アイナ・ジ・エンド(BiSH)&松隈ケンタ(SCRAMBLES)|コアな制作エピソードから紐解くメンバーの心境とBiSHサウンドの魅力

ボウダイ・ナツミさん

──歌についてメンバー同士で話し合うことはあるんですか?

アイナ あります。例えば「NON TiE-UP」はほとんど4人か6人で歌ってるんで、松隈さんから言われた通りに「ブレスの位置はここ」と細かい部分をすり合わせて。松隈さんのディレクションは「歌詞を英語っぽい発音で歌ったらいいよ」という感じで面白いんです。その“英語っぽい”がメンバーそれぞれ解釈が違うので6人でそろえて練習することもあって、「松隈さんのディレクション通りに歌うと納得だよね」みたいな話になります。

松隈 どんなディレクションしてたっけ?

アイナ 例えば「KiND PEOPLE」だったら、「膨大な罪」というフレーズがあるんですけど……。

松隈 ああ、“ボウダイ・ナツミさん”ね(笑)。

アイナ 「ここはボウダイ・ナツミって人だからね」と言われて(笑)。そういうディレクションがけっこうあるんです。

松隈 アイナだったかな。「ボウダイ・ナツミって人がいると思え」ってメンバーに伝えたら、「私、そう来ると思ってもうメモしてました」って。

アイナ・ジ・エンド

アイナ 私ですね(笑)。メンバーにディレクションしてる段階でやたらと「膨大な罪」の部分にこだわってるなと思ったので、松隈さんの中で決めたい音があるんだろうなと思って。

──具体的に「膨大な罪」を“ボウダイ・ナツミ”にすることで何が変わるんですか?

松隈 アクセントが変わるんですよ。僕のディレクションの特徴はまず「歌詞を考えるな」というところで。普通のディレクターさんは「作詞家の方が考えた『膨大な罪』がどんな罪か、言ってみなさい」くらいに言うと思うんですけど、そんなこと言われてもわからないでしょうから(笑)。僕は真逆で「膨大な罪」の意味なんてどうでもいいし、それは作詞家にしかわからないことだから。「膨大な罪」の“な”を強くしたかったんですよね。でも「膨大な罪」のままだと“つ”にアクセントが来るから。

アイナ そうですね。

松隈 “ナツミ”の3つの音をしっかり歌わないと曲にならない。歌詞じゃなくてメロディに対して強く出したい部分が決まっているんです。作曲家の立場から言うと「音に対してこの歌詞はハマりが悪い」となるわけですよ。だから歌詞のハマりが悪いってなると、一般的にはそこで作詞家、作曲家で議論になることが多い。でもそれが一切ないんですよ。

アイナ 確かに渡辺さんとそういうやりとりないですよね。

松隈 僕は作詞家さん、歌い手さんが歌いたいと思う歌詞は1文字も変えたくないので。ただそのかわりメロディも変えない。その結果“ボウダイ・ナツミ”のディレクションにつながって、その違和感が曲としてのキャッチーさにつながる。歌詞の意味は歌詞カードを読んでくれたら一番伝わるから割り切ってますね。賛否両論あると思いますけど、本当に詞を大事にするなら、ポエムを詩集にして発売すればいいだけで。それが100万冊売れるならそれでいいけど、我々がやってるのは音楽だから。いろんな現場があるとは思いますけど、うちでは楽曲を優先させてもらえてるのでカッコいい作品ができてるんだなと思います。

アイナとチッチは引き離す

──今回のシングルのレコーディングで先陣を切ったのは?

松隈 「リズム」はアイナですね。すでに前の歌詞のバージョンのデモもあったので。ほかの曲でもアイナが先に歌うパターンは多いかな。

アイナ 先に歌わせていただくことが多いかもしれません。

松隈 チッチは最後で、最初はアイナが多い。

アイナ 「KiND PEOPLE」は誰が先だったか覚えてないです。

松隈 アイナは途中から来たもんね、それこそ「スッキリ」明けでスタジオに来て。最初はアユニ・Dだったかな。

──なるほど。チッチさんは最後が多いんですね。

松隈 チッチはメンタルに左右されやすいんですよ。誰かがカッコよく歌ったあとにチッチだとプレッシャーを感じて力んじゃったり、へろへろになったりすることがあったから、途中からアイナとチッチは引き離して録るようにしてます。そしたらチッチもすごくいい歌を歌うから。

左からアイナ・ジ・エンド、松隈ケンタ。

アイナ 知らなかったです!

松隈 チッチは力みが取れると最高の歌が録れるから、ちょっと気を遣ってます。アイナは気にしないでしょ?

アイナ そうですね。

松隈 アイナは自分の歌について緊張してるから何番目でもたぶん同じくらいのいい緊張感を持って歌うと思うんだよね。あと、これは悪口になっちゃうんだけど、BiSHは……対応力が高くないね(笑)。

アイナ えええ?

松隈 メロディがちょっと変わったりしたときの対応が、悪くはないけどよくはない(笑)。1回なじんじゃうとなかなかその癖が取れない。

アイナ ああ(笑)。松隈さんのボーカルが入ったデモが最初に届くんですね。これまで何十曲と松隈さんにレコーディングしてもらっているので、「松隈さんはきっとこうしたいんだろう」というイメージが頭の中で広がって、その想定で練習してきちゃうんですよ。で、レコーディング本番に臨んだら、松隈さんが別の歌い方にハマっていることがあって(笑)。

松隈 真逆かってくらい違うこともあるよね。

アイナ 「全然違う!」って(笑)。確かにそういうときは戸惑っちゃいますね。

松隈 もちろんいいテイクが録れたら、それを採用することもあるから。アレンジ作業に近いイメージで歌を録ってますね。

「KiND PEOPLE」にアイナのイチオシ“春夏秋冬ゾーン”

──サウンドについても聴きたいのですが、疾走感のあるBiSHの楽曲はベースラインが印象的で、「KiND PEOPLE」では後半に進むに連れてどんどんうねっていきます。

松隈 ベースはエグいですよね。僕は基本的にベース、リズムが楽曲の肝だと思っているので。今回ひさしぶりに「BiSH-星が瞬く夜に-」と同じくらいのテンポ感の曲を作ったんですけど、7月に出した「CARROTS and STiCKS」は速かったり、過激だったり、遅かったりと幅広い内容だったので、ひさびさにBiSHなりの正統派っぽいテンポ感になって。でも新しさも入れたかったので、キーチェンジしてサビに入る部分なんかは歌うのが難しいと思うんだよね。

アイナ めっちゃ難しいですね。最後の最後に「探す」を歌ったあとの演奏、ニュアンスいきなり変わりません?

松隈 ギターでしょ。斬新なアレンジだよね。

アイナ 私、そのパートが大好きで“春夏秋冬ゾーン”と呼んでるんですけど(笑)。

松隈 聴いてみる?(「KiND PEOPLE」の3:40あたりから再生)

アイナ・ジ・エンド
アイナ・ジ・エンド

アイナ (3:45あたりで)ここから! これが“春夏秋冬”です。で、さらにここ(3:59あたりで)からいつものBiSHに戻るんです。アウトロで突然“春夏秋冬ゾーン”に入って、いつものBiSHに戻って終わるっていう構成が私、めちゃくちゃ好きで。メンバーにも「ここのパートは“春夏秋冬”ってタイトルが似合いそうじゃない?」って話したんですけど、アユニしか笑ってなかったです(笑)。日本人の繊細な部分が表現されているようなメロディなんですよね。

松隈 音階的にも京都っぽさあるしね。

アイナ 私の中ではそこが肝ですね。あとテレビ尺だと“春夏秋冬ゾーン”で終わるアレンジになってるんです。だからテレビ尺も大好き。

松隈 テレビって秒数が決まってるからアレンジ大変やったんよ。でも“春夏秋冬ゾーン”を残しておいてよかったよ(笑)。

アイナ よかったです!(笑)

松隈 「KiND PEOPLE」ではギターをけっこう録り直したんです。うちの佐藤カズキ(SCRAMBLES)が弾いていて、普段はプレイヤーの意図を尊重するのでそんなに口出しすることはないんですけど、今回「違う、違う」を繰り返して10テイクくらいは弾き直してもらったかな。僕は普段福岡にいるので、送られてきた音源データを聴いて「はい、違う! もう1回!」って返して、1時間後に別テイクが届いたら「これも違う!」みたいなことを繰り返して。

アイナ 大変だ……。

松隈 でもそのやり取りがあったから、アイナの言う“春夏秋冬ゾーン”も生まれたのよ。

アイナ そうなんですか? 佐藤さんに感謝です!

松隈 佐藤カズキも喜ぶよ。もっと「春夏秋冬」みたいな曲を作ろうかな。

アイナ やったー!

──疾走感もあってか、スッと聴くことができますけど、よく聴くと複雑な構成という。

松隈 まずイントロのアルペジオについては、今の世の中のサブスク映えするような取って付けたようなフレーズなので最初は嫌だったんですけど、曲がフルで完成したときに「このイントロは意味があるな」と思いました。ストレートなのが売りとは思いつつ、展開的には確かに複雑になっていて。キーが上がるタイプの転調は簡単でも元のキーに戻す流れを作るのが難しいんだよね。世の中の転調ある曲の多くが最後のサビだけキーが上がってそのまま終わっていくでしょ? でも「KiND PEOPLE」だと1番が終わったらいきなりキーが下がる。そこをカッコよく聞かせるのが難しいのでこだわりましたね。「リズム」がシンプルになっているぶん「KiND PEOPLE」は凝ってますね。

──先日の「アメトーーク!」ではBiSHドハマリ芸人が集結してものすごい熱量でBiSH愛を語っていましたけど、「ミュージックステーション」(取材時は放送前)にもBiSH芸人の方々が駆け付けて、BiSHを愛する優しい人たちの輪が広がっている印象です。現在開催中の「NEW HATEFUL KiND TOUR」がファイナルとなるNHKホールでの2DAYS公演まで続きますが、多くの清掃員(BiSHファンの呼称)はBiSHにとって心強い“KiND PEOPLE”ですね。

アイナ そうですね。まず「Mステ」は2回目の出演ということがうれしくて、1回目のときは「プロミスザスター」を歌ったんですけど、あの頃はまだその曲のキーが出るか出ないかという状況だったので、「もしあれが歌えなかったら私のせいでダメになっちゃう」という思いがよぎって、終わった瞬間に渡辺さんに抱き付いて「めっちゃ怖かったです」って泣いちゃったんですね。だからずっと冷や汗をかいていたけど、今回はそういうのではなくて、一歩大人になったBiSHで優しい人たちに感謝を込めて歌いたいなって。自分がどう見られたいか必死なんじゃなくて、どう伝わっているかを大切にしていきたいなと思っていて、それはツアーでもずっと同じ気持ちです。自分たちがどういうライブをしたいかも大事なんですけど、それを観てくれている人たちにどう伝わっているかをもっと考えてやっていきたいです、今は。

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