本作の見どころはもちろん、アダム・ドライバーだけではない。彼とコンビを組む署長役のビル・マーレイ、インパクト抜群で少しトボけたゾンビたち、日本刀でゾンビをぶった斬るティルダ・スウィントンなど、ジャームッシュのこだわりポイントを紹介!
イラスト / 川原瑞丸
こんなゾンビ映画観たことない!キャッチーな生ける屍が大量発生
サイケデリックなウエスタン「デッドマン」や、ボヘミアンな生活を描くヴァンパイア映画「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」といった過去作に見られるように、ジャンル映画の型を打ち壊すのはジム・ジャームッシュの得意技。ジャームッシュが作るゾンビ映画は、「ウォーキング・デッド」のような本格路線でも、「ゾンビランド」のようなハイテンションコメディでも、「新感染 ファイナル・エクスプレス」のようなノンストップサバイバルでもない。コーヒーを求めてさまようコーヒー・ゾンビ、スマートフォンを見つめるスマホ・ゾンビ、洋服を自慢したがるファッション・ゾンビ……キャッチーでのろまで、どこかかわいげのあるゾンビたちが田舎町を襲うという、オフビートな笑いと予想の斜め上を行く展開を含んだ唯一無二のゾンビ映画が誕生した。
スマホ・ゾンビは実在する…あなたは“何ゾンビ”?
2013年の「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」では、芸術を嗜むヴァンパイアに相反する俗物=人間の呼び名として“ゾンビ”を登場させたジャームッシュ。ゾンビというアイコンについて、彼は「どのゾンビの物語も、どこか暗喩的なんだ。魂をなくしてさまよう存在だからね」と語っている。
2016年のドキュメンタリー「ギミー・デンジャー」を制作している最中、ジャームッシュはマイアミの街中で“スマホ・ゾンビ”の存在に気付いた。それはスマホに夢中になり、歩道や交差点を無心状態で歩いている歩行者のことだ。そしてジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」でも描かれたアイデアと同様、「生者の世界で夢中になっていたものを求めて、ゾンビがよみがえったらどうか?」と考え、ジャームッシュは脚本を執筆し始めた。つまり本作に登場するゾンビたちは、観客自身の姿であるとも言える。自分が“何ゾンビ”かを考えながら観ると、作品のより深い理解につながるはず。
ロメロ愛さく裂!「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」へのオマージュ
本作の制作にあたり、ジャームッシュがもっとも影響を受けたのは、ロメロが1968年に発表した「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」。11.4万ドルで作られたインディーズのゾンビ映画でありながら、カニバリズム的描写や社会風刺で衝撃を与えた名作である。
ジャームッシュが「『ナイト・オブ~』は信じられないほどの制約がある中で作られた素晴らしい映画だ。ささいなディテールなどでこの映画をたくさん引用しているので、注意深い観客は気付くだろう」と話す通り、本作の冒頭で警察官たちが、明るい空やサマータイムについて会話するのは「ナイト・オブ~」へのオマージュ。また、都会からやって来た若者たちが乗っている車は、「ナイト・オブ~」と同じ1968年のポンティアック・ルマンだ。カスタマイズしたパルメットグリーンの塗装まで一致している。
プロデューサーのカーター・ローガンは「本作は表面的にはゾンビコメディだが、『ナイト・オブ~』の社会政治的なメッセージと同じように、根底には2次的なテーマがある。そのメッセージが今こそ重要だと思っている」と話し、この映画のポイントを「災難の中でもユーモアを失わない人間らしさを描いているんだ」と語った。
ジャームッシュ作品のスター集結…ビル・マーレイはゾンビホラーの代名詞(?)に
「ブロークン・フラワーズ」のビル・マーレイとクロエ・セヴィニー、「パターソン」のアダム・ドライバー、「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のティルダ・スウィントン、「ミステリー・トレイン」のスティーヴ・ブシェミら、本作にはジャームッシュ作品の常連キャストが集結した。
ジャームッシュとは4度目のタッグにして、警察署長クリフを演じたマーレイは「脚本を受け取ったときは興奮した。すごく面白かったんだ。ジムがこういう形のコメディを書けるとは知らなかった」と明かす。さらに「ゾンビランド」シリーズに続くゾンビ映画への出演を受け「たぶん、私はゾンビホラーというジャンルの代名詞になるだろう」と豪語(?)した。
初期段階に脚本を読み「“死者が死なない”ことで、虫の居所が悪くなる葬儀屋を演じたい」と自らリクエストしたというスウィントンは、日本刀でゾンビをぶった斬る葬儀屋ゼルダ・ウィンストンを演じた。スウィントン自身も「誰もゼルダのことをよく知らない。彼女がどこから来たのかもわからない」と話すほど謎の多いゼルダ。劇中で彼女が取る行動こそが、作品の最大のサプライズと言えるかもしれない。
そのほかにもジャームッシュ作品常連であるイギー・ポップがコーヒー・ゾンビに扮しているほか、「コーヒー&シガレッツ」出演のRZAや、トム・ウェイツといったミュージシャンも出演。そしてジャームッシュが絶賛するポップスター、セレーナ・ゴメスが都会的な若者ゾーイに扮した。ジャームッシュは意外にも、ゴメスの大ファンなんだとか。
真のテーマを知る鍵は、主題歌にあり!
本作は、最終的な解釈は観客自身に委ねる作りとなっている。それでも作品全体のテーマについて知りたい場合は、劇中で何度も流れる主題歌「デッド・ドント・ダイ」をチェックしてほしい。「どの街角でも1杯のコーヒーが待っている」「いつか我々は目を覚まし、その街角が消えたことを知る」と、急速に変化していく世界における無感動、無関心について歌う同曲は、グラミー賞受賞経験のあるカントリー歌手スタージル・シンプソンによって書かれたもの。
2013年のデビューアルバム以来、彼のファンであるジャームッシュは、脚本執筆の初期段階でシンプソンにオファーをした。ジャームッシュはできあがった曲について「まるで1961年に作られ、なぜか歴史の亀裂の中に失われてしまったような、美しい宝石みたいな曲だ」とコメント。なおシンプソンは、本作にギター・ゾンビとしてカメオ出演している。
──この映画に登場するゾンビは、あなたが日頃目にするような光景から思いついたものなのでしょうか。
そうとも言えるね。さらに付け加えるなら、今日の人々の振る舞いというものが、よりゾンビ化しているという印象があるからだ。みんなが自分のことしか考えられなくなっている。そういう生き方が結果的に世界を破滅に追いやっているのに、多くの人が無関心だ。僕らの周りにはそんなゾンビ人間が増えている。スマホ中毒やコンピューター中毒と同時に。
──本作は悲観的と言えなくもないメランコリックな物語と受け取ることもできますが、これはあなたの今の心境なのでしょうか?
確かにダークな印象だが、僕自身はまずコメディだと思っているし、希望がないわけではない。中には前向きなキャラクターもいるし、町の人々が悪人というわけではない。ゾンビというのは、お互いへの思いやりや意識を失うことへのメタファーだ。ただ観客に、この映画を悲観的だと受け取ってほしくはない。僕自身、そうは捉えていないから。
──ジョージ・A・ロメロの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」には、監督としてどれくらい影響を受けましたか?
ロメロのことはもちろん、ポストモダンなゾンビ映画を作った神様として、とても尊敬しているよ。だからこの映画にもたくさん引用を入れた。「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を観て以来、どんなゾンビ映画もその影響を彷彿させる。彼の偉大な点は、ゾンビ、すなわちモンスターのアイデアを変えたこと。ゴジラやフランケンシュタインのような映画では、モンスターは人間社会の外側から来た脅威だった。でもロメロのゾンビは、僕らの腐敗した社会から生まれ、彼ら自身も犠牲者である。そこがとても興味深い。さらにゾンビ特有の“無様さ”も効果的に用いられていて、それは大いに参考になった。
──本作にはあなたの映画の常連俳優がたくさん登場します。イギー・ポップをゾンビ役に起用した経緯は?
彼のゾンビ姿が頭に浮かんでね(笑)。それで電話をして「実は今、ゾンビ映画の脚本を書いているんだけど、あなたにも演じてほしい」と言ったら、「俺がゾンビか?」「そう」「そいつはクールだ!」と(笑)。それから脚本を送って、正式にOKをもらった。彼とサラ・ドライバーが演じるコーヒー・ゾンビのカップルは、この映画に登場する最初のゾンビであり、僕のヒーローゾンビなんだ。