アイナ・ジ・エンド(BiSH)&松隈ケンタ(SCRAMBLES)|コアな制作エピソードから紐解くメンバーの心境とBiSHサウンドの魅力

BiSHが両A面シングル「KiND PEOPLE / リズム」をリリースした。

音楽ナタリーでは新作の発売を記念して、メンバーのアイナ・ジ・エンドとサウンドプロデューサーの松隈ケンタ(SCRAMBLES)にインタビュー。モモコグミカンパニーが作詞、アイナが作曲を手がけた「リズム」が生まれた背景やレコーディング時の数々のエピソードに加え、松隈から見たメンバー個々のボーカリストとしての成長などについてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 田中和宏 撮影 / 宇佐美亮

世に出すつもりがなかった「リズム」

──アイナさんと松隈さんのお二人でインタビューを受けたのは?

アイナ・ジ・エンド(BiSH) 2人でのインタビューは今回初めてですね。

松隈ケンタ(SCRAMBLES) ほかのメンバーとか、渡辺(淳之介 / WACK代表)くんとかがいることもあるから2人きりは初めてかな。今や「スッキリ」出演を経験してキアヌ・リーブスとも友達のアイナさんだから緊張するねえ(笑)。

アイナ そんな! 友達にはなれてないです(笑)。

左からアイナ・ジ・エンド、松隈ケンタ。

──ではまずアイナさんが作曲を手がけた「リズム」について伺います。作曲したのは2016年末に声帯結節の手術を受けた時期だと聞きました(参照:BiSH、涙こらえしばしの別れ「無敵なアイナ・ジ・エンドで帰ってきます」 )。具体的な作曲時期は手術の前後どちらですか?

アイナ 手術前ですね。松隈さんが鬼バンドのギタリストとして参加してくれたツアー(2017年1~3月開催「BiSH NEVERMiND TOUR」)の開催を控えている時期で、私自身すごくそのバンド編成のツアーが楽しみだったんですよ。

松隈 手術直後のツアーだったっけ?

アイナ はい。次の予定が決まっているのに1カ月も活動を休止することになり、手術後2週間はしゃべれない、声帯が動いてしまうから音楽も聴けないという状態になってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。手術前にそんな気持ちをそのまま吐き出しておこうという思いで作ったのがこの曲です。

──アイナさんが1人でデモまで作ったんですか?

アイナ 今はSIRUPのギターとかをやっているShin(Sakiura)くんという友達に手伝ってもらいました。

松隈 あ、そうだったんだ? 最近売れてるよね。

アイナ そうですね。Shinくんとは何回か一緒に曲を作っていた時期もあったので、その流れで「手術前でガラガラのこの声オモロいし、これで1曲作らへん?」みたいな軽い気持ちで相談したら、「ええよー」って。私がメロディを付けて、ギターの伴奏で「コード進行とかこんな感じでどうかな?」とやり取りしながら作りました。だからお互いそれぞれの家にいて、連絡を取り合う中でできた曲で。コードがわからないながらも自分なりに弾いて「このコードはもう少し違うほうがいいなあ」とか言いながら。

──アイナさんはTwitterで「まったく世に出す勇気はなかった」とこの曲について触れていましたが、なぜこのタイミングで出すことに?

アイナ 自分で作った曲に全然自信が持てないし、BiSHが始まって5年目で松隈さんやSCRAMBLESの人が作ってくれる曲を聴いてきたことで耳が肥えてきたのか、自分の作る曲がカスみたいに思えて(笑)。だから「絶対に出せない」と思い込んでしまっていたんです。でも去年「きえないで」という曲をソロで出したときに、ほかの自作曲もエイベックスの人に送って、そのうちの1曲が「リズム」だったんですけど、エイベックスの篠崎(純也)さんが「めちゃくちゃいいから、BiSHで歌おう」と言ってくれて、今回のシングルに入ることになりました。

──松隈さんはSCRAMBLESとして原曲をアレンジしたということですね。

松隈ケンタ

松隈 アイナがソロデビューするときに「きえないで」「リズム」の原曲があって。「きえないで」に関しては亀田誠治さんがプロデュースをしたので僕は関わってないんですけど、その手前で「こういうことをやろうと思うんですけど、どの曲がよさそうですか?」なんて雑談レベルでレーベルから曲を聞かせてもらっていました。「リズム」に関しては篠崎さんとも話して「この曲はBiSHに取っておいたほうがいい」「いつか出したいね」という流れになって。ソロデビューしたの2、3年くらい前だよね?

アイナ いや、去年の秋です。

松隈 え、そんな最近だった? 1年が濃密だね! めちゃくちゃ長い期間温めた気がしてました(笑)。「きえないで」も「リズム」ももとのアレンジを彼(Shin Sakiura)が作っているという話を聞いていたので、「彼はすごい才能あるな」と前から思ってました。もとのアレンジもかなりよかった中で、さらに発展させていったという感じです。

──原曲の時点はどの程度まで仕上がって行ったんですか?

松隈 アイナとやり取りしてるときはアコギだけだったんだろうけど、そのあとさらにアレンジしてくれてたんでしょ?

アイナ はい。なんか「シャン」みたいな打ち込みを入れてくれて。

松隈 ドラムも入ってたから、デモ段階で曲の全体像がわかる感じにはなってましたね。

──ではどのようにアレンジ作業を進めていったんですか?

松隈 まずは原曲の世界観をより広げていきたいと思ったので、実はアレンジだけで3パターンくらい作ってるんです。何度か出そうとするタイミングがあったんですけど、そのたびにアレンジが気になってきちゃって、インディーロックっぽいバージョンとかも考えて。最終的に「これぞメジャーアーティストです」みたいなアレンジにしましたけど、この完成形に行き着くまでに壊しては作り変え、壊しては作り変えを繰り返していきました。ここまでじっくりアレンジできることも珍しかったですね、普段は締め切りがあって難しいから。SCRAMBLESではトラックから作るのが基本なので、珍しいパターン。メロディとオケがすでにあって、それを作り変えていくという。一般的にはそれが普通の編曲作業なんですけどね。

モモコとの心の隙間を埋められた

──作詞のモモコグミカンパニーさんとは、どういうやりとりを?

アイナ・ジ・エンド

アイナ 曲を作ったのは2016年で、歌詞を書いてもらったのは2018年。ある日の帰り道にモモコが「BiSHでいることがつらいのかな?」と思わせるような、ちょっと寂しそうなことを言っていたんです。心の距離が開いてしまっているような気がしたんで、モモコともう少し仲良くできひんかなと思って「もしよかったら歌詞、書いてみいひん? 遊びでどこにも出さへんけど、作ってみよ」と「リズム」の原曲をLINEで送ったんです。そしたら3時間後には歌詞が送られてきて、モモコから「この曲すごい好き すぐ言葉が浮かんできた」と2行くらいの感想が来たときにめっちゃうれしくて。こういう遊び感覚で音楽をやるのって楽しいな、しかもメンバーとやれるなんていいなと思いました。それによってモモコとの距離も少し埋められたような気がして。そういう曲なので、まさかBiSHで歌うことになるとは思いもしませんでした。

──モモコさんから送られてきた歌詞を読んでどう思いましたか?

アイナ モモコとは性格も生き方も全然違うし、共通点と言えば“女の子”くらいで。そこをしっかり考えてくれた歌詞なんだなと思いました。もともとは少しだけ恋してる女の子みたいなニュアンスが入っていて、もうちょっとダイレクトな歌詞だったんですよ。その歌詞を見て、女の子という共通点があるんだという、あまり深く考えたことのない部分を改めて実感しました。

──モモコさんには作曲の意図は伝えたんですか?

松隈 もともとはアイナの考えた歌詞が入ってたよね? それをモモコに送って見せてたはず。

アイナ ああ、そうですね。

松隈 それをモモコが解釈して作詞したっていう。そのプロセスはバンドでもよくあるスタイルですよね。まあBiSHは“楽器を持たないパンクバンド”なんですけど、よりバンドっぽくなってきました。

アイナ (笑)。

──作詞作曲者のクレジットがメンバーになっている歌詞カードを見て、「こんなグループなかなかいないな」と思いました。

松隈 すごいですよね。僕はBiSHをアイドルだと思ってないですけど、本人たちが作詞作曲をするアイドルなんて確かにほとんどいないですよ。特にアイナとモモコの共同作業になっているのがバンドっぽくていい。編曲の面ではアイナの曲をBiSHっぽくしなければと思ったところがすごくあって、かつてないほど歌割りで悩みました。

アイナ そうだったんですか?

松隈 悩んだね。だってこの作詞作曲の並びだったら、歌い始めはモモコかアイナじゃん。いきなりリンリンだったら「なんで?」ってなるやん(笑)。

アイナ 確かに。

左からアイナ・ジ・エンド、松隈ケンタ。

松隈 100人ディレクターがいたとしてもこの曲のサビはアイナだろうし、アイナを中心にみんなが歌うイメージになるだろうと。かと言って違う子をメインにするものおかしいし、いろんなパターンを試しました。最初はアイナが歌ってるんだけど、途中からアイナがいなくなるんです。で、最後にアイナが出てきてエンディングかと思いきや、こういうバラードでは初めてなんですけど、「全員で歌う」というスタイルにして。その構成を思い付いたときに自分で「天才だな」と思いました(笑)。

──これまでミディアムチューンであまり合唱スタイルを取り入れてこなかった理由は?

松隈 基本的に僕はアイドルっぽくなるからユニゾンで歌わせたくないんです。意図的に避けてましたけど、この曲では絶対みんなで歌ったほうがいいなと思いまして。全員で歌うパートの意図としては、目を閉じて聴くと自分が好きなメンバーの声が聞こえるようなミックスにしています。アイナが好きな人はアイナの声が聞こえて、(セントチヒロ・)チッチが好きならチッチの声と6人全員の声がすべてうまく聞こえるバランスに調整してるんです。ただ6人の声を重ねただけではなくて、1人ひとりの声質もそこだけ変えて録音しました。

アイナ すごい。そんな工夫が。

松隈 6人の誰か1人が飛び出ることのないようにするのはめっちゃ難しいから、ほかのプロデューサーにはできないと思います。僕はメンバーの声を知り尽くしてるからできるんです。

アイナ いやあ……本当にありがたいですね。