人間というものが変わらないんだから、マンガ作りも変わらない(市原)
──おふたりが編集者、編集長をやっていて一番楽しいことってなんですか?
市原 全部楽しいです。
武川 日々楽しいけど「これが一番」というのは難しいですね。何かよくわからないけど楽しく過ごさせてもらっています。素人的な言い方になってしまいますが、「なんでこんなことを自分がやっていいんだろう?」っていうことをよく思いますし。昔から好きでマンガを読んでる身としては、週刊少年チャンピオンの編集長をやらせていただくなんて「大層なことになったな」って(笑)。
市原 僕なんかサンデーっ子でしたけど、小学館から出てることさえ就職活動するまで知らなかったし。それが編集長ですよ(笑)。
──市原さんは就職活動のとき、出版社は小学館しか受けなかったそうですね。
市原 そうです。本当は外食産業に行きたかったけど、あだち充先生の「タッチ」が好きだったから記念受験で。編集者が何をするのかもわかってなかったですから。それがサクッと受けたらサクッと受かって。面接のときに周りの連中はとんでもない高学歴で、「御社の方針では……」みたいな分析もしてたと思うし。面接官に小学館のいろいろな雑誌について詳しく突っ込まれてたらそこで終わってましたよ。全然わかりませんでしたから。ただの運ですよね(笑)。
──真面目に小学館に受かりたくて対策してる人が聞いたら怒りますよ(笑)。
武川 いやあ、運命ですよ。
市原 「編集者は何が楽しいですか」って、全部楽しいですとしか言えないですよ。マンガの仕事は全部楽しいです。会社員としてクソめんどくさいことは山のようにありますけど、それはどんな仕事だってそうですから。楽しくないマンガの仕事なんてないですよ。自分の大好きなことが仕事になってて、ゲッサンも含めてサンデーレーベルに20年以上いさせてもらって。サンデーの編集長になってサンデーの舵取りをできるっていうのは本当に面白いです。生まれ変わった来世もやりたいですよ。
──ちなみにですけど、「大阪芸術大学 大学漫画」っていう雑誌があって、2007年に出版された7号に当時の4大週刊少年誌の編集長インタビューがあったんですね。そこでチャンピオンの沢さんは、編集者のやりがいみたいな話の流れで「ペンとインクと紙があって、漫画家と編集がいるだけで世の中が変わる」「たとえは悪いですが、偽札づくりを共謀してるような、ある種の痛快さがこの商売にはあります(笑)」とおっしゃってて。実にチャンピオンっぽいなと。
武川 言ってましたね。悪い男なんですよ、彼は(笑)。
市原 編集者は楽しいけど、偽札づくりと思ったことはないですね(笑)。
──0から1を生み出す的な例えなのかなと。
市原 生み出すのはマンガ家さんではありますけど、その現場にいるのは楽しいですよね。
武川 毎週ベビーラッシュみたいなもんですからね。幸せな現場ですよ。
──もう何年も、マンガに限らず出版業界は苦しいと言われてますが、それでも楽しいですか?
市原 別に関係ないですね(笑)。日々の仕事は楽しいです。
武川 数字が苦しくても僕が苦しいわけじゃないし……って(笑)。
市原 マンガのことをよく知らない業界の人ほどわけのわからない危機感を煽り立てますけど、「お前、マンガ作ったことないだろ」と思ってます。マンガができた頃からその作り方って変わってないと思うんですよ。マンガだけじゃなくて、もっと言えば物語の作り方も、「源氏物語」とか、あるいはもっと昔のパピルスの時代から、ずっと同じだと思ってますよ。読み方やガワは変わるので、そういう意味では時代には適応する必要はありますけど、それは編集者には関係ないです。人間が急に、他人の頭の中を全部覗けるみたいな進化したりでもしない限り、人間を表現する手段だって未来永劫、変わるわけはないんですから。
誌面で周年事業をやるならこれしかない(市原)
──話題を変えまして、今年チャンピオンが創刊50周年を迎えたということで、誌面やWebなどを使っていろんな施策をされてます。サンデーとマガジンは2009年に50周年事業を行っていましたよね。今回、周年事業の先輩として、市原さんから何かアドバイスが伺えればと思いまして。
市原 それは記事に載る前提ですか? 載らない前提じゃないと話せないことが9割なので……(笑)。
武川 おっと(笑)。
市原 50周年のときにやったイベントでは、お金はかかるし、読者じゃなくて誰のためにやってるのかわからないし、みたいな施策も中にはあったので……(苦笑)。だから、言えることは1つだけで、こういうイベントは読者に向けてやるべきだということです。例えばですけど、雑誌に50周年ロゴを入れたからって、そんなことは読者にとっては「じゃあ買おう」っていうモチベーションには繋がらない。だけどチャンピオンはちゃんと雑誌の誌面で、読者に向けた企画をやっている。それは素晴らしいことだと思いますよ。
武川 ありがとうございます。
──2019年のチャンピオンには「名作リバイバル」として、レジェンドと言われるような作品が再掲載され、作家さんへのインタビューも載っています。
市原 若い読者からしたら知らない世代の作品が読めるのはいいですよね。自分が買ってる雑誌の、ちょっと得する情報というのはとても意味があると思う。誌面で周年企画を展開するならこういうのしかないと思います。
武川 おっしゃられたとおり、50周年だからって読者に何かいいことあるの?って言われないように誌面で企画を展開するのってなかなか難しいんですけど。50年も歴史があれば、読者が体験したことない世代のチャンピオンのことを知っていただくのはいいことかなと。だから例えば「750ライダー」を掲載することで、かつての読者が最近のチャンピオンを読んで体験していただくきっかけにはなるのではないかと考えました。
──つのだじろう先生の「恐怖新聞」とか山上たつひこ先生の「がきデカ」とか、まさにレジェンドという作家さんたちの作品やインタビューが読めるのがすごいですよね。
武川 今のチャンピオンももちろん絶対に面白いと思うんですが、どうしても語られることの多いのは「ドカベン」「ブラック・ジャック」「がきデカ」「マカロニほうれん荘」というような時代の作品。そのあたりの読者層は今、週刊少年チャンピオンを毎週買ってはいないと思います。この再掲載をきっかけに毎週買っていただければ最高にうれしいですけど、そうでなくても1回だけでも戻ってきていただいて、お楽しみいただけるのであれば意味があるんじゃないかという気持ちですね。
──実際、昔チャンピオンを買っていた方からの反響というのはありますか。
武川 ありますよ。達筆なお手紙をいただいたりとか。週刊少年マンガっていうのは読む人に活力を与えるものだと思っているんですけど、その活力を読者としてもらったことのある人の心の中には、きっと何かが残ってると思うんですよ。破片なのか、粉みたいにちっちゃくなってるのかはわかりませんけど、当時、マンガを読んで元気になった記憶とかが蘇ってきたりすると思うので。そこにスポットを当てることができればうれしいですよね。
市原 あとは巻末に載ってる「今週のレジェンド作品」という企画もいいですよね。
──毎週違うテーマで、2作品を紹介するコーナーですね。今市原さんが読んでいる24号だと、ギャンブルを扱った「麻雀鬼ウキョウ」と「GAMBLE FISH」が扱われています。
武川 掲載するすべてがスーパーヒットではないかもしれませんが、だけどみんなに愛されている作品を並べていくという企画ですね。
──50周年を振り返ろうっていうときに、普通はメジャーなものから紹介されるものですが、ここではそうでもない作品も出てくるという。
市原 そう。大ヒットマンガ以外にもファンはいるわけですから。これね、1年間ずっとやったら絶対面白いですよ。
──そんなに有名じゃないけど好きだった作品がここに載るとうれしいですよね。
武川 次に何が出てくるかわからない、ガシャポン的なコンセプトでやってます。
市原 「COUNT DOWN TV」でたまにやってる、特定の年代のヒット曲を振り返るみたいなね。自分が気に入った年代だと得した気分になるけど、4年前とかだと「そんな最近を振り返られてもな」って気分になることもあるという(笑)。
武川 音楽や匂いをきっかけに何かの記憶を取り戻すみたいに、「このマンガ読んでた頃はこんないいことあったな」「失恋したな」とかいろいろ思い出してもらえたらいいなと。
4誌が欠けないことに意味がある(武川)
──7月15日には東京・秋葉原UDXギャラリーで「週刊少年チャンピオン創刊50周年大感謝祭」と題したイベントも行われます。トークショーなどのほか、「セレクトマニフェスト」という面白い企画がありますね。
武川 そうなんですよ。創刊50周年記念の特設サイトで作家ごとに3つずつのマニフェストを発表してまして、実現してほしい企画を読者さんに投票してもらうんです。そして1位のものをイベントで発表します。
──例えば「BEASTARS」だと、板垣巴留先生が考えた「カラー原画を展示する」「ルイになりきれるフォトパネルを設置する」「一番会いたい動物を呼ぶ」っていうマニフェストがあって、投票で選ばれたどれかがイベントで実現すると。
市原 面白いですね。読者が参加できるイベントはいいですよね。サンデーも中高生限定のサンデーサポータークラブっていうのがあるんですけど、先日その会員向けで「サンデー文化祭」っていうのをやったんですよ。1年につき2冊ずつですけど60年分のバックナンバーが読める図書館を置いたり、作家さんのトークショーをやったり。そのへんを青山剛昌先生とか藤田和日郎先生が歩いてるっていう豪華なイベントだったので、みんな喜んでくれましたよ。おそらくあのイベントに来た人は、サンデーのことを一生好きでいてくれるんじゃないかなと。
──ファンを育てるという意味で大切な経験ですね。
市原 そう。そういうファンが熱源になりますよね。
武川 やはりイベントをやるなら、読者の心に何か残らないといけないですよね。
市原 そういう意味では、チャンピオンの企画はどれもいいですよね。うちでもやろうかな。サンデーは50周年が大変だったこともあって、今年の60周年は何もやってないんですけど、61年目にでも(笑)。
──最後にお互いの雑誌にエールをいただければと思います。
市原 最初に武川さんが言ってましたけど、世界に地球人類が何十億人も暮らしている中で、週刊少年マンガ誌っていう日本独特のカルチャーがあって、しかも4つしかないんですよ。
──週刊少年マンガ誌の編集長も地球に4人しかいない。
市原 そうそうそう。やっぱり伴走者がいるっていうのはとても重要なことで。要はプロ野球だって1球団だと争いにならないわけですから。4つのレーベルがそれぞれのカルチャーとしてあるというのはとても心強いことです。紙の雑誌が今後どうなるかは知らないですけど、今後もマンガ文化においてのレーベルというものはとても重要なままでしょうから、その意味ではこの4つしかないレーベルそれぞれがずっと元気だといいなと思っています。
武川 4誌が混在していることが非常に重要なのかなとは思いますよね。もちろん売り物なので売り上げで競わないといけないんですけど、4誌のどこかが話題を作ると週刊少年マンガ誌全体が盛り上がることもあると思いますし。ライバルというよりは、先ほどおっしゃっていた「伴走者」という言葉になるのかと。確かに1人で走るのは寂しいですよね。そんな寂しい中では活力ある週刊少年マンガ誌を作れないなと思うので、この4誌が欠けることなく走ることに大きな意味があるのかなと。その中でお互い、いかに目立っていけるかっていうことを期待しておりますので。がんばりましょう。
市原 がんばりましょう!