Aimer|みんなと一緒に“新しい夜”へ

聴く人の遺伝子に訴える曲

──「Torches」は歌詞と同様に、ボーカルにも芯の強さを感じます。

ありがとうございます。自然とサウンドや言葉に引っ張られて、自分としても力強く、猛々しく歌えました。さっきも言ったように、「Torches」には女性性というよりは男性性を感じてもらえたらいいなと思ってもいたので。例えばDメロの「傷つかずに進むだけの道などなく」のあたりは、けっこう感情の赴くままに歌ってしまったので「これでいいのかな?」と迷ったりもしたんですけど、それも今の自分だから歌えた歌になっているかなと。

──アレンジ的には必ずしも派手にエレキギターが鳴っているわけではない。むしろアコースティックなサウンドを軸に力強さを表現していますよね。

やっぱり昔の私の夜は、1人で部屋に閉じこもっているような夜だったと思うんですけど、この曲はそうじゃなく、ずっと音が開けているというか。それこそ最初のほうで「景色が見えてくるようなサウンド」と言った通り、ギターと私の2人で曲を始めてもその先に広がるものが見えるし、サビにしてもすごく空間が感じられるようになっているんです。その分、あからさまに激しい音がなくても、そういう雄大な風景を思い描けたことで歌も力強さを増していったんじゃないかと思います。

──ギターの音の使い方も面白いですよね。

実はあれはギターを重ねているだけなんですよ。ただ、重ねるにしても、今まではこういう感じではなかったんですよね。でも、そうすることでトライバルなサウンドに近付けたし、何かスピリチュアルなものを感じさせる曲になったんじゃないかなと。そういうアプローチを試みるのは初めてだし、今回は、大雑把に言えば洋楽っぽい曲が作れたと思いますね。そんな曲をシングルの1曲目としてリリースするのは、デビュー当時の私には無理だっただろうし、今それができるようになったのは、デビューしてから約8年間の積み重ねがあったから。そういう自負はあります。

──今おっしゃったトライバルなサウンドには、土着的なパーカッションも一役買っていますね。

やっぱりそういう民族性みたいなものって、今、私たちはこのコンクリートジャングルに暮らして……。

──「コンクリートジャングル」って、Aimerさんにしてはベタなワードが飛び出しましたね(笑)。

そうですね(笑)。でも、私も日々の暮らしの中で「ああ、海が見たいな」とか「森に行きたいな」という欲求がこの8年でどんどん生まれてくるようになったんです。と同時に、歌を歌うということは、ある意味で自然に回帰する感覚に近いのかもしれないと思って。やっぱり音楽というもの自体が、例えば大地と魂を通わせるとか、そういう儀式的な行為と深い関係を持っていた歴史があるわけじゃないですか。その音楽の様式や性質が時を経て変わっていっても、体全部を使って歌っていると、やっぱりどこか神秘的なところに通じているような気もしていて。というより、私たちの遺伝子の中には、もともとそれが組み込まれているんじゃないかとも思うんです。

──音楽によって自然回帰したいという欲求みたいなものが?

そうそう。だから、なんだか話が大きくなり過ぎてしまったかもしれないけれど、この「Torches」という曲が、みんなのそういう部分にちょっとでも触れられたらいいなって。

Aimer

自分の根本が“夜”

──続いてカップリング曲の「Blind to you」について。この曲もアコースティックギターをフィーチャーしたミディアムテンポのナンバーという点でフォーマットは「Torches」に近いですが、ボーカルスタイルはまったく違いますね。

ありがとうございます。その通りで、実はこのシングルには裏テーマがあって、それが“旅”なんですよ。新しい夜の旅に出るという意味でもぴったりだし、実際問題、さっきもお話しした通り制作期間がツアーと重なっていたということもあり、かなり慌ただしくて……その、どこか遠くへ行きたいなって(笑)。

──ははは(笑)。

でもどこにも行けなかったので、じゃあ今まさに作っている音楽の中で旅をすればいいんじゃないかと。だから「Torches」でみんなを引き連れて旅に出たとして、その先にはやっぱり……私は旅に出ているとどうしてもアンニュイな気分になっちゃうんですよ、昔から。どこか物悲しいというか「やっぱり1人なんだな」って。そういう寂しさを表現する曲がシングルの中にあってもいいと思ったんです。サウンド的には「Blind to you」でもギターを重ねているし、終盤でコーラスもたくさん入れて、なおかつ洋楽のエッセンスもあって、そこも似ているんですけど、「Torches」よりも湿り気がある曲になりましたね。

──歌詞だけ読むと、わりと救いのないまま終わってしまう曲ですよね。

そうですね。例えばシングル曲の「思い出は奇麗で」(2018年9月発売の15thシングル「Black Bird / Tiny Dancers / 思い出は奇麗で」収録曲)と「花びらたちのマーチ」は、どちらも“太陽”のアルバムに収録することを想定してネガティブな着地にしないような歌詞になったんだけれど(参照:Aimer「Sun Dance」インタビュー)、それが今、夜に入ってまたベクトルが内側に向いているので、内容的には昔の夜に近いものがあるかもしれないですね。

──ただ、曲調自体は暗いわけではない。

私としても、仮に「Blind to you」を流し聴きしたら、そこまでつらい曲には聴こえないと思うんです。その絶妙なバランスを狙ったというか。例えば「今日から思い出」(2013年3月発売の5thシングル「RE:I AM EP」カップリング曲)みたいな、明らかなマイナー調で、ドーンと沈み込む感じではなくて。曲調自体はニュートラルで、でも歌詞に耳を傾けるとけっこう寂しいことを言っている。そういう歌をさらっと歌えるようになったし、今回はそれを表現したかったんですよね。

──「Torches」には怒りにも似た決意を込められたとおっしゃいましたが、「Blind to you」にも何かご自身の体験と重なる部分はあるんですか?

やっぱり、自分という人間の根本がどうしようもなく“夜”なんですよね(笑)。それはずっと心根で感じていたけれど……いや、ずっとそうだったというよりも、むしろ最近またそれを自覚し始めたんです。それこそ旅の中で何か嫌なことがあったわけでもないのに不意に悲しくなるとか、自分の中にそういう性質がもともとあるんですよね。

──それは例えば「ああ、明日から東京に戻って仕事だ……」とか、そういう話ではないですよね?

そういうことじゃないんです。理由もわからず「悲しいな」って。そういう自分の素の部分が出てしまった、あるいは素直に出してみた曲でもあります。このシングル自体、「daydream」からずっと光の中にいたことの反動じゃないけど、どこか内向きで。特に「Blind to you」はその色が濃いかもしれません。

いろんな感情を共有できる夜

──3曲目の「Daisy」もやはり洋楽的ではありますが、前2曲とは打って変わって軽快なギターポップ的なナンバーですね。

それこそ「Torches」でアコースティックギター1本抱えて旅に出たとしたら、この「Daisy」で誰かと合流して、エレキギターが加わって……みたいな、そういう曲ですね。今までの自分だったら「夜だから全部バラードに」とか「寂しい曲を」とか、そういう方向に行っていたと思うんですけど、今はみんなと出会ってみんなと一緒にいるし、太陽の素晴らしさも知っている。そのうえで迎えた夜なので、素直に夜の闇に光を灯すような歌があってもいいんじゃないかと思ったし、そういう歌にできたのもみんなへの信頼があったから。私がどういう曲を歌っても、みんなそれぞれの解釈で受け止めてくれるだろうなって。

──歌詞も前2曲とは対照的に、すごく日常的ですよね。

私のシングルって、ダブルA面やトリプルA面がすごく多いんですけど、今回はひさしぶりにA面曲が1曲だけなんですよ。

──資料を拝見するに、2016年8月リリースの11thシングル「蝶々結び」以来です。

おお、そんなに。なので、逆に今回のシングルの2、3曲目では、歌詞も含めていろんなアプローチにチャレンジしたくて。例えば「Daisy」はヒナギクのことなんですけど、「愛おしいもの」「素敵なもの」という意味もあるんです。つまり夜だからといってシリアスになるだけじゃなくて、いろんな感情をみんなと共有できたらいいなと思ったんですよね。

──シングルの流れとしても、3曲目で気持ちがふわっと軽くなりますね。

うれしいです。やっぱり光の中にいる間、ライブを想定して曲を作ることが増えて、その感覚はこのシングルでも忘れたくなくて。というより、特に“太陽と雨”のツアーでは、昔だったら考えられないぐらいみんなと通じ合っていると感じる瞬間が多々あったので、おのずと「ライブでみんなで歌ったらどうなるかな?」とか、そういうことを考えながら作っていましたね。「Daisy」も、サビはみんなで歌えるような、ゴスペルっぽい感じでもあるし。

──ああ。確かにありますね、ゴスペル感。

そんなふうに今回のシングルでは、いろんな音楽を追求しながら遊んだりしつつ、ベクトルが内に向いているタイミングだから表現できることを詰め込みました。あるいは、繰り返しになりますけど「自分は音楽が好きで、変わってなんかいないよ」と意思表示したいという気持ちが、自然とそうさせたのかもしれません。