入江悠が語る「21ブリッジ」|チャドウィック・ボーズマン最後の主演作!ハリウッドの歴史を受け継ぐ王道エンタメ

2020年8月に43歳でこの世を去った、チャドウィック・ボーズマンの最後の劇場公開主演作「21ブリッジ」が、4月9日に全国で公開される。

本作は警察官の父を殺害された過去を持つニューヨーク市警アンドレ・デイビスが主人公の壮絶なクライムアクション。警官殺しの犯人を追い詰めるため、マンハッタン島に架かった21個の橋を封鎖する作戦が描かれる。ボーズマンは主演に加えてアンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ兄弟とともにプロデュースも担当し、キャストにはシエナ・ミラー、テイラー・キッチュ、J・K・シモンズも名を連ねた。

映画ナタリーでは、映画監督・入江悠に本作をひと足先に鑑賞してもらった。王道のクライムサスペンスが好きだという入江は、ボーズマンにとってキャリアの最高到達点にあたる「21ブリッジ」をどう観たか? 「逃亡者」「フレンチ・コネクション」といった傑作クライムサスペンスを例に出しながら、本作の魅力を語ってくれた。

取材・文 / 斉藤博昭 撮影 / 小坂茂雄

チャドウィックの表現に知性と勇気を感じる

──入江監督にとって、もともと「21ブリッジ」は気になる作品だったそうですね。

そうなんです。映画祭などでニューヨークへ行くことも多く、マンハッタンを封鎖する設定に興味がありました。観始めたら最初の3分くらいで、演出や芝居のトーンが、まさに僕好み(笑)。僕はアメリカ映画でも王道のクライムサスペンスが好きなので、ピタリとハマる作風でした。

──最初の3分で心がつかまれるかどうか、その分かれ目は?

「21ブリッジ」

物語や描かれる事件の発端がどう提示されるか。そこがポイントでしょう。この作品の場合、犯罪を起こす2人の歩き方や、銃の持ち方に、ただ者ではない雰囲気が充満していました。理由はあとからわかるのですが、説明がない時点でも伝わってくるものがある。そこで「これは大人が観て楽しめる」と身構えるわけです。

──「つかみ」がうまいというのは、監督の才能でしょうか。

このブライアン・カーク監督は、初の長編だそうですね。思い出すのが、アントワーン・フークア監督で、彼の初期の作品、「トレーニング デイ」や「クロッシング」でも、同じような感覚を味わいました。「21ブリッジ」は一夜の物語ということで、フィルムノワール感でもフークア監督作とリンクした気がします。

──そのほかにも、ハリウッド作品の王道を受け継ぐ要素は多いですよね。

ハリソン・フォード主演の「逃亡者」などが重なりつつ、トニー・スコット監督の作品も頭をよぎりました。彼は「橋」の撮り方がうまいんです。この映画もタイトルにある通り、橋をキーポイントにして、マンハッタンを封鎖する閉塞感、孤立感を見せるという難しさを表現していたと思います。冒頭とラストのシーンで、その効果が表れていましたね。

──アクションに関しては、どんな印象を持ちましたか?

例えば「フレンチ・コネクション」における高架下のカーチェイスなど、ハリウッドのクライムサスペンスの傑作には、印象的なアクションが登場しますが、その流れを受け継ぐように「21ブリッジ」では、カーアクションにしても、厨房での格闘にしても、その場の特徴に合わせた演出に挑んでいて、感心しました。

──監督の才能はもちろんですが、プロデューサーとして参加したジョー&アンソニー・ルッソ兄弟も助けになったかもしれません。

マーベル作品の中で、僕はルッソ兄弟が監督した「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」が一番好きで、あれもクライムサスペンスのムードがありましたよね? マーベル以前も、彼らは都市型の犯罪を撮らせたら一流だったので、この「21ブリッジ」はうってつけの作品だったのではないでしょうか。

──そしてもっとも注目されるのが、チャドウィック・ボーズマンの最後の劇場公開作という点です。

もちろん、そこは期待していました。チャドウィックは、「ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜」を観て、実在の人物をここまで再現できるのかと驚きました。年齢は僕と2つしか違わないので、同年代として圧倒されたんです。チャドウィックは賞でのスピーチでもデンゼル・ワシントンへの敬意を表したり、先人が作ってきた歴史を自分が受け継ぐという気持ちもあり、そのうえでブラックパンサーのようなヒーロー役も演じきり、尊敬していました。

「21ブリッジ」

──確かに「21ブリッジ」は、ひと昔前ならデンゼルがやったような作品です。

クライムサスペンスの系譜も継いでいるんですよね。チャドウィックは瞳の中に切なさ、悲しさが宿っていて、単に完璧なだけじゃないヒーローや、何か心に傷みを抱えている役を演じきれる。俳優としての奥行きがあるんです。ジェームス・ブラウンもスターである側面と、暴力的な言動や苛立つ瞬間など逸脱した部分をうまく演じていましたから。

──「21ブリッジ」では「めちゃくちゃ熱演している」という印象とも違います。

そこがいいんですよ! 感情表現を意識的にフラットにしてますよね。俳優って、役の感情をきっちり、あるいは大げさに表現しないと不安になるものですが、このチャドウィックは感情的になるシーンでも繊細な表現で押し切っていて、知性と勇気を感じました。監督の立場からすると、抑えた演技を続けてもらうと、「全部つないだとき、劇的にならない」と心配になりがちですが、そこが「センス」なんでしょうね。

──その意味で、偉大な俳優を失ったわけですね。

入江悠

チャドウィックはこれまでもいろいろな顔を見せてくれましたが、これから年齢を重ね、さらに新たな面を表現してくれたはずで、本当に楽しみだったのに……。ただ、これだけ名作を残したので、チャドウィックの意志を継ぐ俳優が現れるでしょう。

──チャドウィックは、「ブラックパンサー」の頃から、がんと闘いながら、仕事を続けていました。

そうらしいですね。この映画でも後半、ちょっとやつれた感じの印象を受けました。でもそんなこと関係なく、アメリカの王道のエンタメを作るという潔さが、彼の中に貫かれていた気がします。

──主人公の周囲にも、何かを内に秘めたキャラクターが多いですよね。

ある程度の映画ファンなら、途中から裏に何かあると予想がつくと思いますが、この映画は伏線の張り方、怪しい人物の描き方が実に巧妙でした。あからさまでもなく、かと言って、さりげなく、でもない。そのさじ加減が適切で、監督として勉強になりましたね。