日食なつこにたどり着こうとしている自分もまた自分
──「ルーガルー」は人狼を意味する言葉ですが、このモチーフはどこから?
日食 もともと知っていた言葉でもありますし、「幻獣物語2」というスマホゲームに出てくるお気に入りのキャラクターの名前だったりして。
──ゲームやるんですか?
日食 やりますよ。1つのゲームを10年ぐらいやっています。
青山 ええー、意外です。
日食 味がなくなったガムを一生噛み続けるタイプなので。あと、京極夏彦さんの有名な小説「ルー=ガルー 忌避すべき狼」も中学のときに読んでいて、人狼というモチーフはずっと自分の中にあったんです。それを、自分の曲のために取っておいてもよかったんですけど、青山さんに譲ってしまおうと。
青山 うわ! もらってしまいました。すごいことですね。
──青山さんは、最初に「ルーガルー」のデモを受け取ったときのことは覚えています?
青山 アルバムの制作中、日食さんの曲も入ってくるというバランスも考えないといけなかったんですけど、デモを聴いた瞬間、あまりにも正解すぎて、パズルのピースが気持ちよくハマったような感覚があったんです。「Fluctus」では……いや、その時点ではまだ名もなき2ndアルバムだったんですが、ほかにどんな曲が来ようとも絶対に「ルーガルー」がリード曲になるという確信が得られて。なんのリテイクもなく、なんの迷いも妥協もなく「あ、これだ」みたいな。
日食 うれしい。まさかリード曲に選んでもらえるとは思わなかったので。
青山 速攻で確定しました。当然といえば当然なんですけど、仮歌が日食さんだったんですよ。だから「まだ全世界の誰も知らない日食なつこの新曲だ……」とニヤニヤしながら聴きつつ、これをどうやって自分の曲にしていけばいいのか、すごく悩んだんです。好きだからこそ日食さんに寄せたいし、自分の本業は役者なので。
日食 うんうん。
青山 演じる対象に魂を寄せる行為を生業としているから、どうしても最初は日食さんのモノマネになっちゃって「だったら、日食なつこが歌えばいいのでは?」みたいな。かといって自分らしく歌うことにも、荒らしてはいけない世界に土足で踏み入るような矛盾を感じて。実は、プリプロでは青山吉能成分200%ぐらいで大暴れしてしまったので「ちょっと落ち着こう」と、本番のレコーディングでは何回も日食さんの歌を聴きながら、ニュアンスとかを確認しながら録っていったんです。もちろん、自分はどうがんばっても同じようにはできないけれども、そこにたどり着こうとしている、手を伸ばしている自分もまた自分なんじゃないかと。日食さんから離れることが自分らしさにつながると思っていたんですが、そうじゃないアプローチを試みた結果がこの「ルーガルー」です。
アーティスト活動は自分の声帯が、自分の意思が前に出ていい
──日食さんは、レコーディングには立ち会われなかったんですか?
日食 拝見できなかったんですけど、「ルーガルー」は青山さんの曲なので「あとは好きにしてください」ぐらいの気持ちではいたんです。ただ、私は声にも歌い方にもクセがあるほうだし、「ルーガルー」の仮歌もそういうふうにしか歌えないので心苦しさを感じつつ、できればそれに引っ張られないでほしいとは思っていて。結局、青山さんのお声で返ってきた、たぶん叩き台ぐらいのデモ音源に青山さんの筆跡というか、自分の筆で絵を描こうとした痕跡がたくさん見えたので、これはお任せして大丈夫だなと丸投げしてしまいました。
──僕は取材用にいただいた音源データを聴いて「これ、青山さんの歌なんだ?」と思いました。
日食 そう、青山さんが今まで発表してきた曲とは方向性が違うので、そちらのほうが気がかりでした。こんなにゴリゴリしちゃって大丈夫かなって。この間、個人練習をしにスタジオノアに行ったとき、ロビーでドリンクを飲んでいたら「ぼっち・ざ・ろっく!」の曲が流れてきて……。
青山 ええー!
日食 「これは、先日ご一緒した方の歌声だな」と。そうやって声優としてバンド系の曲も歌われているとはいえ、オリジナル曲の場合、お客さんはどう思うのか。実は、まだドキドキしているんですけど。
青山 声優業だと、どうしても自分より先にキャラクターがいて、そのキャラクターに声帯を貸している形なんですよね。でも、アーティスト活動は自分の声帯が、自分の意思が前に出ていいし、そうあるべきだし、そのことをまさに「ルーガルー」が象徴しているんです。今回のアルバムには「これ、大丈夫?」みたいな曲がけっこうあって。
日食 攻めています?
青山 そうなんですよ。そんなアルバムのリード曲として、攻めに攻めた「ルーガルー」があるのがすごく美しい。
日食 じゃあ、いいことにしておきましょう。
青山 最高です。そう、「ルーガルー」は最高。
青山吉能は破壊神ではなく母神である
──「ルーガルー」のボーカルはクールにも熱くも聞こえるといいますか、内側に熱量を感じました。
青山 うれしいです。私は普段から火の車みたいな感じで……。
──「火の車」だと、金がないという意味に受け取られてしまいません?
日食 家計が苦しい(笑)。
青山 ある意味、火の車ではあるけれども(笑)、魂を燃やして消し炭になることが美しいと信じて生きているフシがあって。ライブでは、声なんて枯らせば枯らすほどいいし、枯らした先にしか正解はないぐらいの気持ちでやっちゃうんですよ。もうプロとして失格なんですが、この「ルーガルー」だけは、赤々と激しく燃える炎というよりも、細くてまっすぐな、決して消えない青い炎を表現したかったんです。なので、1サビあたりで「ギャー!」って行きたくなるのをなんとか抑えて。
日食 手綱を引っ張って。
青山 「まだだ、まだそのときじゃない」と。でも、最後のサビで「ギャー!」に至っているかといえば、そうでもない。熱量を押さえ付けているのではなく、押さえ付けられている状態からはみ出したい気持ちをどう表現するか。そこに重きを置いて歌いました。ちょうど今日、先行配信だったので、暇さえあれば「ルーガルー」で検索していたんですけど(※取材は3月26日に実施)。
日食 エゴサするんですね。
青山 めっちゃします。「日食なつこ」でも検索していて、「なっちゃんとよぴぴが交わるなんて」という感想を発見して「『なっちゃん』って呼ばれてるの!?」みたいな。
日食 恥ずかしいな。
青山 そういう中に「ライブがすごく楽しみ」と書いてくださった方がいらっしゃって。ライブになると、レコーディングではなんとか握れていた手綱を自分の手で引きちぎるような気もするし、逆に案外冷静になれるのかもしれない。生モノなのでやってみるまでわからないけれど、それが「楽しみ」だと。完成した楽曲の、その先が楽しみになるって素晴らしいことだと思いました。
──音源の「ルーガルー」は、絶叫するなりして内に抱えた熱を放出してもよさそうなのに、それをしないことで妙なすごみが生まれているように思います。
日食 私も同じことを思っていて、もちろん絶叫しても正解なんですけど、青山さんは絶叫しきらず、ある程度は聴き手にとっての食べやすさも考慮に入れた歌い方に仕上げてくださった。それが青山さんのコアなんだろうなって。自分の声がどこにどうやって届くかを、声優とアーティスト、どちらの姿であっても考えている。自ら炎を発している人ではあるけど、その炎の根源は優しさなんでしょうね。破壊神の炎じゃなくて。私はどちらかというと破壊神のほうなんです。
青山 そ、そうなんだ……。
日食 だから、実は「ルーガルー」も最初は破壊神目線で書いていたんですけど「いや、壊しちゃダメだ」と思い直して。青山さんは破壊神ではなく母神であって、描くべきは母なる炎なので、途中からそちらにシフトしたんですよ。例えば歌詞の最後に「待ちわびた革命の合図を 夜明けと共に打ち上げる」とありますけど、仮にこれを自分用に書き下ろしていたら、夜なんか明けない。
青山 すごい(笑)。交わっている。
日食 交わっていますよ。そういうふうに書かされたと思っています、私は。
次のページ »
1日3食つけ麺です