a子「Steal your heart」インタビュー|気鋭SSWがダークサイドから見つめる理想のポップス

兵庫県姫路市出身のシンガーソングライター、a子が12月6日に3rd EP「Steal your heart」をリリースした。

ダークな世界観ながらも不思議と人懐っこい楽曲と、バンドメンバー、映像作家、スタイリスト、ヘアメイクなど12人が集まったクリエイティブチーム・londogがトータルプロデュースするビジュアルで、10~20代を中心に人気を集める新鋭アーティスト・a子。新作「Steal your heart」には、テレビ東京系ドラマ「初恋、ざらり」のオープニングテーマ「あたしの全部を愛せない」や、テレビ朝日系の音楽番組「関ジャム 完全燃SHOW」で佐藤千亜妃が取り上げた楽曲「太陽」など5曲が収録され、初回限定盤にはスタジオライブ映像を収めたBlu-rayが付属する。

音楽ナタリー初登場となるこのインタビューでは、a子がこれまで以上にポップスと向き合ったという「Steal your heart」の制作エピソードはもちろん、アーティストを志したきっかけやクリエイティブにおけるこだわり、londogについてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 高岡洋詞撮影 / Goku Noguchi
スタイリング / Yuki Yoshidaヘアメイク / Natsuko Ogita(UpperCrust)

一番ポップなものを作れた

──3rd EP「Steal your heart」、聴かせていただきました。曲によってインディーロックやエレクトロニカの要素がありつつ、全体としてはポップな印象を受けました。

「あたしの全部を愛せない」と「racy」は、ポップスをすごく意識して作りました。前作「ANTI BLUE」のときも意識はしていたんですけど、まだコツをつかめてなくて。今回やっとメロディをちゃんと立たせられる、声を中心にして支えるようなトラックを意識して作れるようになってきたかなって。まだまだですけど、今の段階では一番ポップなものを作れたと思ってます。

a子

──「ポップスを作りたい」という意思が明確にあるんですね。

あります! 作るのは下手なんですけど(笑)。a子バンドとlondogのメンバーでもあるキーボーディストでトラックメーカーの中村エイジっていう子と一緒にがんばってます。

──クレジットを見ると作詞作曲がa子さん、編曲が中村さんとなっていますが、実際の作業はどんなふうにやっているんですか?

クレジットをそう分けているだけで、制作は最初から最後まで全部ずっと2人でやってます。メロディと歌詞は全部私ですけど、中村さんも意見を言うし、私も編曲に口を出していて。

──トラックを先に作るケースと、弾き語りなどでメロディを作ってからアレンジするケースがありますが、お二人の場合は?

トラックから作る場合はリファレンスを私が持ってきて進めるんですけど、そのやり方だとポップスを作るのは難しくて。「あたしの全部を愛せない」は中村さんに出してもらったコードを使って、ギターで完結する曲を意識して作りました。「racy」はサビだけギターで作って、ポップス感のあるメロディにたどり着くまで何回も詰めました。

──ポップスを作るのが苦手ということですが、ポップな音楽はあんまり好きではないんですか?

聴くのはすごく好きなんです。最近思い出したんですけど、一番古い音楽の記憶がまだ幼稚園にも入ってない頃におばあちゃんが聴かせてくれた女子十二楽坊で、彼女たちは「世界に一つだけの花」のカバーもやってたじゃないですか。それからSMAPをはじめとするいろんなアーティストの音楽を聴くようになって「ポップス好きだな」と思ってました。高校生の頃はエリック・クラプトンやSoft Machineが好きだったけど、YUIさんとか流行ってるのは全部聴いてましたね。

a子

好きなものからの影響を作品に

──「trank」は歌詞を見ると“トランク”が「trunk」の表記になっていますね。つづりを変えているのはなぜですか?

最初はタイトルも「trunk」にしてたんです。a子バンドの齊藤真純というギタリストが英語を話せる人で、彼に「スラングでtrankっていうのがあるけど、そっちの意味が歌詞と合ってるから変えたら面白くね?」と提案されて、「あ、いいね」くらいの気持ちで。

──この曲のミュージックビデオを拝見して、最初のシーンは椎名林檎さんの「本能」を、全体としては映画「キル・ビル」を連想しました。好きな映像作品からアイデアをもらうことは多いですか?

多いですね。「trank」のMVにはゾンビが出てくるんですけど、正体は「somewhere」「愛はいつも」「あたしの全部を愛せない」のMVにも出演しているTetsutaroという映画監督をやっている友達なんですよ。その3本は1つのストーリーになっていると勝手に思っていて、「あたしの全部を愛せない」の最後に彼は死んじゃうんですけど、撮影中に「俺、次はゾンビで出るわ」ってふざけて言ってたんですね。そのアイデアをもらいました。

──映像は映像でアナザーストーリーがあるんですね。

「気付いてくれたらうれしいな」くらいのレベルで仕込んでます。そういう小ネタを考えるのが好きなんですよ。少し前まで自分で監督もやってたんですけど、撮られながら撮るのはしんどいし、やっぱり映像のことをずっと考えてる専門の人に任せたほうがいいなと思って。「あたしの全部を愛せない」はlondogのメンバーで3DアーティストのYuya Utamura(NEET.COM)くんに頼んで、「trank」はこれも友達なんですけど、Shun Takedaくんという外部の監督にお願いしました。制作にあたって私がいろいろやりたいアイデアを出すんですけど、さすが専門家はまとめるのがすごくうまいですね。

自分たちがカッコいいと思える音になった

──曲の話に戻りますが、「Steal your heart」は曲調やサウンドにバリエーションがありますね。

「あたしの全部を愛せない」と「racy」はポップスのイメージで作って、それ以外は過去曲にも共通するインディー感のある楽曲になりました。本当は「trank」もポップスにしたかったんですけど、いつの間にか自分たちのルーツや好みに寄りすぎた音を追求し始めちゃって。曲が完成してから中村さんが「失敗した!」って叫んでました(笑)。でも、自分たちがカッコいいと思える音にはなったので、いいかなと思ってます。

──僕は「太陽」からもポップな印象を受けましたよ。

本当ですか? 「太陽」に関しては、ベース始まりの曲が作りたかったんです。ベースがカッコいい曲を探して、デュア・リパの「Don't Start Now」のベースを意識しつつ、サビのロックなギターはザ・ウィークエンドの「Sacrifice」の音色や雰囲気を参考にしました。もっと聴きやすい感じにしたいのに、どうしても自分たちの好きな音に引っ張られすぎちゃうんですよね。

──そのほうが“らしさ”があっていいんじゃないですか?

えー? でも“らしさ”は残しつつもいろんな人に聴いてもらいたいですからね、やっぱり(笑)。

a子

──それぞれの曲に明確なリファレンスがあるんですね。

すっごく悩むときもあります。例えば「あたしの全部を愛せない」は、歌始まりで作ろうとしたら、トラックのリファレンスが見つからなくて。結局、ロックをやりたいってことで、ビーバドゥービーの「Talk」の壁みたいな分厚いギターの音を参考にしました。「trank」「samurai」「太陽」あたりのトラック始まりの曲はリファレンスが明確なんですけど。

──トラック始まりの曲は、a子さんが気に入ってる楽曲をもとに「これカッコいいな」「こんな感じでやりたいな」と着想する感じですね。

最近聴いてアガった曲から着想を得て作ることが多いですね。「samurai」だけ少し違っていて、a子を始めたての頃にMINMIさんの「四季ノ唄」をカバーした動画がYouTubeにあるんですけど、そのアレンジをドラムンベースにしたんですよ。「四季ノ唄」のカバーが気に入っていて、「いつか絶対、生演奏のドラムンベースでギターリフがずっと鳴ってて、疾走感のある曲をやりたい」と思っていたから。今回の5曲の中で一番気に入ってます。フライング・ロータスの「Never Catch Me」の感じを生でやりたかったんですよ。エンジニアもずっと好きだったサカナクションを手がけている浦本雅史さんにお願いできたし、ドラムは竹村仁くんっていう、前にa子のドラムやってくれていて。めっちゃ演奏うまいんですよ、その子。