ナタリー PowerPush - CARNATION
眼前に広がる夢幻の音楽的風景 3年ぶりフルアルバムがついに完成
状況そのものは大変だけど夢があるからがんばれる
──お話を伺っていると、前回「ジェイソン」を発売したときとは精神的な状況は随分違うように思います。忙しさは変わらないんだけど、あのときの苦悩とかピリピリした感じはないように思えます。
直枝 うん。それはやっぱりもの作れるからね。ここ数年アルバム出したくても出せない状況が続いたから。状況そのものは大変だけど、夢があるよね。次につながるし。だからストレスっていっても質が全然違う。
大田 ストレスじゃなくてね、肉体的な疲れなんだよね。もちろん、頭も疲れているんだろうけど、直枝くんも前みたいな変なストレスは感じてないだろうから、俺も「がんばれー」とか言ってるわけだし(笑)。
直枝 あっはっは!(笑) そうなのよ。だけどそこの一言は本当に助かる。逆に(スタッフの)横尾さんから元気のない言葉が出たりするときが一番心配だったり。
──あはは(笑)。
直枝 「本当は心配してるんですよ」的な感じで、「締め切りがそろそろ……」。
──それはスタッフとして言わなきゃいけない立場ですから横尾さんも辛いですよね。
直枝 ヒヤヒヤしてるのは伝わるんだけど、こっちはもう詩人になっちゃってるから。詞で煮詰まってたとき、車で房総まで行ったんだよね。40年前に行ったきりの千倉って街に僕はずっと行きたいと思ってたんだけど、なかなか行けなかったんで。毎日偏頭痛がひどくて息抜きのために行ったんだけど、千倉で海風に当たってたら頭痛も取れた。……ただ、ああいう場所は平日に行くもんじゃないね。
──そうなんですか?
直枝 いやぁ、田舎なんで漁師さんに警戒されちゃって。あそこはサザエとかアワビとかの密漁が問題になってて厳しいわけ。俺、中古のベンツに乗ってるんだけど、何の目的もなくそんな車がそういう小さな街に停まってたら怪しいじゃん、既に。
──(笑)。
直枝 海岸行くと「密漁禁止」の立て看板ばっかりだし。あんま長居もできないなと思って、お土産屋でひじき買って帰りました(笑)。そういう1日の旅とか、札幌行ったときについでに小樽まで足を伸ばしてみたりとか、そのぐらいですね。息抜きは。
自分たちが「バンドである」と言うことに迷いはない
──でも、アルバム作りは歌詞が降りてこないことには先に進めませんしね……。
直枝 今回この「遠い空 響く声」っていう曲で終わってるんだけど、ここにたどり着いたときは「やった!」と思ったね。今回「Willow in Space」と「ジェイソン」が真ん中にあってアルバムの流れができた。だとしたら締めはどうしようということをものすごく考えました。浄化して、そして次にまた旅立つようなアルバム。映画的なエンドロールが必要なんだよね、カーネーションは。今のカーネーションの気持ちの振り切れた感じまで含めて締めを作ってちゃんと筆を置きたかった。アルバム作っている過程で“抜けた”感じはあって、余計なこと考えないで「やれば絶対に面白いものができる」って確信があった。だから誰とでもこうやって演奏できるし、イメージの直感を信じれば絶対着地点が見えてくるっていう。そういう漠然とした中で楽しめるようになってきているのが進歩かなと。変な使命感もなくなったし。前は「トリオでやんなきゃ」みたいな使命感がどこかにあって、“トリオの美学”とか“ガレージソウル”とかキャッチフレーズが付いちゃったりしたことで縛られちゃう部分があったけど。
──今回2人になって初めてのアルバムですもんね。
直枝 そうなんですよ。「2人でバンドなんですか?」ってよく言われるんだけど、やっぱりバンドなんだよね。大田くんが入ってから20年近くやり続けてきた細胞がここにちゃんと生き残っているということは、それはもう共同体としてバンドなんですよ。今は「バンドである」と言うことに迷いはないです。
──「ジェイソン」のあとの2曲(「For Your Love」「砂丘にて」)は大田さんが曲中の一部で“ボーカリスト”としてフィーチャーされていますね。この並びで持ってきた意図は。
直枝 「For Your Love」→「ジェイソン」という並びも考えたんだけど、アルバム全体の流れ的に「Willow~」と「ジェイソン」をくっつけるほうが優先されたってことですね。「砂丘にて」は、そもそもいつか大田くんのソロアルバムを作ろうと思ってて、そのアルバムタイトルが「砂丘にて」なんですよ。
──タイトルだけ先に決まってるんですね(笑)。
直枝 10年前から決まってるんですよ(笑)。俺ディスコグラフィとか書いてるもん。架空の。曲名とかも考えて。
──(笑)。
直枝 今回作詞家・詩人としてすごい高みに行ってるときにふと歌詞が降りてきたので「これ使っちゃえ!」みたいな。それでこの曲で大田くんに歌わせました。
夢幻の世界観への入り口と、そこから広がる新しい風景
──歌詞の話をもう少し聞かせてください。「遠い空 響く声」を書き上げて、詩人としての高みの境地に達したときに感じた「Velvet Velvet」の世界を一言で言うと?
直枝 一言ではなかなか難しいんだけれども……。「夢幻」だね。夢……。幻……。そこにたどり着くリアルっていうか、裏側を見る力とそこに新しい風景が絶対にあるよっていうリアル。今回歌詞の中にいっぱい“入り口”があるんですよ。
──その境地や世界観、広がる感じは今までのキャリアの中で初めてたどり着けた境地なんでしょうか。
直枝 いろいろなことを試して、いろいろな曲を残してきたので、意識的により自分が満足のいく言葉と向き合おうとすると、やればやるほどそこの基準が上がっていくと思うんですよ。だから、いつもの俺の言葉遣いだけど、深度という意味ではより深くなっていると思います。そこは責任感みたいなものが自分の中にあるので。言葉に対しては絶対この基準を崩せないっていう。1月頃、自分的に文章にどっぷり入っていた時期があって、その入っていく感覚がずっと自分の中に残っていてね。だからその決着をつけてやろうっていうつもりで今回の詞を書きました。ある意味作家的な意識で新しい物語を作っていく感じ。ランディ・ニューマン的な、人のキャラクターを借りて自分を語っていくみたいな。自分がストレートに言えないことを誰かの姿を借りて言うとか、そういう寓話的で作家的な目線が入ってきてるんだと思います。
──決着はうまくつけられましたか。
直枝 「この感じ方で俺はいいんだな」っていう手ごたえはつかめたかな。意識が作品に向いていたという意味で、「今回本当に最高のものを作りました」って自信を持って言えますね。
CD収録曲
- Velvet Velvet
- さみだれ
- 田園通信
- Annie
- この悲しみ
- Willow in Space
- ジェイソン
- For Your Love
- 砂丘にて
- Songbook
- Dream is Over
- 遠い空 響く声
初回盤DVD収録内容
- 「ジェイソン」Promotion Video
- 「Velvet Velvet」Promotion Video
- アルバムレコーディングのドキュメント映像
カーネーション
1983年に前身バンド・耳鼻咽喉科のメンバーで直枝政広(当時は政太郎/Vo,G)を中心に結成。1984年にシングル「夜の煙突」(ナゴム)でデビューを飾る。現在のメンバーは直枝と1990年加入の大田譲(B,Vo)の2人。幾度かのメンバーチェンジを経て、数多くの名作を発表し続けている。緻密に作られた楽曲や演奏力抜群のアンサンブルはもちろん、直枝の人生の哀楽を鋭く綴った歌詞や、圧倒的な歌唱、レコードジャンキーとしての博覧強記ぶりなどで、音楽シーンに大きな存在感を示している。2008年に結成25周年を迎え、2009年1月、1986年加入以来不動のドラマーだった矢部浩志が脱退。現メンバー、直枝政広(Vo,G)と大田譲(B)の2人にサポートドラマー中原由貴(タマコウォルズ)を迎え、2009年4月に約2年半ぶりの新録作品となるシングル「ジェイソン」をリリースした。