1日3食つけ麺です
青山 「ルーガルー」の歌詞は情熱的でありつつ、寂しさも感じられて。どうやったらこんな言葉が出てくるのか……朝ごはんとか、何を食べているんですか?
日食 朝ごはんですか? 最近はつけ麺です。
青山 ええっ!?
日食 1日3食つけ麺です。
青山 パワフルすぎる。
日食 脱線しちゃいますけど、とあるフードロス削減のための通販サイトがあって。パンなりご飯物なり麺類なり冷凍野菜なりお菓子なりお酒なり、食べ物ならなんでも定価の70%オフとかで買えるんですよ。そこでつけ麺が80%オフで売っていたので、80食分買って、段ボールのまま廊下に並べてある。
青山 ストイックすぎる。
日食 そうすると、もう献立を考えなくていいんですよ。昔から自炊は好きで、特にコロナ禍はあまりにも暇だったので凝った料理も作っていたんですけど、かつての生活が戻ってくると音楽を優先したくなって。今はつけ麺に落ち着いていますね。だからといって、つけ麺を食べればこの歌詞が書けるわけではないと思います。
青山 くうう、なんてことだ。「ルーガルー」の歌詞で、1番サビとラストのサビに「流れ星」が出てきますよね。その捉え方が「流れ星にも気づかない」から「流れ星には祈らない」に変わっていくのが、すごく素敵で。というのも、私は星を見るのが大好きなんですよ。ただ、いくら好きなものであっても、ものすごく気分が落ち込んでいると憎らしく見えてしまう。あんなに好きだった星ですら。
日食 「私より輝きやがって」みたいな。
青山 そうそう。そういうくさくさした気分の夜には、きっと流れ星に気付けない。そんな気付く余裕もないところから、最終的には祈りの対象である流れ星には頼らずに、自分の足で歩いていくと決めたことがわかる。そういう物語が、すべての行にある。これは、すごいことです。
日食 やっぱり打ち合わせのときの、時間も余裕もない中で自分の意思を伝えようとしてくれた青山さんの姿を描きたくて。同時に、例えば配信とかで表に出ているときの、カメラの先に笑いかけているキラキラした青山さんにも魅力を感じるので、それも描きたい。そう思って冒頭では美しくなんていられない、流れ星に気付くことすらできない姿を見せておいて、最後に、流れ星が目に入らなかったとしても自分の力で夢を叶えてみせる、強い、母なる青山吉能を持ってきたという。そこはちょっと狙ってやったので、触れてもらえたのはうれしいです。
青山 こういう話を一生聞いていたいです。
日食 聞きたいことがあればどうぞ聞いてください。いくらでも答えますよ。
断崖絶壁で叫ぶための曲
青山 日食さんの曲って、例えば「ログマロープ」も既存の言葉をひっくり返したりくっつけたり、遊びがあるのに芯が通っているんですよね。そこにロマンを感じていて、す、好きです……。
日食 ありがとうございます(笑)。あれは完全に1人遊びで、誰かに伝えようと思っていない。言ってしまえば「ルーガルー」の対極にある遊びが「ログマロープ」かもしれません。「ログマロープ」は造語で、曲を書いていた時期に、たまたまマグロ丼をめちゃくちゃ食べていたんですよ。マグロを逆さに読むと「ログマ」で、マグロを英語にするとtuna→ツナ→綱、それを英語に戻すと「ロープ」になって「ログマ、ロープ……よし、これでいこう」みたいな。こんな解説をしないと誰もわかってくれないタイトルを付けるぐらい1人遊びが好きな人間であり、自分の作った曲で自分がうれしくなればそれでだけで満足する人間なんです。そんな1人遊びの曲を、ちゃんとお客さんのほうを向いて、人に何かを伝える仕事をしている青山さんがカバーしてくれたのは、とても光栄なことでした。
青山 憧れちゃうんです。自分は、人に求められたことをやっているところがあるので。
日食 1人遊びのしようがないですよね、声優さんって。
青山 そうなんです。その中でけっこう暴れてきたほうだとは思うんですけど「こういうふうに見られたい」とか、もっと言えば「そう見られるように誘導したい」「支配したい」というよこしまな欲を抱いてしまったり、誰かと比べてしまったりして。ふとテレビを点けて「あ、このアニメ、オーディション落ちたやつだ。見よう。これが正解のお芝居だったんだ……消そ」みたいな。
──生々しいですね。
青山 そうやって勝手に落ち込んだりする日々の中で、自分の遊び心みたいなものが徐々にすり減っていく感覚があって。それでも、自分は変わらず自分であり続けないといけない。どれだけ忙しくなっても、仮に今よりずっと有名になっても「変わらないね」と言われないといけない。そう自分に言い聞かせようとすると「でも『変わらない』って、どういう状態?」「自分は今、何を求められていて、どういう状態だったらそれに応えられるの?」「あれ? そこに“自分”っているのかな?」と余計に悩んでしまうんです。そんなときに日食なつこの音楽を聴くと、今言ったうにゃうにゃした思考ごと世界をデリートしてくれるというか、別の世界にいられるというか。それは自分らしさとはまたちょっと違う話なんですけど、とにかく憧れがすごく強くて。
日食 青山さんの言っていることはよくわかるし、悩みの方向も私と似ているとは思うんです。でも、よりによってなんでこちら側に、日食側に来ちゃったんだろう?
青山 自分にはないものを持っているからですよ(笑)。
日食 もっとあると思うんですけどね、憧れを抱ける対象が。ともあれ、青山さんは「お客さんに求められる姿をとり続けたい……けど私も悩んでるんだよ!」という叫びを望んでいるであろうことは察していたので、極論すればストレス発散の曲になればいいと思ってはいたんですよ。お客さんに歌ってあげる曲じゃなくて、一応その体を装っているけど、最終的に青山さんが「もう限界!」という状況になったとき断崖絶壁で叫ぶための曲を書くべきじゃないか。そういう邪推をしていたし、私にとってのそれは「ログマロープ」だったんですけど、今のお話を伺ってあながち間違ってはいなかったんだなと思いました。
──日食さんの曲って、大衆性に背を向けているというか……。
日食 そうだと思います。
青山 すんげえ……。
日食 その役割は、ずいぶん前から把握してはいて。楽になろうと思えばいつでも楽になれたというか、「何かを否定する言葉とか、誰も喜ばないんだからやめよう」と言えるタイミングはいくらでもあったんですよ。それなのに「うるせえ! うるせえ!」と反発し続けた結果ここにいるし、居場所を確保できた。だって、私が青山さんみたいな姿をとろうとしたって無理だし、人に手を差し伸べる力を持っている方の横に並んでも絶対にバレるんですよ。日食は内心「ああん?」と思いながら手を伸ばしているって。だったらバレても大丈夫な姿を研ぎ澄ませていけば、たぶん、この人生はそう悪くなく終われると思っているところはあります。
青山 心強い味方です。こちら側からすると。
青山吉能という運河にダイブ
──日食さんは去年、活動15周年を迎え、展覧会、未発表曲ツアー、地元盛岡での3DAYSライブ、ベストアルバム「日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-」のリリース、そのリリースツアーで大忙しだったと思います。なので、いつ「ルーガルー」を書いたのかなって。
日食 ベストアルバムに関しては、やること自体は少なかったんですけど、私は振り返る作業をあんまりしたくなくて。周年企画をやっている間も新曲はどんどん生まれてくるので、そっちを早くリリースしたい。だから、後ろを向いた状態で新幹線に乗って猛スピードで進んでいるみたいな。
青山 目は後ろを見ているけど、体はめっちゃ前に進んでいる(笑)。
日食 それもあって自分の中でバランスをとるのが難しかったんですけど、そんな中で「ルーガルー」の制作はけっこうプラスに働いてくれて。
青山 本当ですか!?
日食 何度も言いますけど、オンラインの打ち合わせで青山さんが見せてくれた力強い指差しが、私自身がつらいときにも効いたんです。「私もがんばるから、お前もがんばれよ!」の語気が本当に強くて、あの一瞬の、画面から飛び出しているように見えた指先が、例えば「来週はツアーか。移動も考えると大変だな」とかマイナスに振れてしまいそうなときに頭をよぎって。畑は違えど、自分と同じ熱量を持って戦っている仲間がいるみたいな気持ちになるんですよ。
青山 さっきも言いましたけど、打ち合わせのことは全然覚えていなくて……。
日食 すごかったですよ。途中から、何かが乗り移ったかのようにすごい勢いでしゃべり出して「え? 青山さんって、そういう感じなの?」と圧倒されました。
青山 真っ暗なキッチンで。
日食 そう、真っ暗なキッチンであれをやっていたのだから、とんでもないですよ。でも、あそこで青山さんが自分を取り繕っていたら、私もここまでのエネルギーを返せなかった。
青山 交わっている……すごい。あの日の打ち合わせは、自分の根底に流れている川を決壊させたよう感じで、だから記憶がないんだと思います。
日食 青山さん自身も押し流されていましたね。だから青山さんは、声優という仕事で活躍されているんだと思いますよ。それも表現の1つじゃないですか。
青山 確かにいろんな人がいますからね。自分を完全に制御下に置いて演じ分ける人もいますけど、私にはとても無理なので、キャラクターを自分に降ろして、演じ終わったら放心するみたいな。例えば午前10時から12時まで自分の演じる少女が死んでしまうシーンを録って、13時から元気な少年を演じたり、短時間で切り替えないといけない日もあって。ひいひい言いながら乗り切って、そのあとラジオとか生配信の収録でまた全然違う台本を読んで……そんなことをやっているとどんどん自分というものがわからなくなって、「うわあ!」ってなっていたタイミングの打ち合わせだった気がします。時期的に。
日食 じゃあ、大変な時期だったかもしれないけれど、この曲を書くためには一番いいタイミングではあったのかな。
青山 出会うべくして出会ったタイミングでした。あの、厚かましいお願いなんですが、これを最後にしたくないので……。
日食 もちろん、いつでも、何曲でも。
青山 お返事が早い!
日食 今日の対談で、青山さんには「ルーガルー」じゃない一面もいっぱいあることがわかったので、まだまだ書けます。このあとスタジオに放り込まれたら今夜のうちには1曲書けるぐらいの材料をいただきましたし、私にとって青山さんは当て書きしたくなる人なんですよ。
青山 おおおお……あの、楽曲って舞い降りてくるものなんですか?
日食 私もわりと川にたとえるんですけど、川の中にザブンと入って、上流のほうをずっと見ているんです。すると、いろんな魚とか木の枝とかが流れてくるので「こいつは違う、こいつは違う、こいつは違う……お前だ!」という捕まえ方を繰り返しているうちに曲ができているんです。今回は青山吉能という運河にダイブして「うわ、どれを捕っても楽しそう!」と、キャッキャしながら作りました。
青山 へええええ。じゃあ、“春”をモチーフにしたミニアルバム「はなよど」だったら、春という川に入って?
日食 そうですね。あくまでイメージで、実際に鍵盤の前に座ったらもうちょっとややこしいことをしますけど。とにかく今日、青山さんの川がめちゃくちゃ深くて魅力的だということが再確認できたので、どポップでもバラードでも、いかようにも書けると思います。
青山 幸せすぎる。(インタビュアーのほうを向いて)今の、ちゃんと録音していますよね? 言質取りましたよね? 絶対に書いておいてくださいね!
青山吉能 公演情報
青山吉能 Birthday LIVE「i'll DO me.」
2025年5月25日(日)東京都 ヒューリックホール東京
[1部]OPEN 14:15 / START 15:00
[2部]OPEN 17:15 / START 18:00
プロフィール
青山吉能(アオヤマヨシノ)
熊本県出身の81プロデュース所属の声優、アーティスト。主な出演作は「ぼっち・ざ・ろっく!」「ポケットモンスター」「ある魔女が死ぬまで」など。2013年から2019年までWake Up, Girls!のメンバーとして活動した。2021年12月4日に東京・eplus LIVING ROOM CAFE DININGでワンマンライブを開催。2022年3月にソロアーティストデビューを果たした。2023年3月に1stアルバム「la valigia」をリリース。2025年4月に2ndアルバム「Fluctus」を発表した。
青山吉能(あおやまよしの) / IMPERIAL RECORDS
日食なつこ(ニッショクナツコ)
岩手県花巻市生まれのピアノ弾き語りアーティスト。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始め、17歳から“日食なつこ”として盛岡を拠点に本格的な音楽活動を開始した。その後、映画「テロルンとルンルン」、ドラマ「こんなところで裏切り飯」、NHK番組「ロコだけが知っている」などに楽曲提供。活動15周年を迎えた2024年9月にベストアルバム「日食なつこ 15th Anniversary BEST -Fly-by2024-」を発表した。2025年5月にアルバム「銀化」をリリースし、6月からZeppツアー「玉兎 “GYOKU-TO”」を行う。