青山吉能が2ndアルバム「Fluctus」をリリースした。
本作には日食なつこが提供したリードトラック「ルーガルー」を含む全10曲が収録される。“人狼”を意味するタイトルを持つ楽曲「ルーガルー」は、燃えたぎる炎を魂に宿して走り続ける青山の姿が見えるような楽曲だ。
音楽ナタリーでは青山と日食にインタビュー。日食に楽曲をオファーした経緯から打ち合わせの様子、楽曲制作の過程まで語り合ってもらった。
取材・文 / 須藤輝撮影 / 塚原孝顕
「好き」って、偉大ですね
──青山さんの2ndアルバム「Fluctus」のリード曲「ルーガルー」は、日食さんが作詞作曲されました。おそらく青山さんの「日食さんに曲を書いてほしい」という要望が起点になっていると思いますが、どういった流れで?
青山吉能 もともと私は日食さんの曲が大好きで、初めて自分の手で作ったライブ(「青山吉能 SPECIAL LIVE 2021 よぴぴん家」)でも「水流のロック」をカバーさせてもらったんです。
日食なつこ へええ、うれしい。
青山 私にとって「水流のロック」との出会いって、「ルーガルー」の歌詞を引き合いに出せば「革命」みたいなもので。そもそも私は、わりと娯楽に対して厳しい家庭で育ったこともあり、音楽を聴く習慣が自分の中に根付いていなかったんです。でも、初めて「水流のロック」を聴いたとき、歌詞やメロディがどうこうというよりも、曲の世界に自分が入ることができるような感覚を覚えて「なんて歌手だ!」と。そこから日食なつこの音楽にどハマりして、昨年のバースデーライブ(「青山吉能 Birthday LIVE『C'est nickel!』」)でも「ログマロープ」を……。
日食 あのややこしい曲をよく歌いましたね。青山さんが「ログマロープ」をカバーしてくれたという話は聞いていたんですよ。
青山 ええっ!?
日食 私がやっているラジオ(「日食なつこの拝啓、あをいめだまの小いぬ」)のリスナーの方からタレコミがあったんです。「青山吉能さんという声優が……」って。
青山 があー!
日食 だから楽曲提供のオファーをいただく前から、青山さんのことはなんとなく知っていたんですよ。
青山 震える。自分からの一方的な矢印だったのが、1人のリスナーさんのおかげで……というか、日食さんが「青山吉能」という字面を見ていたという事実がうれしすぎる。
日食 大袈裟(笑)。
青山 正直、私と日食さんが交わることはないと思っていたんです。でも、バカのフリして「日食さんに曲を書いてもらえたら最高ですよね」と夢物語を語っていたら、テイチクエンタテインメントが本気にしてしまったという。まったく、もう、本当に、この奇跡に感謝です。
──言ってみるもんですし、カバーしてみるもんですね。
青山 「好き」って、偉大ですね。どんな形であれ、自分の「好き」を形にすることで、思わぬ方向で夢が叶ったりするんだなって。
日食 私からしたら、青山さんが日食の曲をライブで歌ってくれただけでご褒美なんですよ。そこにオファーが来て「わ、さらに一歩踏み込んできてくれた」と驚いて。自分としてはノリノリで、一も二もなく「やりましょう!」という感じでした。
一緒に地獄に落ちたい
──日食さんって、楽曲提供される方なんですね。
日食 されるみたいです。これまで私は、どちらかというと人に対して書くというよりは、映画やドラマの主題歌、あるいはCMソングみたいな形で、作品に対して書くことが多くて。初めて自分以外の人が歌う曲として書いたのが、2021年に公開された「ミュジコフィリア」という映画の中で、ヒロイン役の松本穂香さんが歌う主題歌だったんですよ。
──「小石のうた」ですね。
日食 そうです。そこからちょっと間が空いて、去年、歌い手のめいちゃんさんから楽曲提供のオファーをいただきまして。「お、男性か。でも私も声低いし、いけるかな」と、「天上猫と天下人」という曲を書き下ろして、3回目が青山さんだから、いいステップを踏めそうなところに現れてくださったんです。
青山 す、すげえ……。
日食 私は、ずっと自分で歌っていますけど、もともと「私が歌います!」というタイプではなかったんです。「なんとなく歌えるし、バンドとか組んで誰かがボーカルをやってくれるまで、とりあえず私がやるか」の延長でここにいるだけで。どなたかが歌ってくれるのであれば喜んで提供したいし、今回、青山さんのお声を借りて、また1つ新しいドアを開けるチャンスがきたのかなって。
青山 うれしすぎます。でも、その反面、自分に楽曲提供したことが日食なつこのブランディングを下げたりしないだろうかと、すごく気にしてしまって。
──これからの行い次第では? 不祥事とかを起こさなければ。
青山 確かに。日食さんに迷惑をかけないよう、真っ当に生きていきたい。
日食 何かあったら呼んでください。むしろ一緒に落ちるので。
青山 ともに!?
日食 「毒を食らわば皿まで」の皿のほうは私が食らいます。
青山 なんて頼もしい! じゃあ、一緒に地獄に落ちたいと思います。
私もがんばるから、お前もがんばれよ!
──「ルーガルー」を作るにあたって、お二人で何か話されたんですか?
日食 オンラインで打ち合わせをしました。あのときの青山さん、すごく忙しそうじゃなかったですか?
青山 あのときは、自宅からリモートだったんですけど……。
日食 あれ自宅だったんですか!?
青山 そうなんです。背景にできるような白い壁がなくて、キッチンの冷蔵庫の前で、こう、段ボール箱を重ねて……。
日食 どういうことですか?
青山 私の家には椅子とかテーブルがなくて、だから重ねた段ボールの上にスマホを載せていたんですけど、安定しないから何回か倒れちゃうし……。
日食 今、第一線で活躍している声優さんですよね?
青山 なんかもう、すみません。生活能力はあんまり高くないタイプで、ベッドがある物置ぐらいの家に住んでいます。
日食 けっこう狭そうに見えたし、楽屋でもない、舞台袖とかなのかなって。
青山 電気も点けずに。
日食 そうそう、真っ暗でしたよね。「青山さん、どこにいるの?」と不思議だったんですけど、初対面だし聞けなくて。スケジュールの合間を縫ってなんらかの現場から参加してくれたのかな、相当お忙しい方なんだなと思っていました。
青山 いえ、ただただ生活能力に問題があるだけです。お恥ずかしい。そのうえ私はミーハーなので、リモート会議の、何分割かされた画面の1つに日食さんのお姿を確認した瞬間「本物すぎる!」みたいな。私、マジでミーハーなんですよ。「水流のロック」から入った時点で、日食さんのファンの方々から「ふふん」って鼻で笑われているんじゃないかと。
日食 一応、一番有名な曲ではありますけど、笑われはしないでしょう。
青山 だから気が動転していたんですけど、打ち合わせの時間が限られていたこともあって、とにかく自分がどんな曲を求めているのかをお伝えしなきゃいけない。でも、私は日食さんの作る世界が好きでオファーしたので、あんまり自分の意思を介在させないほうがいいと思いつつ、結局いろいろしゃべりすぎた気もしています。
日食 私は、あのときの打ち合わせがすごく参考になりましたよ。メモ帳に走り書きする手が追いつかないぐらい情熱的に「私はこういうことを歌いたい」というのを教えてくださって。人によって情報の出し方には差がありますし、どういうタイプかによって当て書きの仕方も違ってくるので「さて、青山さんはどうだろう?」と思っていたんです。そしたら燃えたぎる炎のような方で、火種や燃料を与えずとも情報がどんどん出てくる。その中でも強烈に印象に残っている言葉があって……。
青山 な、何を言ったんだ私は……。
日食 私が「お客さんに対してどういう気持ちで歌いたいですか?」と聞いたとき、青山さんは画面越しにこちらを指差しながら「私もがんばるから、お前もがんばれよ!」と。
青山 ひえええ。
日食 そのときの顔がガチすぎて(笑)。きれいに整っていることよりも、それを突き破ってでも相手に何かを伝えることを優先する人だという情報を得たんです。じゃあ、美しい曲ではなくて、ズボンの裾が擦り切れたり踵が擦りむけたりしても走り続けるような曲にしようと。今でもあの猛烈な指差しが脳裏に焼き付いていますね。
青山 あの打ち合わせで自分がどんな発言をしたのか、まったく覚えていなくて。
日食 それがよかったんだと思います。たぶん初めての打ち合わせが今日のインタビューみたいに、ちゃんとした会議室で、レーベルの関係者の方々がリアルに立ち会っている感じだったらお互いに緊張して、言いたいことを我慢したりカッコつけて言葉を選んだりしたかもしれない。でも、家の冷蔵庫の前ではカッコつけようがないだろうなって。
青山 ダンボールを目の前にして。
日食 その切羽詰まった感じというか、「はじめまして」で素の青山さんを見られたので、曲調とか歌詞に書きたいことは打ち合わせが終わった瞬間にだいたい定まっていました。
青山 そういえば、私がひと通り捲し立てたあと、日食さんが「うん、書けそうです」とあっさりおっしゃって「早っ! すご!」と驚いた記憶があります。
日食 私と青山さんには似通ったところがあると感じたので、青山さんに当て書きするというよりは、私が叫びたいことを青山さんの言葉を借りて書けば成立するなって。あんまりややこしく作らずに、脊髄反射で作ったほうが楽しそうだと思いました。
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日食なつこにたどり着こうとしている自分もまた自分