ひさしぶりの再会を表現
──3月にリリースされた「forgive」の配信ジャケットやリリックビデオの制作では、どんなやり取りがあったんですか?
森本 まず楽曲を聴かせていただき、そこに込めたメッセージを受け取り、感じるところから始まりました。
小林 そんなにたくさんの会話をしたわけではないですね。すぐに黒田征太郎さんの名前が挙がって、黒田さんの絵によるリリックビデオを作ることになったんです。「forgive」をアート作品として再構成するというアイデアを含めて、自然と「間違ってないな」と思える方向に進んでいきました。今は楽曲を伝える方法もいろいろあって、以前のように決まった形ではなくて。Bank Bandの動き方もそうですけど、最初からすべてを明確にする必要はなく、走りながら考えるという感じなんです。「forgive」の発展の仕方も面白かったし、スリリングでしたね。
森本 瞬時に見えてきた方向に飛び込んだ感じです。まさに「えんやこら はじまるよ 今から~♫」(「forgive」)のように、光に向かって進んで、気付いたら黒田さんが目の前で絵を描いているような………(笑)。その時点では「この絵をどうデザインに定着させるか?」ということまでは決めてませんでしたが、「forgive」のリリックビデオや「Reborn-Art Festival」で展示する作品や映像につながりました。ライブペインティングみたいな制作進行だったのかもしれないですね。Bank Bandのステージを観ていると、演奏する人同士の対話や呼応みたいなものが伝わってくるし、そこに波動が感じられて、うらやましく、尊く思います。それに近いことが私にも起きていたのかもしれないです。
──ベストアルバム「沿志奏逢 4」のアートワークについては?
小林 それも「forgive」のときと同じというか。僕や櫻井くんからは「こうしてほしい」と言ってなくて、千絵との“セッション”を続けていく中で生まれたものなんですよね。
森本 感じたことを出して、形にして、小林さん、櫻井さんが客観的に「これかな」とジャッジしてくれました。
小林 うん。このジャケットの絵、ハグしてるでしょ? ヨーロッパやアメリカの人たちもコロナ禍ではハグできないし、日本にハグの文化があるわけではないんだけど、アルバムのアートワークを見て、「今、必要なことだな」と思って。アルバムを通して、「ひさしぶりにみんなともう1回会えた」ということも表現されているし、これでよかったんじゃないかな。
沖にいるのが心地いい
──「沿志奏逢 4」の収録曲の中で、森本さんご自身が思い入れがある曲は?
森本 それぞれの曲にいろんな思いがあるんですが、やっぱり「to U」ですかね。2005年の「ap bank fes」で、この曲の歌詞を手書きしたTシャツを作らせていただき、そこからこの曲と寄り添ってデザイン人生が始まったところもあるので。その後、いろんなことがありましたけど、何かあるたびに「to U」に立ち戻っている気がします。
──「to U」はBank Bandにとっても原点と言える楽曲ですよね。
小林 はい。この前のインタビューでも少し話したけど、「頑張らなくてもいいよ」「あわてなくてもいいよ」という歌詞に救われたと言ってくれる人がすごく多いんです。ap bankに関わっている人たちは、未来のことを考えてがんばっていて。気候変動の問題にしても、「もう時間がない」という危機感があるじゃないですか。そういう状況の中で「頑張らなくてもいいよ」「あわてなくてもいいよ」という言葉に救われる人がいるというのは、すごく大事なことじゃないかなって。「to U」をリリースしたのは2006年で、今聴くと「自分以外の誰かのために」という思いが櫻井くんの中にあったんだと思いますね。“誰か”というのは人間だけじゃなくて、動物や自然も含まれるんだけど、そこには自己と他者のつながりがあって。
──まさに“利他”の感覚ですよね。
小林 そうですね。15年経って、「to U」がさらに実ったというか、「沿志奏逢 4」でも中心にある気がします。なんて言うか、若い世代の活動家が「上の世代は自分たちのことを何も考えてない」と非難することがあるけど、そうやって攻撃するだけでは何も変わらないと思うんです。新しい動きがあれば、そこから取り残される人も出てくるし、その人たちの身になって、差を埋めて作業も続けていかないと。
──ap bankやBank Bandの役割でもありますね、それは。
小林 はい。「ワン・バイ・ワン・プラス」のときにも話したんですけど、車を運転してるとき、右折する前に、ちょっとだけ逆にハンドルを切ったほうがスムーズに曲がれることがあって。環境の問題にしても、そういう感覚が大事じゃないかなと。
森本 ap bankも2008年に「環境と欲望」というテーマを掲げたこともありましたね。あと、放送作家の倉本美津留さんと「ネオコラ!~東京環境会議~」というテレビ番組にも関わらせてもらいました。笑いながら、うっかり環境問題を伝えるという内容でした。
小林 あったね(笑)。
森本 そうやって行ったり来たりするのも大事なんだと思います。例えば環境問題をテーマにデザインするときも、「それはどうなの?」という立場の方からはどう見えるか、「そんなことに興味がない」「どうでもいい」と思っている人からはどう映るのか?も考えることが大事だと思うんです。
──この秋には「ap bank fes '21」の無観客での開催も予定されています。「ap bank fes」の未来について、現時点ではどんなビジョンを持っていますか?
小林 今年の3月11日に放送された「音楽の日」(TBS系)で、石巻の「White Deer(Oshika)」(「Reborn-Art Festival」の象徴として、石巻市荻浜に展示されている白い鹿のオブジェ)の前で櫻井くんと2人で演奏したんですよ。でこぼこの土の上にキーボードを1台置いてパフォーマンスしたんですけど、それが1つのヒントになってますね。櫻井くんも「『ap bank fes』でやってきたことの延長だった」みたいなことを言っていたし、祝祭的な場ではなく、メッセージが響く場所になったという実感があって。「ワン・バイ・ワン・プラス」もそうですけど、さらに化学反応を起こせる場を作っていけたらいいなと思ってます。これから力を入れようと思っているのは、ひとり親の支援ですね。
森本 「spoon」(ひとり親とその子供たちを食で支援するプロジェクト)ですね。
小林 コロナ禍になって格差の広がりが問題になってるけど、一番影響を受けているのがシングルマザーの方々だと思っていて。日本人は我慢強いし、自己責任論も強いですが、自己責任だけではどうにもならないので。数年間は腰を据えてやりたいと思っています。
森本 そうやって言葉にするということは、もう動き出しているんですよね。さっきも言いましたけど、小林さんは同じところにいなくて、常に動いていて。私も一緒に沖の上にいるような感覚なんです。次はどうなるかわからないけど、それが心地いいんですよね。
ライブ情報
- ap bank fes '21 online in KURKKU FIELDS
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- 配信日時:2021年10月3日(日)15:30~18:30
- ap bank fes '21 online in KURKKU FIELDS 特別版(※Bank Band with Great Artistsライブアーカイブ+追加スペシャルライブ)
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- 配信日時:2021年10月10日(日)19:00~10月17日(日)23:59
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- <出演者> Bank Band with Great Artists Great Artists: KAN / Salyu / MISIA / 宮本浩次 / milet Bank Band: 小林武史(Key) / 櫻井和寿(Vo, G) / 小倉博和(G) / 亀田誠治(B) / 河村“カースケ”智康(Dr) / 沖祥子(Violin) / 小田原 ODY 友洋(Cho)
- Bank Band(バンクバンド)
- 小林武史とMr.Childrenの櫻井和寿、坂本龍一によって設立された非営利組織「ap bank」の可能性を広げるため、小林と櫻井が結成したバンド。2004年1月に初のライブを開催し、同年10月にはカバーアルバム「沿志奏逢」を発表した。2006年7月にSalyuをボーカルにフィーチャーしたシングル「to U」をリリース。2008年1月には2枚目となるカバー集「沿志奏逢 2」、2010年6月に「沿志奏逢 3」を発表し、2021年9月には初のベストアルバム「沿志奏逢 4」をリリースした。
- 森本千絵(モリモトチエ)
- 1976年、青森県三沢市生まれのアートディレクター。2007年に「出会いを発見する。夢をカタチにし、人をつなげる」をモットーにデザイン集団・goen°を立ち上げた。これまでにMr.Children、Bank Band、松任谷由実、Official髭男dismなど多数のアーティストのアートワークを担当し、2021年9月リリースされたBank Bandのベストアルバム「沿志奏逢 4」のジャケットも手がけている。