杏沙子「LIFE SHOES」インタビュー|「これが私」ゴミ箱から引っ張り出された新生・杏沙子のラブソング (2/2)

ここまでおバカになれたことがない、ポップでハッピーな曲

──2曲目の「ピスタチオ」は杏沙子さんの新規軸と言える楽曲ですね。今までにないアメリカンな開放感があって、ラップにも挑戦されています。

私はサウンド面ではけっこう守りに入ってしまうタイプなんですけど、やったことがないことに飛び込んでみた曲です。脱いだのか、新しい服を着たのかわからないですけど、そういう感覚で作りましたね。

──一旦脱がないと着れない服を着たみたいな。

確かに曲の中でここまでおバカになれたことがなくて、そういう意味では一旦脱いでるかもしれないですね(笑)。ポップでハッピーな曲はインディーズの初期にやってきたんですけど、この曲は自分の中ではまったく新しい色のもので。私の音楽のルーツである歌謡曲やJ-POPから外れすぎず、アメリカのポップスやK-POP的な雰囲気をうまく絡められたと思っています。同じラインの曲をもっと作っていきたいです。

杏沙子

──3曲目の「Mirror」も、これまでの作品には出てこなかった雰囲気のメロディが新鮮です。

この曲もハッピーな恋愛ソングと思われる部分が多いと思うんですけど、一番は女の子の葛藤を書きたかったんです。「こんな自分はあの人と釣り合わない」とか、歳を取れば取るほど、恋をしたときに素直に喜べなくなっているなって。うれしい反面すごく不安だったり、そういう恋の二面性を書きたくて作った曲ですね。

──前半3曲は新しいサウンドアプローチで意外な魅力がたくさん出ていた一方、「ともだちに戻るよ」は「見る目ないなぁ」と地続きとも言える、リスナーへの共感性が高い楽曲だと感じました。ラブソングの名手としてコツをつかんだ印象を受けたのですが。

そう言っていただけてうれしいです。確かにこの曲は「見る目ないなぁ」とか「女の子にしてよ」みたいに、自分がリアルに感じたことがある気持ちを混ぜながら物語を紡いでいく書き方をしています。

──「見る目ないなぁ」のヒットによって杏沙子さんのラブソングを欲するリスナーは増えてくると思うのですが、書き手としてはバリエーションを考えると大変ですよね。実体験のみでは量産し続けることは難しいでしょうし。

「見る目ないなぁ」は実体験から作りましたけど、サンプルが1個だけでは曲は書けないので、自分が経験したことのない気持ちでも、それを自分に起きたことのように想像する力をこの1年で光さんと養いました。想像だけじゃなくて想像のその先に行ってしまうみたいな。この力の集大成が「ともだちに戻るよ」だと思います。

──今後はほかのアーティストから「ラブソングを書いてほしい」と、作家としての依頼もありそうな予感がします。

物語を書くことは好きなんですけど、杏沙子の曲じゃなくて、聴いてくれる人が自分の曲として聴いてほしいし、カバーしてくれる人も自分の曲として歌ってくれたほうがうれしいんです。だから私は作家気質なのかなって。

──自分が歌うことを前提にしていては書けないような曲が生まれるかもしれませんしね。

そうですね。オファーがあるならぜひ書いてみたいです。

杏沙子
杏沙子
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想像の先に行く会議

──「負けたんだ」は弾き語りでも充分成立する曲なのかなと思いますが、細かく作り込まれたサウンドのインパクトがすごいです。

この曲では光さんと「すごく大切な人が別の人のところに行ってしまう」というストーリーを書きたいね、と想像の先に行く会議をしたんです。話し合っているうちに私自身がついさっき振られたような気持ちになってしまって(笑)。号泣しながら「『負けたんだ』って思うと思います」と言ったら、光さんが「それだね」と言って作り始めた曲でした(笑)。

──難しい言葉を使わず、シンプルに研ぎ澄まされた歌詞ですよね。

そうですね。鋭利な刃物を作るように研ぎ澄ましていった曲でした。

杏沙子

──「好きって」はコーラスやリバーブなどのサウンド面での装飾がメインである歌を際立たせている印象で、「好き」という言葉がちゃんと届くアレンジになっているなと思いました。

実はこの曲が今回の作品の中では一番古い曲で、インディーズのときに書いた曲を光さんがリアレンジしてくれたものなんです。おっしゃっていただいたように言葉がちゃんと届く音楽にしたくて、レコーディングでは歌を何回も録り直しました。

──どう聴かせていくか、石崎さんと綿密に話し合いながら?

そうですね。今作はこれまでのアルバムと比べたら音数がすごく少なくなっていると思います。それは光さんが私の言葉と声を第一に考えてくれたことで。ごまかさないというか、声1本で勝負しようという覚悟を持って取り組んでくださったのがうれしかったです。

「杏沙子じゃなきゃダメだ」って言われる音楽を

──今作はラブソングに特化した印象があったのですが、「眩しい」だけラブのニュアンスが違う気がしました。

まさにそうです! この曲は男女のラブよりもう少し広い愛というか、恋人以外に友達や家族にも当てはまるような愛を書きたいというところが出発点でした。確かに「眩しい」も形は違えどラブを歌っていますし、ラブソングばっかりな作品になってますね。全然そんなつもりじゃなかったんですけど(笑)。

杏沙子

──全8曲を完成させての手応えとしてはどうですか? うまく脱げた感覚はある?

1年かけて作った作品ですけど、正直この8曲で限界でした。それくらい1曲1曲、濃密な時間をかけて脱げたと思います。実は、「ノーメイク、ストーリー」を出したあとくらいから「自分にしか書けないものってなんだろう」と悩んでいた時期があって。そんな中、光さんは初対面のときから「なんとなく杏沙子を選ぶのではなくて、『杏沙子じゃなきゃダメだ』って言われる音楽を作ろう」と言ってくださって、もともとあった自分をゴミ箱から引っ張ってきて教えてくれたんです。この経験が「自分、まだいけるんだ」っていう自信になった気がします。

──今後はどういう音楽を作っていきたいですか?

自分を掘ることがもともと好きなタイプの人間なので、恋愛以外でもよくわからない感情が出てきたら掘って分析して曲にしたいなと思います。最近では友達の話を聞いていても、その友達を掘りたくなっちゃうことが増えてきて(笑)。

──お友達も「ゴミ箱を漁られる!」という危機感を覚えているかもしれないですね(笑)。

友達にはいつも申し訳ないなって思いながら、つい話し込んじゃいます(笑)。あとは「ともだちに戻るよ」の反響を受けて新しいアイデアが生まれそうなので、皆さんからの声がとても楽しみですね。

杏沙子

ライブ情報

ASAKO ONEMAN LIVE 2022「LIFE SHOES LIVE」

  • 2022年3月5日(土)大阪府 umeda TRAD
  • 2022年3月21日(月・祝)東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE

プロフィール

杏沙子(アサコ)

1994年生まれ、鳥取県出身のシンガー。大学時代に音楽活動を開始し、2016年に初のオリジナル曲「道」を含むインディーズ1stシングル「道」を発表する。2016年7月に公開した「アップルティー」のミュージックビデオが中高生の間で話題を集め、YouTube公式チャンネルにて850万回再生を突破。2018年7月にミニアルバム「花火の魔法」でメジャーデビューを果たす。2019年2月に1stアルバム「フェルマータ」を発表、8月にABCテレビのドラマ「ランウェイ24」の主題歌として書き下ろした「ファーストフライト」をシングルリリース。2020年7月に2ndアルバム「ノーメイク、ストーリー」を発表した。2022年3月にミニアルバム「LIFE SHOES」をリリース。同月に東京、大阪でワンマンライブを行う。