小学館の少女マンガ誌・Sho-Comiの創刊50周年を祝し、コミックナタリーで展開している全10回の連載企画も9回目に突入。今回は2019年にデビュー20周年を迎える水波風南が登場する。2012年に実写化され、創刊50周年を記念し新たに読み切りが執筆された「今日、恋をはじめます」、2017年に実写映画化された「未成年だけどコドモじゃない」、連載中の「泡恋」を中心に話を聞き、“高校生にしかない特別感を描きたい”という水波の創作への姿勢にも迫った。
取材・文 / 岸野恵加
6年ぶりの番外編を、ただの日常エピソードにしたくなかった
──Sho-Comi2019年1号に、「今日、恋をはじめます」の番外編が掲載されます。水波さんはこれまで単行本の柱などでたびたび、「番外編は描くのが難しい」とコメントされていますが、それは物語を本編で描ききった、という気持ちがあるからでしょうか?
そうですね。それもあるし、連載をしているときは基本的にそのキャラクターを自分に憑依させてストーリーを考えているので、連載の合間に違う作品を自分の中に取り込みながら番外編を描くのが難しくて。今回はSho-Comiの50周年ということで、お引き受けさせていただきました。
──「今日恋」は2012年に武井咲さん・松坂桃李さん主演の実写映画が公開。単行本の累計発行部数も1000万部と、水波さんの作品の中でも特にファンが多い作品ですし、新たな物語を待ち焦がれていた人もたくさんいると思います。2012年に発表された番外編では、主人公・つばきと京汰が結婚して妊娠が判明するところまでが描かれていました。今回はその後の物語を描くという感じでしょうか。
はい、自分的には「今日恋」で描き残したエピソードはないので、本編で描かなかった秘話……みたいなものは思い浮かばず。アシスタントさんに聞いても、「サブキャラよりはつばきと京汰を見たい」と言われたので、メインの2人を描くことにしました。Sho-Comiは中高生メインの雑誌だから、「今日恋」を知らない現役読者に向けて、高校生のつばきや京汰を描いたほうがいいのかな?とも思ったんですけど、「昔読んでいた人が読んでくれたらいいな」っていう気持ちを優先させました。時系列としては2人の間に子供が2人産まれている状態で、つまりはおじさんとおばさんになった京汰とつばきの話です。
──おじさんとおばさん(笑)。と言っても、20代から30代前半くらいですよね。
はい(笑)。ただの日常エピソードを描くのではなくて、じっくり深いお話にしたいなと。京汰は家族に対してトラウマがある子なので、そこを核に考えていきました。10歳の誕生日にお母さんがいなくなって生活が一変してしまったけど、それまではやっぱり家族の楽しい思い出があった……ということを、彼に思い出させてあげられたらいいなと。
──つばきと京汰の子供たちは何歳くらいの設定ですか?
それぞれ5歳と1歳か、4歳と0歳か、そのくらいです。私も子供が産まれて立場や考え方が変わってきたので、共働きと子育てというものに対して、私なりの意見が作品の中に入っていると思います。自分が子育てをしていなかったらもうちょっと違う目線で番外編を考えたと思うんですが、今の自分にとってはリアルじゃないというか。今描いていて面白いと思うほうをとらせていただきました。
──連載当時の読者の中には、歳を重ねて結婚や出産を経験している方もいると思うので、そういう人が読んだらつばきや京汰と一緒に成長したように感じてくれそうですね。
そうですね。私が子育て中だからこそ思いついた、妙にリアルなエピソードも入っているので、そういうところも楽しんでいただけると思います(笑)。
「今日恋」で一番のチャレンジは、ダサい主人公
──「今日恋」を描くのは6年ぶりだと思いますが、久々に執筆していかがでしたか。
とにかく顔が難しいです。昔の絵を見ると、口が大きかったなあ!って(笑)。バランスをそういうふうにとっていたんでしょうね。実写映画の公開に合わせた番外編で京汰を25歳くらいで描いてみたら、その後「未成年だけどコドモじゃない」の連載を始めたときに、「高校生なのに顔が大人っぽすぎる」と担当さんに言われて、ちょっと絵柄を調整したことがありました。歳をとった状態を描くとなると、なんかバランスが変わるんですよね。あとは髪型。当時はギャル男が流行っていたけど、大人になった京汰にそのまま落とし込むと、「誰?」みたいな感じになっちゃう。
──あはは(笑)。どんな髪型に仕上がっているか、誌面で確認するのが楽しみです。「『今日、恋をはじめます』は水波にとって、一生で一番の宝物です」とおまけページに書いていたように、「今日恋」は水波さんの画業の中でも大きなターニングポイントとなる作品と言えると思います。テンポやストーリー運びが、それまでの作品と比べると変わりましたよね。例えば恋愛の進むスピードもゆったりで、過去作では主人公と相手が序盤の数話くらいで付き合い、すぐ男女の関係になることが多かったと思いますが、「今日恋」のつばきと京汰が恋人になるのは3巻、結ばれるのは9巻です。
あえてゆっくりにしようと思っていたわけではなくて、つばきのキャラクターや、京汰との関係性を考えたら自然にそうなっていきました。あとは、「今日恋」以前の作品ではいかに刺激的なシーンを盛り込めるかを優先してストーリーを組んでいたんですけど、その描き方に行き詰まりつつあったのと、世の中的にもそういうシーンをあまり容認してもらえない流れに変わってきたこともあって。「今日恋」では今までと違う描き方にチャレンジしてみようと思ったところはありました。
──「今日恋」はモノローグで次回へのヒキを作るなど、今までの作品では苦手で避けていたことをどんどんやってみる作品だったとも、ファンブックなどでおっしゃっていましたね。一番挑戦だったのはどこですか?
主人公がダサいところです(笑)。
──「今日恋」以前の作品だと、明るく前向きで、オシャレでモテる感じの主人公が多かったですが、つばきはおさげ頭にひざ丈スカート、ちょっと自己中心的でネガティブなところもある女の子ですよね。
それまでSho-Comiの主人公は、かわいくてモテてハツラツとしてて、オシャレなほうがいいんだろうなって思っていたんです。私自身、読む側としてもそのほうが好きだし、北川みゆき先生の作品とかはまさにそうで、影響を受けていましたし。「今日恋」を描き始めた最初のほうは、つばきがダサすぎるのでつまらなかったです。私はマンガを生み出す作業の中でペン入れが一番好きだし、かわいい女の子を描くのが大好きなのに、その喜びを味わえない(笑)。おさげなんてデビューしてから初めて描きました。だから扉絵ではオシャレさせて楽しんでましたね。
──つばきには先生自身が投影されているとも、ファンブックで語ってらっしゃいましたが。
そうですね。中学生の頃の私に似ていると思います。
──どのあたりが似ているんでしょうか?
いい子じゃないところ……?(笑) 少女マンガのヒロインって地味でも性格がいい子っていう設定が多いと思うんですけど、つばきは「不良のせいで勉強に集中できない」とか言っちゃう子。それは私が学生当時に思っていたことなんです。中学校って連帯責任みたいな雰囲気があるので、真面目な子が損をしている感覚があって。その頃の自分の思いをつばきに反映させました。
──修学旅行で沖縄に行き、京汰から2人で抜け出そうと誘われるけど、つばきが「そんなのもし見つかったりしたら (大学入学の)推薦がもらえなくなっちゃう…!」ときっぱり断るシーンがありますよね。そういうところにも真面目さが出ているなと。
普通は誘われたらドキドキするし、まず喜んじゃいますよね。でもこの2人の場合はそうじゃない。「巻き込んでごめんな たとえ学校にバレても 100パーセント俺のせいって処分させるから」って相手に謝られたら、普通は気を遣って「私も一緒に怒られるよ」って言うと思うんですけど、「くれぐれもよろしくお願いします」って言っちゃうあたりも、つばきらしい個性が出ていて(笑)。描いていて楽しかったですね。
──高3で進路を考えるときにも、主体性のないつばきに対して京汰が「今やってること全部俺基準になってねぇ?」と指摘するのが印象的でした。高校生の頃って恋愛に夢中だとついそこが価値判断の第一基準になっちゃうことも多いと思うし、「彼氏と一緒の大学を受ける」みたいなこともザラにあると思うんですけど、そうではないところがキャラクターに対して真摯だなと。
つばきは表面上の点数をとることしか考えず具体的な将来のイメージを描いてこなかった子で、京汰はそういうところをふわっと受け入れてはくれない。そういうのも京汰らしいかなと描いていて思っていましたね。
──「今日恋」はドキドキする恋愛要素ももちろん魅力なんですけど、そういう嘘のない感じが隅々までに息づいているなあと、読んでいて思いました。
とにかくキャラクターを先行して話を考えたからかもしれないです。デビュー当時から担当さんに「キャラを考えろ」ってずっと言われてて、やっとその意味がわかったのが「今日恋」でした。連載を始めるときはいつも結末を全然考えていなくて、キャラクターがどう動いたかで全部決まっていくんです。プロットを書くときはまず話の流れを考えるんですけど、おかしな流れになっていると、ネームにしたときにセリフが描けなくて、同じコマで何時間も動けなくなる。そういうときはだいたいどこかで方向性が間違ってるので、少し前に戻って考え直したりします。
次のページ »
サブキャラの恋愛にもチャレンジする最新作「泡恋」
- 「Sho-Comi 2019年1号」
- 発売中 / 小学館
- 水波風南「泡恋③」
- 発売中 / 小学館
- 水波風南(ミナミカナン)
- 11月12日埼玉県生まれ。1999年に少女コミック増刊号(小学館)にて「実のある“彼女”」でデビュー。初の長期連載となる「レンアイ至上主義」が280万部を超える大ヒットに。2001年に発表した「蜜×蜜ドロップス」はドラマCD化を皮切りにOVA化、ゲーム化された。2012年には「今日、恋をはじめます」が武井咲、松坂桃李主演により実写映画化。2017年には「未成年だけどコドモじゃない」が中島健人(Sexy Zone)、平祐奈、知念侑李(Hey! Say! JUMP)出演により実写映画化される。現在はSho-Comi(小学館)で「泡恋」を連載中。
2018年12月20日更新