ナタリー PowerPush - ART-SCHOOL

木下理樹が抱える葛藤と希望

イノセントな季節は25歳で終わった

──ART-SCHOOLの歌詞のテーマで大きなモチーフが、例えば今作で歌われている「Dead 1970」だと思うんです。オトナになること、オトナになって子供の頃の純粋さを失っていくことへの嘆き、恐れ。そういうことを歌うことと、アーティストとして成長していきたいという気持ちはどう折り合いをつけてますか。

うーん……失ってしまったことへの嘆き、痛み……を歌うことで、これを聴く若いリスナーはその感情を忘れないでね、という。

──なるほど。ご自分はどうなんですか?

僕自身のイノセントな季節っていうのは、もう過ぎ去ってしまっているから。それはカッコいい表現しちゃうと、淡い思い出、みたいなもの。ノスタルジアというか、メランコリックな。……だから、余計に思うのかもしれないですね。そういうことを伝えなきゃダメだって。

木下理樹

──なるほど、理樹くんのイノセントな季節って、いつ終わったんですか?

そうですねえ……25歳ぐらい……。

──バンドでデビューしてからってことですね。

はい……1回バンドがストップして。2003年ぐらいに初期メンバーが脱退したんですけど。ちょうど僕が24歳、もうすぐ25歳になるときで。なんかそのときに、守りたかったイノセントな部分を失くしてしまったんだなって思いました。でも失くしたからこそ、大切だって思える。

──失くして初めて大切さがわかった。

そうですね……。純粋な思いとか子供みたいな気持ちとか、オトナになっていく過程で普通は忘れていくものだから……。だから、失くさないでねっていうのはありますけどね。

──さっきノスタルジーという言い方をしてましたけど、25歳で自分のイノセントな部分を失くしてからの自分の表現は、ある種ノスタルジーであるという感覚があるわけですか?

ノスタルジーというよりは、それを境に歌詞の世界が変わったかもしれないです。オトナになることへの恐れとか。汚れてしまうことへの恐れが、それまではすごく強かったんですけど、それ以降はけっこう混沌とした精神状態を歌うようになっていきましたね。

──今はどうなんですか?

今はもう1周して逆にピュアになったような気がしますね。フフフ(笑)。

「そういう生き方をしなくていいんだよ」

──理樹くんは歌詞の中で、汚濁にまみれた中に光るきれいなもの、という言い方をよくしますね。

うん、そうですね。僕は常にアウトサイダーの視点に立っていたいというか。そういう視点じゃないと、弱い人たちのところまで届かないんじゃないかなと思う。僕は小中高と、社会との接点がなかったんですよ。家族との会話もなく、音楽とか映画とか本がすべてだったから。それを助けてくれたのが、アウトサイダー的な視点をもったアーティストだったんです。

──「アウトサイダー」とは、何に対するアウトサイダーですか?

なんだろう……「そういう生き方をしなくていいんだよ」っていう。

──社会が敷いたレールの上を歩くようなということですか?

そうですね。僕は中島らもさんの小説を読んで、すごく救われたんですよ。こんなオトナいるんだって。こんな生き方してもいいんだって。あと、グランジ聴いたときもそう思った。メロディがすごくスイートに聞こえたんですよ。ALICE IN CHAINSでさえ。デビューしたての頃のマニックス(MANIC STREET PREACHERS)とかね。こんな僕にシェルター(隠れ家)を与えてくれた。その経験が強く残ってるから、今でもこういう音楽をやっていると思う。歌詞もこういう表現になっていくんだろうなと。

──迷っている子たちへの救いになってくれれば。

そういう使命感はぜんぜんないですけど、「そうじゃなくてもいいんだよ」って。自分らしく生きればいい、それがどんなにダメな生き方でもね、ということは伝えたい。「此処がHell Placeでもいいんだよ」っていう。そういうことを歌っていきたい。

──「Helpless」の歌詞の一節ですね。

そう、この世の中は地獄だよって。でもそれでもいいじゃんて。ひねくれているわけじゃなくてね。

夢も見れないようじゃ生きていてもしょうがない

──あとART-SCHOOLの曲って、別れとか、破局とか、堕落とか、“喪失”をテーマにした歌詞が多い印象があります。野暮なことをお聞きしますが、幸せな気持ちとか、喜びに満たされた感情とか、そういうものを歌いたいという気持ちはないんですか?

それはね……たまに道歩いてるときとか、めちゃくちゃ葛藤するんですよ。すごく幸せな歌詞を書きたい、って。そう思ってもぜんぜん出てこないんですよ(笑)。なんで出てこないんだろうと思ってイアン・カーティス(英国のポストパンクバンドJOY DIVISIONのボーカリスト。1980年に自殺)の伝記とか読むと、やっぱりこれがぴったりハマるなあ、と思って……出てこないんですよ、幸せな歌詞が。だからこういう歌詞になるのかなって思いますね。

──「フローズン ガール」は、幸せだった頃の記憶を1人でたどっているという歌ですね。

記憶って僕の中では「永遠」というか、とても大事なことなんです。それは過ぎ去ったことなんだけど、実は「永遠」でもあるんじゃないか。例えば、昔ロックが好きだって気付いた瞬間で世界は止まったままなんですよ、僕の記憶では。ある意味それはネガティブなことではないのかもしれない。「フローズン ガール」も、思い出している記憶は「永遠」なんですよ。

木下理樹

──なるほど。

それにね、決して幸せな気分の曲じゃないかもしれないけど、この曲を聴いて幸せな気持ちになる人もいると思うんですよ。フフフ(笑)。

──わかります。胸がキュンとなる感じ。

うん、そうそう。

──アルバムタイトルの「The Alchemist」は、「The Night is Young」の歌詞に出てくる言葉ですが、どんなニュアンスが込められているんでしょうか?

これはパウロ・コエーリョって人が書いた「アルケミスト」って小説からとりました。羊飼いの少年が主人公で、夢を追いかけて旅をするという話なんです。途中でいろんな苦境にさらされたり、夢をなくしていく人たちに出会いながらも、夢を見つけていく、というストーリーで。これは今のロックシーンに当てはまることだなあと思って。今は景気の悪い話しか聞かないけど、その中でも夢なんかいくらでも見れる。夢も見れないようじゃ生きていてもしょうがない。あきらめてただ生きていることほど苦痛なことはないですよ。そういうロマンを僕は伝えたい。たとえ暗い歌詞であってもね。

──暗かろうがネガティブだろうが楽しいんだよね。歌ってても聴いてても。

うん。

──そこにはある種のカタルシスもあるし、ロマンもあるし。

そう。ほんと、そうですね。今回のジャケットに写っている子がいるじゃないですか。こういう子たちに聴いてほしいんですよ。

──このジャケットの少年は木下理樹本人なのかと思っていたら、違うんですね。

これは中野敬久くんという長い付き合いのカメラマンが、グラスゴーに留学してた頃に撮った写真なんです。たまたま撮った、路上でたむろしてる少年。

──生きていくのにしんどそうな子たち。

うん。僕たちの音楽はそういう子たちにこそ聴いてもらいたいですね。

5000枚限定ミニアルバム「The Alchemist」 / 2013年3月13日発売 / 1800円 / Ki/oon Music / KSCL-2199
「The Alchemist」
収録曲
  1. Helpless
  2. フローズン ガール
  3. The Night is Young
  4. Dead 1970
  5. 光の無い部屋
  6. Heart Beat
ART-SCHOOL(あーとすくーる)

ART-SCHOOL

2001年に木下理樹(Vo, G)を中心に結成されたギターロックバンド。同年9月にインディーズレーベルからリリースした1stアルバム「SONIC DEAD KIDS」が好評を博す。その後もライブとリリースを重ね、2002年10月にシングル「DIVA」でメジャーデビュー。2003年12月に大山純(G)と日向秀和(B)が脱退し、翌年3月に戸高賢史(G)、宇野剛史(B)が加入する。2007年2月発売のアルバム「Flora」がロングヒットを記録したほか、2008年には初のベスト盤「Ghosts & Angels」をリリース。2009年5月、結成当初からのメンバーであった桜井雄一(Dr)が脱退したため、鈴木浩之(Dr)を新メンバーとして迎えた。2011年12月に宇野と鈴木が脱退し、バンドは木下と戸高の2人体制となる。2012年5月、所属レーベルをKi/oon Musicへ移籍し、8月にアルバム「BABY ACID BABY」を発表。2013年3月にROVOの益子樹をエンジニアに迎えたミニアルバム「The Alchemist」をリリースした。