「それでも世界は美しい」椎名橙×前田玲奈×島﨑信長座談会|恋から始まり、世界と繋がっていく“THE少女マンガ”

リビとニケの「音のない2人の世界」に心奪われました(前田)

──作品内では軽く触れられているキャラクターにも裏設定などはありますか? 例えば、雨の公国のお姉さんたちだとか。

椎名 そうですね、上のお姉ちゃん(ミラ)はさすがに嫁に行ったと思うんですけど、下のお姉ちゃん(ニア)は貧乏くじを引くタイプだから、まだお嫁に行ってない気がします。実は私の母親が四人姉妹なんですよ。母親の姉妹が集まったときのわちゃわちゃ感もなんとなく取り入れて描いていますね。

前田玲奈

前田 私、ルナのお兄様、テーベがすごい好きです。本当に天使だなって思って。

椎名 テーベは私も冊子(25巻紙版の特装版特典)に1コマだけ書いたんですけど、テーベがウルスラを好きになっちゃった。でもウルスラには違う人が……。

前田 えー、すごくお似合いなのに残念!(笑) でも、そういう思いを経て、だんだん男らしく育っていってほしいなって。めちゃめちゃかわいいです。

島﨑 終盤の悪霊退治編もそれだけでスピンオフが描けそうなくらい深堀りし甲斐がありそうですよね。きっとこれ、三蔵法師みたいに冒険してきたんだな感がありましたもん。

前田 日常のカットとか、もうちょっと見てみたいのがたくさんありました。心に残っているのは、バルドが焼いた桃のタルトをリビとニケで一緒に食べるんですけど、その辺りはセリフがなくて、行間読み取るみたいな、ほかにはないシーンになっていたんですね。「それセカ」はけっこう言葉が強い力を持っているお話なので、その音のない2人の世界観みたいなものにすごく心を奪われて、たくさん想像しました。

椎名 やっぱり「そんなに読んでくださったんですね!」というのはうれしいのと同時に照れるというか……。マンガ家って、どちらかと言うと木陰でこそこそしているのが性(さが)みたいなところがあるので、こんなふうに座談会の場を用意していただいて、主演のおふたりに来ていただいて、こんなに面と向かっていろいろ言ってくださるのは、うれしいのともったいないのと恥ずかしい気持ちがいっぱいです(笑)。

前田 先生はいつも腰が低くてご謙遜されていますけど、お話に出てくる方々はみんな芯を持った方々で言葉の力も強くて。

島﨑 あはは(笑)。

前田 先生がいつもふんわりされて少女らしくて、天真爛漫でかわいい方だなと思っているので、このギャップを感じながら、先生から生み出されたものを大切に読みました。

椎名 ありがとうございます……!

「雨の降らない世界」に理由を付けたかった(椎名)

──ちょうどアニメの物語の続き辺りから、だんだんとSF的な雰囲気が出てきた印象ですが、 そちらに舵を切られた理由を聞かせてください。

「それでも世界は美しい」カラーイラスト

椎名 初めはお話を広げることにずっと一生懸命だったんですけど、広げたものをさてどう畳もうか、どうやったらまとまるんだろうって考え初めたのがきっかけです。 雨の降らない世界でみんなが普通に生きてることがずっと引っかかっていたので、そこをもう1回捉え直してみました。

──もう一度、物語世界を捉え直してみた。

椎名 このまま「ファンタジーなので」と突っ走っても良かったんですけど、どうしても理由を付けたかったっていうのが自分の中でありました。ただ、私の引き出しの中にある子供の頃に読んだ作品って、ファンタジーがいきなり現代に繋がったり、終盤になるとSFになっていくものがとても多くあった気がするので、自分が考えたっていうよりも先人たちに感謝です。魔法というものを自分の中で理屈付けようとすると先人のアイデアは本当にすごいなと。その工夫にうまく乗っかれたならうれしいんですが。

──ストーリーの裏にある設定は、初期からあったんでしょうか。

椎名 最初考えていたときは、とにかくこんなに長く連載させてもらえるとは思っていなかったんで、基本的なことだけ決めていました。でも6巻くらいでアニメのお話が来たときに、1回世界観をちゃんとしなきゃって整理したんです。その後、ネフェロ様が登場する15巻辺りで改めて話の終盤までの展開を考えました。

前田 今日とかもそうだけど、この頃ずっと雨じゃないですか(取材は梅雨明け前の7月下旬に行われた)。「それセカ」はファンタジーの世界だけど、作中のキーワードである雨ってすごく身近だから現実とつながっている感があります。今、ニケがどっかで歌っているのかなって。

島﨑信長

島﨑 「それセカ」はファンタジーやSFの要素もあるんだけど、何より登場人物たちに人間臭さがあって、随所にリアリティを感じるんですよね。

椎名 ありがとうございます……!

島﨑 僕の中の少女マンガの大作のイメージが、恋愛もテーマのひとつではあるのですが、より深く人間を描いていくものが多い印象があって。まさに「それセカ」は少女マンガの王道だ!と思いました。

椎名 いやいやいや、恐れ多い……!

「アメフラシの歌」は全部、歌いたいです(前田)

──それでは改めて、今回完結された「それセカ」の魅力を、読者の皆様に向けてお願いします。

前田玲奈

前田 そうですね、一言で言うなら「それでも生きよう」という気持ちを芽生えさせてくれるお話だなと思っています。今ってすごく悲しいことが多かったりして、私自身も、灰色の世界に生きているような感覚があったりするんですけど、ニケが言っていた「心を開けば世界が味方してくれる」という言葉にハッとさせられました。自分だけで悩むんじゃなくて、周りにいる人たちにもっと頼って泥臭く生きていくことが世界の美しさ、その鮮やかさに価値があるっていうことを、最初からずっと教えてくれてたお話だなって。自分も他人もみんな美しいし、がんばって生きていこうって思いました。

島﨑 「それでも」って、意思のこもった強い言葉だと思うんですよね。覚悟がないと言えない言葉というか。そのうえで、「それでも世界は美しい」って言いたくなるような、そんな気持ちにさせてくれる作品です。この作品を読んで何を感じるかは人それぞれだと思いますが、きっと今後の人生をよりよくしてくれる「何か」を、心に残してくれる作品だと思います。

前田 あとせっかく歌(アニメの劇中歌「アメフラシの歌」)があるので、まず歌を聞いてみてほしいですね。

島﨑 あの「アメフラシの歌」、アニメでの演出も本当によかったもんね。

──「アメフラシの歌」はアニメ化後も、マンガ本編のさまざまなシーンで歌われました。その中で改めて歌ってみたいものはありますか。

前田 えー! 全部、やりたいですね。世界を救うところまでやりたいです!

──ありがとうございます。先生からも「それセカ」を読んでこられたファンの方に一言お願いします。

椎名 まずとても長い話になってしまってすみません(笑)。ここまで続けられたのは、読み続けてくださった皆さんのおかげです。最初、読み切りから連載になるまでに2年のスパンがあったんですけど、その時期に「あの話の続きを読みたいです」って手紙をくださった方がずっと絶えなかったのが原動力になっているので、当時お手紙をくださった方もありがとうございます。ひたすら感謝です。

──25巻紙版の特装版には、「描き下ろし後日談マンガ&資料集」が付いてきます。

椎名 本編ではニケとリビのことしか描けなかったので、最終回からほかのキャラがどうなったという後日談を改めて描かせていただきました。31ページ分、がんばって描いたのでぜひ読んでください!

前田 えーすごい!

島﨑信長

島﨑 みんなの後日談は気になりますね。って、これホントに楽しいですね(後日談の原稿を読みながら)。

椎名 これ電子版にはなくて紙の本の特装版のみなので、気に入っていただけたらぜひよろしくお願いします!

──最後にお伺いしたいのですが、シリアスな展開を描き切っての大団円を迎えられて、現在の椎名先生の心境は?

椎名 もうカラッカラです(笑)。

島﨑 あはは(笑)。ここから充電期間を?

椎名 そうですね、もう引き出しが何もなくなったので。

前田 新しくいろいろな作品を見たりされるんですか?

椎名 今は普通に生活をがんばろうと思います(笑)。ポテチ1袋を1食にカウントするようなことはやめて、ちゃんとスーパーに行ってご飯を作ったり……。

前田 素敵な生活ですね。先生の心が満タンになってほしいです(笑)。

島﨑 〆切に追われずにゆったり過ごしてたら、また何か描きたくなるかもしれませんしね。

「それでも世界は美しい」カラーイラスト