週刊少年チャンピオン50周年 対談連載第1回 武川新吾(週刊少年チャンピオン編集長)×市原武法(週刊少年サンデー編集長)|世界に4つしかない週刊少年マンガ誌 僕たちはライバルではなく“伴走者”

サンデーの改革の手応えは、現時点まででは85点(市原)

──これは市原さんに伺いたいんですけど、2015年にサンデーの編集長に就任された際に誌面で所信表明をされましたよね。「生え抜きの新人作家さんの育成を絶対的な使命とします」「掲載作の決定は編集長である僕がただ一人で行います。僕の独断と偏見と美意識がすべてです」といったような内容で、それについてはコミックナタリーでもインタビューさせていただきました(参照:週刊少年サンデー特集、新編集長・市原武法インタビュー)。「この方針に反する行動をとる編集部員は容赦なく少年サンデー編集部から去ってもらいます」といった言葉の強さもあってか、TV番組の「ワイドナショー」で松本人志さんが反応されるなど、かなり反響も大きかったです。あれから4年経って、サンデー編集部はどれぐらい変わりましたか。

市原武法

市原 当初予定していた「まずは3年間でこういうことをやろう」っていうことは全部終わっているんですよ。なかなか軌道に乗らないこともありますけど、まあ4年間という意味では85点っていうところじゃないですか。

武川 高得点ですね。さすが。

市原 自分が長く所属したレーベルだし、何をするべきかが明確だったので。もちろんさまざまな課題があって、長期スパンで解決すべきこともあれば、中期スパン、短期スパンでやることもある。長期スパンのことは、編集部の風土というものを作り直さなければいけないので、本当のことを言えば何十年あったって終わりませんよ。僕から数えて2代目、3代目編集長ぐらいまでかかるでしょうけど。具体的に言えば新人作家さんとマンガ編集者の育成を続けないと話にならない。でもそれは3、4年とかでできるわけがないんです。8年間ぐらいかけて、編集者と新人作家群の育成が軌道に乗るところまでが仕事ですかね。サンデーの売り上げといった数字はV字回復してるので、会社的にはもしかしたらそれでいいのかもしれないですけど、でも業績が回復したから安全だっていうことではないですから。風土が強固なものにならないと。僕がいなくなった瞬間にまた元の木阿弥になったらなんの意味もないので。安心して引退できる日を楽しみにしてます。もう疲れましたけどね(笑)。

武川 いやいや(笑)。ご引退を考えるのは早いでしょう。

──命題として挙げていた「生え抜きの新人作家の育成」という点への手応えはいかがでしょうか。

市原 順番で言うと、作家さんだけじゃなくてまずは、いい新人作家が現れたときにその作家に才能があることがわかって、親身になってきちんと伴走できる優秀な編集者をたくさん育てないといけないんです。そういう使い物になる編集者がある程度の数は育成されてきたなっていう手応えはあって、彼らが出してくる企画や、新人さんのネームがだいぶまともになってきたなと思います。僕が「正気か?」ってため息をつかなきゃいけないレベルのネームは出てこなくなりました。

武川 サンデーさんとは編集風土は違いますが、よくわかります(笑)。

市原 そんなひどいネームを出された当時は、編集者を怒鳴りつけても何が悪いか気付かなかったんですよ。彼らはそれが本当にいいと思ってやってたから。今その人たちに「あのときのネームがいかにひどかったかわかるだろ?」って聞くと「わかります」とは言うので、それぐらいは成長してきたかなと。具体的にすごい作家や編集者が1人出てきたとかそういう話ではないので、まだまだ道半ばにもほどがありますけど、あとは彼らを野に放ったときにどれぐらい暴れられるかというところまでは来たんではないかと。

──2015年のインタビューでは、新人作家の読み切りのネームから連載企画のネームまですべて目を通すという話をされていましたよね。それはまだ続けてるんでしょうか。

市原 いえ、あんなこと続けてると死んじゃうので(笑)。3年間は1人でやりましたけど、去年の7月に新人賞および新人作家さんの読み切りに関してはマンガ班という班を作ったんです。そのチーフが3人いて、新人作家の育成は彼らに任せました。それが暫定的なエース編集者です。あくまで暫定ですけどね。まだ認めてはないです(笑)。

武川 まだ認めてない(笑)。

市原 実績が不足してるんでね。でも新人作家のネームのチェックとOKを出すのはチーフに渡して、僕は完成した原稿を読むだけです。

大切にしているのは「カッコいいやつへの憧れ」(武川)

──市原さんの改革は現在進行形ながら、着実に進んではいるわけですね。武川さんがチャンピオンの編集長になったのは2017年ですよね。

武川 そうですね。僕の前に市原さんの所信表明が話題になったので、なんだかすごいことをやる方がいらっしゃるなと思いながら。

──市原さんのように大々的に表明はしないまでも、編集長になった際に「こういうことを変えるぞ」というのを部内だけでも宣言されたりはしたんでしょうか。

武川新吾

武川 編集長が(前任の)沢考史だった頃、僕が副編集長で、マンガ企画の掲載決定の可否と台割(雑誌全体の構成を決めること)に関しては任せていただいていた時代というのが数年あったんですね。だから意外とそのままの流れで編集長としてスタートしたんですけど、いたずらに何かを変化させなきゃいかんということはなかったですね。だから変化っていうよりは、最初から思っていたことを引き続きやっていくことに頭がいったと思います。

──その「最初から思っていたこと」というのは。

武川 子供の頃から週刊少年マンガを読んでいて、カッコいい奴への憧れというのは強いタイプでした。カッコいいというのもイケメンであるかどうかではなくて、生き方だとか「こういう大人になりたいな」って思えるようなこと。世の中、自分がカッコいいだなんて思ってる人だらけとは思えないので、マネしたくなるぐらいの憧れって、週刊少年マンガには必要だと思うんです。だから編集長になる前から、自分が担当する作品のキャラクターに対してはそういう感覚を常に大切にしていました。編集長になってからもそこはブレずに、カッコいい奴、カッコいい作品を誌面に数多く揃えて、読者に刺激的な活力を与えることができるようにしていきたいとは思ってますね。

──改革するというよりは、以前からあるものを守っていくというか。

市原 何も変化する必要ないときに下手に動き回ると甚大な被害が出ますからね。僕が編集長になったときも、別に「改革をしたい」という理由で改革をしたわけじゃないですから。サンデーがあまりにも沈没寸前だったからいろいろやったというだけで。僕だって理想を言えば、美味いものを食べに出張に行ってる間にヒット作がぼこぼこ始まって、どんどん映像化されたりしてウハウハみたいな状態がいいに決まってるわけですから。

武川 素晴らしいですね、そうありたいです(笑)。

作家から出た水を紅茶に変える人、どう運ぶか考える人(武川)

──ここ数年の論調として、「マンガに編集者はもう必要ないのでは」という話題をSNSなどでよく見るんですが、それについておふたりはどう思いますか。例えばWeb発のヒットマンガに対して「編集者なしで、個人が生み出したものがヒットするんだから編集者は要らない」という意見があると思いますが。

市原 読者さんは編集者のことなどお気になさらずマンガを読めばいいと思いますけどね(笑)。

一同 (笑)。

市原 僕は読者時代にマンガを読んでて「うーん、この編集者のマンガはよろしくないな」って思ったことないですから。今もないですし。この対談記事をどなたが読まれるのかにもよると思うんですけど、一般の読者の方が読まれる際には編集者のことなんて気にしないでマンガを楽しんでくださいね(笑)。まあ、編集者の重要性は変わることはないと思いますけどね。作家さんをサポートする意味で、編集者がいたほうが作家さんは絶対にマンガを描きやすいですよ。

──Web発の作家には売り出し方まで自分で考えられる人もいるかもしれないけど、作家とは別にそういう人がいたほうが楽だとは思います。

左から武川新吾、市原武法。

武川 僕個人としても編集者は絶対に要るだろうなとは思いますよ。なかなか一言で表現できないのですが、例えば編集者というのは、作家さんからドバドバ溢れ出る才能に蛇口をつけてあげるとか、出続けちゃうと空になっちゃうから一生懸命に何か刺激を足してあげるとか、そういう類の人なんですよね。あるいは作家さんから水しか出なかったのに、何かを足してあげたら紅茶に変わるぞ、と考える人もいるでしょうし、出てきた紅茶をどうやってお客さんのところに運ぶかを考える人もいる。マンガと編集者の関係って、どうしても読者から見えづらい、イメージしづらいもので、「作家から原稿を貰い受ける人」ぐらいに思われてるのかもしれないですけど、ケース・バイ・ケースで説明しづらいんですよね。何かを足す作業とか運ぶ作業なんかは、今は技術の革新もあって簡略化してやりやすくなってるのかもしれないですけど、やりやすくなってできたその結果に価値があるんじゃなくて、そばに寄り添い、一緒にものを作る過程に編集者の価値があるんじゃないのかなって。

市原 ものを作る過程で生まれる絆は大事ですよね。

──ほかにも「編集なんて要らない派」の意見としては、例えば新人編集者がついた作家からの「編集者はいい学校は出てるかもしれないけど、マンガの勉強してたわけじゃないだろう、そんな素人のアドバイスはあてになるのか」というような声もあると思います。

市原 でもマンガって、最終的に届けるのは読者ですよね? ほとんどの読者はマンガの勉強なんてしていない素人ですよ(笑)。

──確かに。

武川 編集者が若くたっていいと思いますよ。仮にマンガに詳しくなかったとしても、読者に一番近いという才能を持っているのかもしれない。ある意味、いきなりステータス最高値から始まってるっていうことなのかもしれないですよね。

市原 読者代表なわけですから。完全な読者目線っていうのは、僕らにはもうないものですからね(笑)。でもまあ、「編集者ってなんのために必要なんですか?」っていう質問って、お答えできないものなんですよ。長年やってるとわかってくるんですけど、編集者の役割って、本当に作家さんによって違うんですね。「こういう作家さんにとってはどんな編集者が必要ですか?」って聞かれたならお答えできるんですけど。

武川 当たり前ですけど、いろんなタイプの作家さんがいらっしゃって、さっき言った水の例えみたいに、いろんな編集者が必要になる。結果いろんなタイプの作家さんをアシストすることができればより良いですね。経験も大事ですけど、若い編集者のほうが忌憚ない意見を言えたり、今の世の中に対して敏感だったりもすると思いますし。