「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」|真のジャーナリズムとは?知られざるヒーローに光を当てるサスペンス 安彦良和によるレビューも

「太陽と月に背いて」「ソハの地下水道」で知られるアグニェシュカ・ホランドが監督を務めた「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」が、8月14日に全国で公開される。本作の主人公は、世界恐慌下で繁栄するソ連に渡り衝撃的な実態を目撃する実在のジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ。「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」やドラマ「戦争と平和」のジェームズ・ノートンがジョーンズを演じた。

映画ナタリーでは、「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイナーやアニメーションディレクターとして知られ、ロシアを舞台とするマンガ「乾と巽 ─ザバイカル戦記─」の作者でもある安彦良和による本作のレビューを掲載。また新型コロナウイルス流行のため自宅に滞在しているホランドにオンラインインタビューを行い、“知られざるヒーロー”を描いた本作について聞いた。

文 / 安彦良和(P1) 取材・文 / 平野彰(P2)

REVIEW

「赤い闇」を照らす一条の光

文 / 安彦良和

ナチズムやレイシズムといった集団的狂気もこわいが社会主義というイズムがこわいのはそれが社会的正義や科学的合理性を併せ持つと汎く信じられてきたからだ。だからソ連という国家は永く不可侵の闇をまとい続けてきた。「赤い闇」を、である。この映画は一条の光で、その闇の中に隠された巨きな悲劇の一つを照らし出している。

「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」Photo by Robert Palka © 2019 Film Produkcja All rights reserved.

一九三〇年代に引き起こされたウクライナでの一大飢餓ホロドモールの事実を我々はあまり知らない。

ウクライナは遠く、しかもそこはロシア一の肥沃な大地であると認識されてきたからだ。しかし肥沃であればこそ、豊かさを生んできたればこそ、ウクライナは革命から目のかたきにされた。レーニンはドンバスの反革命勢力を最大の敵と見なし、スターリンも、新経済政策で芽生えかけていたウクライナの富農層を徹底的な収奪の対象とした。そして、ヒトラーの台頭に危機感をいだき始めていた列国の政治家や知識人はスターリンのソ連邦に期待をかけ「たいがいなこと」は見過ごそうとした。ウクライナでの数百万人の死は「たいがいなこと」の範疇に入れられてしまったのだ。

「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」Photo by Robert Palka © 2019 Film Produkcja All rights reserved.

今日こんにち、こういったことは「不都合な真実」と呼ばれる。分厚く張り巡らされているように見えるジャーナリズムの網を、この「真実」はしばしばすり抜けてしまう。そして、人々がそれに気づき始めた頃には、真実は色あせ、犠牲者は物言わぬまま遠くへ行ってしまっているのだ。

実在した若いジャーナリスト、ガレス・ジョーンズはこの闇の中の真実を暴き、告発した。その姿を、巨匠アンジェイ・ワイダの弟子であるポーランド人アグニェシュカ・ホランド監督は重厚なタッチで描き出す。「赤い闇」の内側にいた自分はまさに彼、ジョーンズを現代に蘇生させる役にふさわしいというようにである。その抑制された手法は、主人公ジョーンズのその後の運命を示す最後のテロップにまで及ぶ。「赤い闇」の底知れぬ暗さを、観る人は更に、知ることになる。

「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」Photo by Robert Palka © 2019 Film Produkcja All rights reserved.
安彦良和(ヤスヒコヨシカズ)
1947年12月9日生まれのマンガ家、アニメ監督、イラストレーター。テレビアニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイナー、アニメーションディレクターとして注目を集める。その後「クラッシャージョウ」「巨神ゴーグ」でキャラクターデザイン、作画監督、監督を担当。マンガ家としても「ナムジ」「虹色のトロツキー」「神武」「王道の狗」「乾と巽 ─ザバイカル戦記─」などを手がける。2014年から2018年にかけて、自身のマンガ作品を映像化したアニメ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」シリーズの総監督を務めた。