ソングライター / プレイヤー有安杏果ができるまで
──初のソロライブはやってみてどうでしたか?
小学生の頃、EXILEさんのキッズダンサーとしてアリーナツアーを回らせていただいたとき、最終日が横浜アリーナだったんです。それもあって、小学校の卒業アルバムに私は「いつかマイクを持って横浜アリーナのステージの真ん中に立って歌いたいです」と書いていて。そのときの夢が叶ったというストーリーもありました。だから、終わったときはホッとしましたし、うれしかったけど、まだまだ足りないなって感じでした。反省点がいっぱい出てきて、そこから今の自分がやりたい音楽につながっている気がします。
──その横浜アリーナ公演ではソロデビュー曲の「feel a heartbeat」をエレキギターで演奏していましたが、ギターを演奏するようになったきっかけは?
「feel a heartbeat」は、憧れていたSuperflyさんのメンバーだった多保孝一さんに声をかけさせていただいたんです。最初は多保さんに曲を作ってもらって、私が歌詞を書こうと思ってお願いしたんですけれど、「一緒に作ろうよ」と言ってくださって。当時ももクロで「坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT」(フジテレビNEXT)という音楽番組をやっていたので、そこで弾いていた緑色のエレアコは持っていたんです。まったく音楽知識のないまま、エレアコを持って多保さんのスタジオに行ったら、多保さんがホワイトボードを出して「ダイアトニックコードとは」と音楽の授業みたいなことを始めてくれて。あのとき教わったことは、今はわかりますけど、当時の私には難しすぎました(笑)。今振り返れば、あれは多保さんの愛だったなと思います。
──作曲を習うには、最高の先生ですもんね?
本当にそうです。多保さんは基礎から教えてギターで一緒に曲を作ろうと考えてらっしゃったと思うんですけど、私はちんぷんかんぷんで、最初の日は結局曲を作るところまで行けなくて。スタッフさんと相談して「このスピードだと横浜アリーナのライブには間に合わないから、次のセッションからは曲作りにフォーカスしよう」と。授業はすっ飛ばして、次からは多保さんがなんとか私からメロディを引き出そうと導いてくださったんです。ギターで弾けるよう簡単なコードで曲を作ってくださって。多保さんからは「絶対ギターを持ってステージに立った方がいいよ」とレスポール・ジュニアもいただきました。最初のライブでは「feel a heartbeat」を弾くのが精一杯で。しかもBメロとかキメとか、難しいところはクラップで逃げてました(笑)。
──2017年のソロライブツアー「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat ~ Vol.1」ではピアノの弾き語りも披露していましたが、これは?
私、サプライズが好きなんですよ。だから、ももクロでの最初のソロ曲「ありがとうのプレゼント」を1曲目にして、ライブのオープニングでピアノの弾き語りをやろうと決めて。見よう見まねでした(笑)。ピアノはそのときのバンドメンバーさんに教えていただいたのがスタートです。あとギターはそのツアーのときに自分でアコギも買って「ペダル」を弾き語りでやりました。
──弾き語りは自分に向いているという感覚はありましたか?
全然なかったです。憧れはありましたが、あのときは精一杯だったので、きっとお客さんも手に汗を握って失敗しないかドキドキしながら見守ってくれていたと思います。
本当は2021年に発売されるはずだった「雫ノ音」
──2018年1月にももクロを卒業したのち、2019年にソロのシンガーソングライターとして活動を再開します。再開にあたり、最初にどういうことを考えましたか?
ライブがやりたいと思ったんですよ。音楽=ライブだと思っていて。ライブをやりたいから曲を作ろうと考えて「サクラトーン」を作った、という流れですね。ネガティブな意見もある中、がんばって夏のZeppツアーもやって(参照:有安杏果、夏を駆け抜けた初ソロツアーを経て“ポジ子”に)。
──自分の思いを単なるテキストのメッセージではなく、ちゃんとメロディに乗せた歌にできたのは大きかったのでは?
そうですね。当時いっぱい言い返したいことがあったんですよ。ネットに書かれていたことも全部憶測で間違いだし。だったら音楽で、歌で表現するしかないなって。でも、ツアーを終えたときに「圧倒的に曲が足りないな」と思ったんですよ。セットリストのバリエーションがない。だからとにかく曲を作らなきゃと思って。それで、そのツアーメンバーでのレコーディングを2020年からスタートしたんです。
──2021年には「有安杏果 Live Tour 2021 “雫ノ音”」というツアーが予定されていましたが、これは全公演延期になりました。アルバムタイトルの「雫ノ音」は、このときのツアータイトルと同じですよね。
今回のアルバムは、本当は2021年1月のツアータイミングで出す予定だったんです。だけどコロナで2020年3月の「サクライブ 2020」ツアーも延期と中止になって、2021年1月のツアーも、リハもゲネプロも全部やったけど緊急事態宣言が出て全部なくなっちゃった。延期公演を組んでいたんですが、今度はいろんなアーティストさんがツアーをやり始めたので、ハコが取れない、バンドメンバーもめっちゃ忙しいという状況になって。でも、ツアーは絶対にこのメンバーでやりたいと思って、こだわってブッキングし続けたんです。2021年は無理だったから弾き語りツアー(「有安杏果 サクライブ 弾き語りツアー2021」。参照:有安杏果1人きりの弾き語りツアー「サクライブ」、ボロボロの指先に詰まった夢)をやって、2022年も難しかったからピアノの宮崎裕介さんとデュオのツアー(「有安杏果 サクライブ Acoustic Tour 2022」)をやりました。あれからずっと「今年こそ『雫ノ音』を出そうね」「ツアーで会おう」って言ってたんですけれど、なかなか難しく。それで今に至る、という感じなんです。
いろんな縁がつながった、有安杏果の音楽人生
──2024年にはジャズのスタイルでのツアー「有安杏果 Jazz Note 2024」もありました(参照:有安杏果、ジャズへの挑戦!憧れのステージでスタンダード&オリジナルジャズを歌う)。
もともとは、バンドのライブを中心に活動しつつ、いつか弾き語りとかジャズのライブもやれたらいいな、と思っていたんです。だけど、コロナでバンドのライブができなくなった。それでも私はライブをやりたいし、活動を止めたくなかったので、まずは弾き語りのライブをやろうということになって。それでステイホーム期間に猛練習をしたんです。弾き語りツアーが終わってもまだバンド編成でのライブはできないから、今度は実力不足だけれど20代のうちにジャズのライブをやってみよう、とジャズのプロジェクトが前倒しになったんです。
──むしろ中心にしようと思っていたバンドのライブが最後になった。
本当にそうなんです。でも、結果的に、バンドと弾き語りとジャズという3つの柱がそろったなとは思います。
──山口寛雄(B)をはじめ、福原将宜(G)、玉田豊夢(Dr)、宮崎裕介(Piano)という名うてのミュージシャンがそろったわけですが、それだけバンドメンバーへの思い入れがあったということでしょうか。
私が大事にしていたのは、誰かバンマスを立てるというよりは、みんなで意見を出し合ってライブを作りたいということで。私のバンドメンバーはみんなアレンジができるし、全員ほかでバンマスをしているような方々なんです。で、最初のZeppツアーをラッキーなことにあのメンバーでできて。大変な中すごく支えてくださったし、そこに愛情も感じていたので、自然な流れとして、このメンバーでレコーディングしようという話になりました。バンドを組みたかったんですよ。このメンバーとバンドを組んで1つのアルバムを作りたかった。そこはこだわってやりました。
──では最後に。振り返って、ここまでのご自身の音楽人生ってどういうものだったと思いますか?
ももクロ時代に本当にいろんなライブをやって、いろんな楽曲を歌わせてもらいました。その音楽の幅、経験はめちゃくちゃ誇りに思ってます。ただ、音楽人生という意味では、今もまだまだ修行中だし、反省と成長の繰り返しです。何回ライブをやっても「まだスタートラインだな」っていつも感じているので。それでも、確実に1歩ずつ自分が目指してる音楽に向き合えているとは思いますね。
──いい出会いに恵まれてきたところもあるのではないかと思います。
本当にそうです。恵まれてますね。バンドメンバーそれぞれに縁があって。山口さんは武道館(2017年10月開催「ココロノセンリツ ~feel a heartbeat ~ Vol.1.5」)でご一緒していたし、前作の「ココロノオト」でも「ココロノセンリツ」と「裸」のベースを弾いてくださっています。しかも私がキッズダンサーだった当時のEXILEさんの音楽も作っているんですよ。福原さんはギターを教えてもらってた先生でもあり、ももクロ時代の最後の武道館でもご一緒していて。宮崎さんも福原さんと一緒にバンドをやってらっしゃるし、ライブを一緒に観に行ったり、楽曲のアレンジをお願いしたり、2人でデュオでツアーを回ったりしました。山口さんと豊夢さんもリズム隊としていろんなところでご一緒しています。「裸」を作ってくださった小谷美紗子さんとのご縁もあり、いろいろなつながりが生まれているんです。本当にこのバンドメンバーでアルバムを作れてよかったです。
次回、有安杏果によるニューアルバム「雫ノ音」全曲解説は近日公開!
プロフィール
有安杏果(アリヤスモモカ)
1995年3月15日生まれ、埼玉県富士見市出身。子供タレントやキッズダンサーとして活動したあと、スターダストプロモーションのダンスボーカルグループ・Power Ageを経て2009年7月にももいろクローバーに加入した。ソロとしては2016年7月に神奈川・横浜アリーナにて初のソロコンサート「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.0』」を開催。2017年3月に4年間通った日本大学芸術学部写真学科を卒業した。10月11日に1stソロアルバム「ココロノオト」をリリースし、20日に東京・日本武道館でソロコンサートを開催。2018年1月にももいろクローバーZを卒業し、2019年にアーティスト活動を再開させた。2020年には「サクラトーン」「虹む涙」「Runaway」「ナツオモイ」と4曲を配信リリース。2021年からはギターもしくはピアノの弾き語りスタイルでのライブにも積極的に取り組んでおり、2024年2月には3都市のBillboard Liveでジャズスタイルでのワンマンライブ「有安杏果 Jazz Note 2024」を開催した。2026年4月、ソロアーティストとして2枚目のオリジナルアルバム「雫ノ音」をリリース。
有安杏果 Ariyasu Momoka (@ariyasu0315) | X
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