コミックナタリー PowerPush - 高橋のぼる「チンピラのび~る」

「土竜の唄」作者による“ほぼ”自伝マンガ

実写映画化で話題の「土竜の唄」で知られる高橋のぼる。彼による“ほぼ自伝”マンガ「チンピラのび~る」1巻が、2月6日に発売された。ヤングマガジン(講談社)にて短期連載された同作は、女をナンパしたり詐欺まがいのことをしたりする日常を送っていた底辺チンピラ・中野伸(のびる)が、一念発起しマンガ家を目指しはじめる物語だ。

コミックナタリーでは発売を記念し、高橋へのインタビューを敢行。悪さをしていた頃の自分を赤裸々に描く「チンピラのび~る」の隠れたエピソードから、デビュー当時を振り返る高橋の“まんが道”までを深く聞いた。

取材・撮影/唐木元 文/坂本恵

マンガは感情移入できることが第一

──本日は「チンピラのび~る」についてお伺いできればと思っております。この作品、何が面白いって、身に覚えのあることが端々に出てくるんですよね。怖い人に脅されて引く引かないとか、マルチまがいの勧誘に遭うとか、どっぷりハマるかはさておき、そういうのって誰の人生にも起こりうるものだと思うんです。

ああ、それはうれしいですね。感情移入しやすいというのが第一に必要な要素だと、マンガを描くうえで常々思っているので。

──「チンピラのび~る」は高橋先生の“ほぼ自伝”ということですが、なぜこういった題材を選ばれたのでしょうか。

「チンピラのび~る」より、主人公の中野伸。

自伝って、感情移入しやすいと思うんですよ。僕が小説を読むときも感情移入できそうなものを選ぶんですが、そうすると大体自伝だったりするんです。たとえば色川武大さんの「百」という小説がありまして、ご自身のお話を書かれているんですけど、それが非常に面白くて。その流れで伊集院静さんの「海峡」3部作も読んだんですが、やはりご自分のお話で。

──ではそういった小説を読まれて、自分のことを話すというのは、読み手としては感情移入できるんだなということがわかった、という。

ええ。あと色川さんは公には言いづらい話を平気で書いているのもすごい勇気だなと思います。過去にいろいろと曲がった道も行ったけど、そういうことも全部作品にしてしまっている。あのね、僕は、嫌な過去があってもその意味合いは変えられると思うんです。

悪さをした禊が済んでないから売れないんだ

──あってしまった出来事は変えられないけど、自分にとっての意味は変えることができる。

高橋のぼる

そう。だから曲がった道も行ったりしたけど、最終的にはそれでよかったんだと。でも若いときはそれはわからない。若いときは生い立ちや境遇しかないのでね。だけどその後、ぐるっと回ってくると、こういうことも経験できたし、こういう人の痛みも気づけたということがわかるんですよ。僕はみんな悪だと思ってた。でもこうやって歳を重ねてやっと善がわかるんだよ。

──ご自身のことを振り返って、いろいろ思い当たることがおありになる?

いつでもありますよ、「あんな悪いことしたな」とかね。僕は「土竜の唄」で初めて重版がかかったんですけど、それまでは一切なかったんですよ。それは、ずっとバチが当たっているんだと思っていたんです。

──バチ?

悪さをした禊が済んでないから売れないんだと、ずっと思っていて。心を入れ替えたからって、すぐにはガラッと変わってくれないんです。禊には何年も何年もかかるんですね。長い期間、試されるんです。

「リーマンギャンブラーマウス」に登場した強烈なキャラクター、インドまぐろ子。

──なるほど。僕はリアルタイムで「リーマンギャンブラーマウス」や「駅員ジョニー」も楽しく読ませていただいていたんですが、重版がかかるほどのヒットではなかったんですね。インドまぐろ子なんて未だに語り草になっているのに。

ああ、インドまぐろ子。あの頃は奇をてらうことばっかり考えてましたね(笑)。まあバブルの頃だから5万は刷りましたけど、でも全然ヒットじゃないですよ。アンケート1位とかはあったかもしれないけど。それはやっぱり反省が足りてないというか、禊が終わってなかったから。

高橋のぼるの「まんが道」

──「チンピラのび~る」は高橋先生が悪さをしていたころのエピソードがいろいろと描かれています。ただ主人公の伸はチンピラだけど、やがてマンガ家を目指していく。つまりこれは、高橋先生なりの「まんが道」なんだな、と。

そうなんですよ。まさにそういうことです。僕なりの「まんが道」。

マンガ家を目指そうとする伸。

──伸は絵の才能があると自分でわかっていたことがラッキーでしたね。なかなか自分の才能を見つけられない子もたくさんいるわけですから。

非常にラッキーですよね。誰しも早く自分の天職を見つけなきゃいけない中で。

──高橋先生はデビューするまで結構な苦労をされたんでしょうか。

いや、実は全然してないんですよ。デビューは1988年のビッグコミックオリジナル増刊に掲載された「強引(ゴーイング)'マイウェイ」なんですが、あれなんかマンガ描きはじめてまだ2年くらいでしたから。でも、そこからが大変でしたね。だから、デビューしてから楳図かずお先生のところにアシスタントに入ったんです。

──アシスタントに入られたのは、デビューの後なんですね。

そうそう。自分のデビュー作が載った誌面をめくっていて、これはダメだと思ったんです。増刊号だから水島(新司)先生が将棋の話を描いたり、いろいろ載ってたんですが、ほかの作家さんに太刀打ちできないと言うか、同じ土俵にも上がっていない、と痛感しました。

──危機感を覚えたと。

そう。「あっ、マズい」と思った。「これは消える」と。だから楳図先生のもとにアシスタントに行きはじめたんです。そこでネームの描き方やペンの入れ方とか、そういうのを全部盗みましたね。着彩なんてすごいんですよ、顔に思いっきり黄色や緑を塗っていきますから。なんじゃこりゃ、と。でも一発で完璧にキマるんです。天才ですね。昼は楳図先生のところに通う一方で、夜は自分でお金払ってインテリアの専門学校に通って、パースの勉強をしてました。

──そういったペン入れやネームといった柔らかい部分は楳図先生のところで学んで、パースなどの硬い部分は専門学校で身に付けたと。

高橋のぼる

そうそう。楳図先生のパースは天才だからこそ、ですよね。僕はちゃんと勉強しないといけないんだなと思って学校に通ってました。

──楳図先生と高橋先生の画風はかなり距離があるように思えますが。

読者にはそう見えるかもしれないけど、僕はかなり継承しているつもりです。色使いは無理ですけど、タッチとかね。30分くらい楳図先生のペン入れをずっと見ていたことがあります。ペン先もね、楳図先生が愛用していたのと同じカブラペンを僕もずっと使っていたんだけど、生産中止になっちゃってね。いまは別のものを試している最中なんですよ。

高橋のぼる「チンピラのび~る(1)」 / 2014年2月6日発売 / 590円 / 講談社
高橋のぼる「チンピラのび~る(1)」
あらすじ

中野伸(なかののびる)19歳、趣味はナンパ。千葉県野団市に住む底辺チンピラだ! いつもフラフラしながら、金持ちボンボンをやっつけたり、乳首の取れかかった女性を抱いたり、怪しい磁気布団を販売したりとヤンチャな毎日を送る! そんな駄目駄目のび~るが、あの傑作漫画を描く!? 「土竜の唄」の作者・高橋のぼるの「ほぼ実録」自伝にして破天荒チンピラライフ!!

高橋のぼる(たかはしのぼる)

1964年千葉県野田市生まれ。1988年、ビッグコミックオリジナル増刊に「強引(ゴーイング)’マイウェイ」が掲載されデビュー。2005年からはヤングサンデーにて暴力団に潜入捜査する警察官の物語「土竜の唄」を連載する。後に週刊ビッグコミックスピリッツ(ともに小学館)に移籍。同作は2014年2月に実写映画化された。そのほか著作に「駅員ジョニー」「警視正大門寺さくら子」「リーマンギャンブラーマウス」など。