていのコンサートを録音していた」と証言していますが、それは本当ですか? もしそうなら、ぜひ聴きたいです。
リチャード 本当だけど、ラジカセで録っていたからね。
西寺 それは逆にカッコいいかも!(笑)
リチャード テープは摩耗するから、今聴けるかどうか……。ただ、すべて残っているのは確かだよ。東京の公演もあるんじゃないかな。
西寺 それは宝の山ですね。レコードレーベルは特命チームを派遣して、すべてチェックするべきだと思います(笑)。いいテイクを選んで、ビートルズの「The Beatles Anthology」(The Beatles解散後に制作された3部作の2枚組アルバムシリーズ。スタジオアウトテイクやライブ音源といったレア音源を収録)みたいにまとめれば、聴きたい人はめちゃくちゃいるはずなので。
リチャード どの会場でも、音はそれほど変わらないと思うけど。ライブ音源を聴いてもらえれば、カレンが絶対に音程を外さないことがわかってもらえるかもね。
西寺 ですよね。今こそ、カーペンターズの完璧を追い求めたコンサートのすごさも理解されると思います。ぜひ検討してみてください!
リチャード そうだね(笑)。(西寺が用意していた取材ノートを見て)さっきから気になってたんだけど、それ、すごいね。アルバムのジャケットも手描きしていて。
西寺 ありがとうございます。準備期間が数日しかなかったから、急いで作ったんですけどね。まさかリチャードさんに会えるとは思っていなかったので、今日は本当にうれしかったです。
リチャード こちらこそ。ありがとう。
- Carpenters「カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団」
- 2018年12月7日発売 / UNIVERSAL MUSIC
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[SHM-CD] 2700円
UICY-15801
- 収録曲
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- Overture
- Yesterday Once More
- Hurting Each Other
- I Need to Be in Love
- For All We Know
- Touch Me When We're Dancing
- I Believe You
- I Just Fall in Love Again
- Merry Christmas, Darling
- Baby It's You
- (They Long To Be) Close To You
- Superstar
- Rainy Days And Mondays
- This Masquerade
- Ticket to Ride
- Goodbye to Love
- Top of the World
- We've Only Just Begun
- Please Mr. Postman
日本盤ボーナストラック
- NONA REEVES「未来」
- 2019年3月13日発売 / Warner Music Japan
-
[CD] 3240円
WPCL-13008
- NONA REEVES ツアー情報
THE FUTURE 2019 -
- 2019年5月3日(金・祝) 東京都 新代田FEVER
- 2019年5月4日(土・祝) 東京都 新代田FEVER
- 2019年5月11日(土) 大阪府 Music Club JANUS
- 2019年5月12日(日) 愛知県 ell.FITS ALL
- 2019年5月18日(土) 北海道 札幌KRAPS HALL
- 2019年5月25日(土) 福岡県 DRUM SON
- 2019年6月1日(土) 東京都 渋谷CLUB QUATTRO
- Carpenters(カーペンターズ)
- アメリカ・コネティカット州ニューヘイブンで1946年10月15日に生まれたリチャード・カーペンターと1950年3月2日に生まれたカレン・カーペンターの兄妹デュオ。音楽好きの両親のもと、9歳からピアノのレッスンをスタートしたリチャードは、1964年にカリフォルニア州立大学ロング・ビーチ校音楽専攻入学しコーラス部に加入する。一方のカレンも同年マーチングバンドに参加し、ドラムを始めた。1965年以降、リチャードとカレンはRichard Carpenter TrioやSummerchimesといったグループを友人と共に立ち上げるも、Summerchimesから改名したSpectrumの1968年の解散により、兄妹2人で活動していくことを決意。1969年11月にThe Beatlesのカバー「Ticket to Ride」でシングルデビューを飾ると、翌1970年にリリースした「(They Long To Be) Close To You」がBillboardのランキングで4週連続1位を獲得し一躍スターダムへとのし上がる。その後も「Top of the World」など大ヒット曲を連発した。1970年代半ばから体調を崩しがちになったカレンは、1983年2月4日に32歳という若さで帰らぬ人に。リチャードは1987年に「Time」、1997年に「Pianist, Arranger, Composer, Conductor」といった作品を発表し、ソングライターおよびプロデューサーとして活動を続けている。
- NONA REEVES / ノーナ・リーヴス
- 西寺郷太(Vo)、奥田健介(G, Key)、小松シゲル(Dr)の3人からなる“ポップンソウル”バンド。1995年に結成し、1997年11月に「GOLF ep.」でメジャーデビューを果たす。初期はギターポップ色の強い楽曲を得意としていたが、1999年のメジャー2ndアルバム「Friday Night」を機にディスコソウル的なサウンドを追求し始める。その後も精力的に活動を続け、コンスタントに作品を発表。ポップでカラフルなメロディと洗練されたアレンジによって、国内でほかに類を見ない独自の立ち位置を確立する。西寺は文筆家としても活動し、80'sポップスの解説をはじめとする多くの書籍を執筆。さらにメンバーは3人とも他アーティストのプロデュースや楽曲提供、ライブ参加など多岐にわたって活躍している。2017年3月にメジャーデビュー20周年を記念したベストアルバム「POP'N SOUL 20~The Very Best of NONA REEVES」を、10月には通算13枚目となるオリジナルアルバム「MISSION」をリリース。2019年3月にはニューアルバム「未来」を発売し、5月からレコ発ツアー「THE FUTURE 2019」を行う。