杏沙子|そこにある感情をそのままに 2020年のノーメイクモード

あふれ出る思いを形にしたい

──7曲目の「交点」は幕須さんが作詞、作曲、編曲とすべてを手がけています。曲調はこれまでになく大人な雰囲気があり、かと思えば組曲のような展開があり。すごい曲ですよね。

杏沙子

幕須さんの書く曲がすごく好きだから毎回1曲は歌いたいという気持ちがあり、今回も入れさせてもらいました。自由に書いてもらいたいなと思って「こういう曲が欲しい」ということは一切言わずにお任せしたら、届いたのがこの曲で。もう度肝を抜かれたというか……大きな曲ですよね。「杏沙子さんにしか歌えないと思う曲を、僕は書きました」とおっしゃっていました。

──ハードル高めのパスを渡された感じ?

はい。「自分に歌えるのかな」と恐れおののいてました(笑)。今でも「歌い切ってやったぞ」とは思っていなくて。レコーディングしているときから、この曲はずっと未完成なんだろうなという感覚がありました。自分と一緒に成長していく曲をいただいたなって。

──このあたり、アルバム後半の流れがすごくディープなんですよね。「交点」に続く「東京一時停止ボタン」も。この曲には地方出身者から見た東京が生々しく描かれていて。しかも、杏沙子さん自身のことではないそうですが、すごく個人的なストーリーや心情がけっこうな熱量で詰め込まれていますよね。

これは完全に個人の話ですね。友達の話なんです。近い存在の友達なんですけど、キラキラと輝いていた彼女の夢が奪われた瞬間を目の当たりにして「曲にしなくちゃ」って。歌詞にはその子が当時言っていた言葉がたくさん入っています。実はこの曲が今回のアルバムの中で一番古くて、デビューの年には作っていたんです。これも「見る目ないなぁ」と一緒で、ノンフィクションすぎるから当時歌いたかった曲からはズレている部分があってお蔵入りにしていたんですけど、今まさに歌いたい曲だなと思って引っ張り出してきました。

──友人の個人的なストーリーとはいえ、杏沙子さん自身も今、東京で戦っている最中ですよね。

そうですね。曲を書いたときは彼女の曲だと思っていたんですけど、曲がどんどん自分に近付いてきているような感覚はあります。彼女が言っていた言葉が今、自分の言葉のようにめちゃくちゃ響くんです。うん、すごく戦っていますね。東京はサバイバルですよね、本当に。「気を抜けないな」と思います。

──恋人の突然の別れを歌う「ジェットコースター」も重い曲と言えますが、湿っぽいことを湿っぽくさせない男気のようなものを感じます。これは杏沙子さんの性分?

性分……どうなんでしょうね(笑)。この曲も実話で、友達の話なんです。結婚目前で彼と別れてしまった友達の話を聞いているうちに、彼女の心の中はこうなっていたんだろうなと。心の中にある気持ちを歌いたいなと思っていたら、このような感じになりました。やけっぱちだけど絶対前進してやるんだと、女性にはそういう強気な部分があるからこそ切ないっていうことを書きたかったんです。あふれ出る思いを形にしたいと思いながら書いたら、やっぱりめまぐるしい曲になりました(笑)。

杏沙子

ノーメイクモード

──アルバム後半の収録曲は直情的で、前作から変わった部分が如実に表れているように感じます。昔に書いた曲を今形にできた、みたいなことを含めても、変化がハッキリと見て取れる。今後、自分がもっとむき出しになっていきそうな感覚はありますか?

そこがすごく、自分でも楽しみで。アルバムを作り終えた今もノーメイクモードというか、自分が感じたそのままを書きたいなと思いながら実際に新しい曲を書き始めていたりするんですけど……自分さえ気付かない本当の気持ちってあるよなっていうのが、今すごく面白いんです。「あのとき、なんで自分は怒ったんだろう?」と掘り下げていくと、そこに悲しさを見つけたりする。掘り下げないとわからない本当の気持ちを歌にするために、より奥に入っていきたいというか。そういうモードになっていますけど、1つの曲を物語に昇華するという部分だけは変わらないだろうなとも思います。

──そして、アルバムの締めくくりとして収録されているのが、シングルでもリリースされた「ファーストフライト」です。

この曲が私を変えてくれたと言っても過言ではないというか。初めて自分をむき出しにした、それこそロックな曲なので、すごく大切です。ドラマの主題歌のお話をいただいたことをきっかけに完成した曲だけど、時間が経つごとにこれほど自分の奥に刺さる曲になるとは思っていなかった。ドラマの内容が自分とリンクする、ありがたいコラボレーションだったんですね。この曲がある限り、ちゃんと前を見て進めるんだろうなと……今回のアルバムを作るうえでの先駆けにもなった大切な曲なので、最後に入れました。

──7月にはアルバムリリース記念のワンマンも予定されていますが……現状どうなるかという、もどかしいところですね。

そうなんです。ライブは常にしたいんですけど、今はこのアルバムのライブをやりたいという気持ちがすごく強いので、とてももどかしいですね。

──人前で発露することで曲の持つ意味が変わっていく部分もあるでしょうしね。

そうですね。みんなに向けて歌うことで聞こえ方が変わったり、曲のあり方が変わるということはよくあるので、早く歌いたいです。でも何より、このアルバムは今までの作品から……方向転換って言ったらあれですけど、自分の歌いたいことが変わった作品なので、今まで私の曲を聴いてくれているファンの方にどう届くのかが楽しみですね。「これが私です」と心から言えるアルバムができたと思っているので。めっちゃ清々しいです、今。

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