絢香「Wonder!」全曲解説|もうすぐデビュー20周年、いつまでも音楽に夢中でいられる理由

絢香が通算8枚目となるオリジナルアルバム「Wonder!」をリリースした。

2006年2月のデビューから、来年で20周年を迎える絢香。その節目を前に届けられた「Wonder!」は、彼女がこれまでの歩みの中で培った表現力と、音楽に対する変わらぬ愛情を感じられる1枚だ。収録曲のジャンルはポップス、R&B、ジャズ、ゴスペル、ファンクと実にさまざまで、彩り豊かな作品に仕上がった。

音楽ナタリーでは、絢香本人による「Wonder!」全曲解説インタビューを企画。「デビュー後の数年間はとにかくがむしゃらになっていた」「今は音楽をもっと自由に、心から楽しんでいいんだと思える」という彼女に、今だからこそ生み出せたという楽曲たちについて語ってもらった。

取材・文 / 廿楽玲子

がむしゃらだったあの頃、大切な“根っこ”が残った今

──絢香さんは現在、東京とニュージーランドを行き来する暮らしをされていると伺いました。

この生活スタイルも4年ほど経ち、今ではすっかりニュージーランドも自然体でいられる大切なホームになりました。私にとって環境を変えることはとても大事なことで、心がまったく違う方向に開いていくような感覚があります。

──前のアルバム「Funtale」(2023年6月発表)はニュージーランドで制作されたそうですが、今作「Wonder!」も同じくニュージーランドで制作を?

そうなんです。ニュージーランドにいると心がオープンになって、音楽を作りたいという欲求も高まる気がします。特に今回は、来年2月1日から始まるデビュー20周年の節目を前にリリースするアルバムだという意識がありました。20年間で培ってきたものを大切にしながら、自分の中の“好き”とか“楽しい”という感覚をまっすぐ信じて、思いっきり音楽に夢中になって、自由に遊ぶように作りたいと思っていました。

絢香

──絢香さんにとって音楽はずっと変わらず夢中になれるものですか?

10代の頃に「歌うってなんて楽しいんだろう」と感じた思いはずっと変わらずにあります。でも周囲の環境は大きく変わっていくので、振り返ってみると、デビュー後の数年間はとにかくがんばらなきゃっていう思いで、がむしゃらになっていたことを思い出します。今となってはそういうのが全部取れて、音楽はもっと自由に、心から楽しんでいいんだと思える。今が一番歌っていて楽しいし、音楽がナチュラルに自分の一部としてあることがとってもうれしいことだと感じています。

──そう思えるようになった背景には、どんなことがあったのでしょうか。

自分が想像していたよりもずっと濃い20年だったので、音楽を通して学んだことはもちろん、いろんな人たちとの出会いがあったり、結婚して母親になったり……さまざまなことが起きる中で、自分が本当に大切にしたいものに目を向けるようになったことが一番の変化だと思います。デビュー当初はあれこれ気にしたり、誰かと自分を比べたりすることもあったけど、この20年間は、そうした必要のないものを削ぎ落としてきた時間でもありました。今は、歌にときめいた根っこの部分は変わらずに、その周りにあったものがどんどん削られて、本当に必要な、大切な層だけがしっかりと残っているような感覚です。

「Wonder!」全曲解説

01. Wonder!

──ではここからアルバム収録曲について1曲ずつお話を伺います。オープニングを飾るのはアルバムタイトルにもなった「Wonder!」です。

今回のアルバムの中でも早い段階で生まれた曲です。これがコンセプトになるという予感がして、ここからどんどんほかの曲も生まれていきました。作ってからしばらく経った今、特に好きだなと思えるのが「教科書に無い事は色褪せることは無い 信じ抜く私は最高の上級生」というフレーズ。大人になって思うのは、人生って、教科書やマニュアルにないことの方がずっと多いんだなということ。そして、心が震えるような体験や、夢中になれることは何年経っても色褪せなくて、自分の中に宿る真実になっていく。そんなときめきのカケラを日常の中で見つけられたら、未来は奇跡のように輝いていく……そんなふうに感じられる最高にポジティブな曲にしたかったんです。

──スキップしながら駆け出すようなサウンドが心を明るくしてくれます。

サウンド面では自分のルーツでもある、大好きなゴスペルの要素を入れています。私もコーラスに加わったんですけど、やっぱり声を重ねるのってすごく楽しくて、そのワクワクした空気感がしっかり音に出ていると思います。さらにアウトロで「Wonder!」と掛け合うパートには、私の子供たち2人の声も重ねてもらいました。レコーディングも終わって最後の作業の際に何かが足りないと思って。子供の声が入ることで「完成!」ってしっくりきました。曲の最後にはこっそり隠し録りした2人の笑い声も入れています。子供ならではのピュアなエネルギーが入ったことで、“ワンダーボックス”を開けたらいろんなものが飛び出してくるような、ワクワクが詰まった曲になりました。

02. You're where I wanna go

──「You're where I wanna go」は「Wonder!」から曲調がガラッと変わり、大人っぽいファンキーなナンバーです。

この曲は、歳を重ねて昔よりも軽やかでタフになった、今の私の愛し方がテーマになっています。ちょっと皮肉も混じったリアルな感情を描いていて、世の中に漂ういら立ちやモヤモヤも全部ひっくるめて愛せたら、世界の見え方が変わるんじゃないかなという思いを込めて。

──ちょっと攻めたというか、新しいモードに入った感じがありますね。

サウンドもすごく気に入ってます! 気持ちのいいグルーヴ。「Wonder!」と同じメンバーでサビのパートはみんなで歌っているので、ライブでどうなるか……楽しみです!

「Funtale Tour 2023」より。

「Funtale Tour 2023」より。

03. アソブココロ

今回のアルバム制作はこの曲から始まりました。“遊ぶ心”というタイトルの通り、思いっきり楽しんで作ろうと決めて取りかかりました。経験を積む中でいつの間にかできていた「こうじゃないといけない」とか「だいたいこうだよね」みたいな曲作りのルールを1回全部取っ払って、いかに自由に、心の赴くままに作れるかを意識して。

──その結果、どんな手応えを感じましたか?

わあ、なんかすっごい楽しいのできちゃった!って(笑)。河野圭さんにアレンジをお願いしたときに「アレンジするのめっちゃ楽しみ!」と言ってくださったのもすごくうれしかった。「正しさ」からふと身を離して、心のままに楽しむというのがテーマ。メロディの展開が次々と変わって、サウンドも打ち込みから生の楽器に流れていく、まるでジェットコースターに乗っているような、そんな感覚を楽しんでもらえると思います。

04. Versailles - ベルサイユ -
11. Versailles - ベルサイユ - Piano version

「Versailles - ベルサイユ -」は劇場アニメ「ベルサイユのばら」のテーマソングとして、作品へのリスペクトを込めて書き下ろしました。誰かを深く思う気持ちや、理不尽な運命に対して抗う強さ、自分らしく生きたいという思いは、時代が変わっても通じるものだと思います。だから冒頭の「愛だけは、自由だけは守りたい」という叫びは、今を生きる誰かの心にも届いてほしいと思って書きました。

──「革命」や「真紅の薔薇」など、普段使わない言葉を入れる難しさもあったのではないでしょうか?

そうですね。こうした機会がないと生まれない曲でもあるので、「ベルサイユのばら」の世界に入り込んで作るのはとてもいい経験になりました。とことん作品に寄り添って作った曲なので、原作ファンの皆さんにも喜んでいただけて、心からうれしく思います。

──アルバムにはピアニストの菊池亮太さんと共演したピアノバージョンも収録されています。

去年のディナーライブ「絢香 Premium Dinner Live 2024 Winter」で披露したピアノ1本で歌うバージョンが好評で、ライブに来られなかったファンの方からも聴きたいというリクエストをいただいたので、今回収録することにしました。オリジナルのアレンジとは違った世界観で、シンプルだからこそ曲の持つ強さがまっすぐに伝わるバージョンになっています。

05. Dreaming

この曲が生まれたのはとても静かな夜でした。表面的には何も起きていないようなときでも、心の中ではいろんな思いや感情が揺れ動いている。そういう「静けさの中にある揺れ」に気付いたときに、自分の内側に潜っていくと、自分の中に漂っている声にならない思いや、夢みたいなものが見えてくる。それをすくい上げて音にしました。

──サウンドプロデュースはKan Sanoさん。浮遊感のある、ちょっと不思議な曲調です。

夢なのか現実なのか、その狭間を漂う雰囲気を出したくて、Kanさんにいろいろオーダーさせてもらったんですが、絶妙な世界観に仕上がりましたね。浮遊感を出すためにコーラスもたくさん重ねています。アルバムの中でいいアクセントになってくれました。

「Funtale Tour 2023」より。

「Funtale Tour 2023」より。

06. ひまわりの帰り道

日常の中にある忘れたくない風景を描いた曲です。懐かしい雰囲気のメロディが出てきて、すーっと呼ばれるようにできた曲。夕焼けの中を親子で並んで歩く足取りや笑い声、そのすべてが愛おしくて、そこにある優しさや温もりが自分の中の深いところをふっと動かす。そんな瞬間は、きっとみんなそれぞれにあると思います。

──今この瞬間の幸せをリアルに描きながら、その幸せがやがて過去になるという切なさも内包しています。

その切なさは、大人になればなるほど強く感じるものかもしれません。子供がどんどん成長していく姿や、親が歳をとっていく姿に時間の流れを感じて、センチメンタルになる瞬間がある。でも、切なくなるほど幸せな瞬間を重ねてこられたのは、とても素敵なこと。過ぎ去ってしまったけど、でも確かにあった幸せな時間がこの曲に息付いているので、誰もが心の奥に持っている大切な記憶とつながれたらいいなと思います。