野良猫だったポッケとピップが、イシデ電の家にやってきて15年。ポッケに病が見つかり、闘病から看取りまでを描いた「ポッケの旅支度」。別居婚をしている谷口菜津子が、夫でマンガ家・真造圭伍の飼い猫フミとウニの、不仲でありながらも愛らしさがいっぱいな日常を描いた「うちの猫は仲が悪い」。2つの猫エッセイマンガが発売された。
猫が好き、食も好き、エッセイマンガも描く。共通点たっぷりな2人のマンガ家に、コミックナタリーでは対談インタビューの機会を得た。猫との日々をキュートでコミカルに描いた谷口と、時に笑い、涙し、ずしんと響く猫の最期を描いたイシデ。お互いのエッセイマンガに対してどのような感想を抱いたのか、猫への愛情に溢れたやりとりの模様をお届けしたい。
取材・文 / 川俣綾加
「ポッケの旅支度」
イシデ電が飼い猫・ポッケとの最期の日々を綴ったコミックエッセイ。野良猫だったポッケ(オス、愛称ポッくん)とピップ(メス、愛称ピッ子)が、イシデの家にやってきた日から15年が経った頃、ポッケに病気が見つかる。ポッケの残されたわずかな時間に、どう寄り添うことができるか。イシデは、前の飼い猫の看取りに“しくじった”ことをずっと後悔していた──。
下記試し読みでは、Twitterで12万いいねの共感を集めた、ポッケが旅立ってしまう日のエピソード「臨界」をまるごとお届け。
「うちの猫は仲が悪い」
谷口菜津子が、別居婚をしている夫・真造圭伍の飼い猫フミとウニに好かれようと奮闘するコミックエッセイ。フミ(10歳・メス)は人前ではタフだけど実は繊細で甘えん坊、ウニ(3歳・メス)は人前ではビビリだけど飼い主たちの前では怖いものなしと、2匹の性格は全然違い、そしてとっても仲が悪い。だけどケンカばかりしていても、思うように自分になついてくれなくても、猫たちとの暮らしは愛おしい気持ちになることばかり!
下記試し読みでは、谷口とフミの“ファーストコンタクト”や、ウニが新入り猫としてやってきたときの様子などを描いた冒頭第1章をまるごとお届け。
仲の悪さをテーマにしたのが衝撃的
イシデ電 谷口さんのマンガはずっと楽しく読んでいたので、今日はお会いできてうれしいです。いいマンガを描く人の猫エッセイはやっぱり面白い。ウニちゃん、フミちゃんはInstagramでもずっと拝見してて、(イラストと実際の猫が)すごく似てますよね。
谷口菜津子 ありがとうございます。私もイシデさんをすごい作家さんだとずっと思っていたから、やっとお会いできてうれしいです。
イシデ 2匹はけっこう大きいんですか?
谷口 フミが4kg、ウニが3.7kgくらいです。フミが少し太め。
イシデ 4kgなら大きすぎるってこともないですよ。ポッケは全盛期が5.5kg、ピップが4.5kgの合計10kg。でも今はピップは3.5kgくらいですね。歳を取って小さめになってきました。
──まずは猫紹介から始まるのは猫飼いあるあるですね(笑)。「うちの猫は仲が悪い」では、谷口さんがウニちゃんとフミちゃんになついてもらえない寂しさを描いていましたが、「ポッケの旅支度」にはポッケくん、ピップちゃん、どちらも最初からなついたエピソードがあり、そこは正反対ですね。
イシデ 最初から私を好きでしょうがない感じでしたね。だから、谷口さんが猫の仲の悪さをタイトルにしたのは衝撃でした。「そこをエンタテインメントにするのか! まだこの世に生まれていない猫マンガの切り口があった!」って。
谷口 別居で飼ってる猫だから「別居婚」の切り口から描くか迷いましたが、猫の仲の悪さのほうが新しいかも、とこちらに決定しました。ただ改めて2匹を見ると、言うほど仲が悪いってわけじゃないような……一緒にいるときもあるから。自分の中では「テーマが地味かも?」と不安もあったので、そう言ってもらえて安心しました。
先住猫VS新入り猫
イシデ 先住猫のフミちゃんがいる状況で、新たにウニちゃんを迎えたときのエピソードも教訓に満ちてますね。一時期、近所に野良猫が増えて、保護して里親を見つける活動をしたことがあるんですよ。一時的に保護した猫がいると、先住の2匹も仲が悪くなってしまい、あのときはすごくきつかったです。
谷口 生活の変化を嫌いますよね。いつもと少しでも違うと、フミは激怒します。人間は日々の生活に変化が欲しいけど、猫はそうじゃないっていうのもフミとウニに関わるようになって初めて知りました。子猫のウニがきたときは、真造さんが「ウニ~! ウニ~!」な状態になっちゃって。フミがジト目でそれを見るみたいな。
──子猫の魅力にはなかなか抗えませんね。落ち着いた老猫もかわいいですが。
谷口 メロメロっぷりがすごかったんですよ。イシデさんも「ポッケの旅支度」でポッくんの子猫時代を描いていましたよね。
イシデ 子猫時代は猫の一生のほんの一瞬じゃないですか。朝と夜でさえ大きさが違う気がします。
谷口 わかります。一週間会わないだけで「えっ! もうこんなに大きくなったの?」って。
イシデ 先住猫への配慮の大切さを真造さんに説明する場面で、千葉雄大さんが出てきたのはすごく面白かったです。しかもご本人そっくりだし、かわいいし。
谷口 千葉さんのファンの方にも褒めていただきました(笑)。
イシデ 次の猫を迎える際には、ピップはストレスを感じるだろうから、「うちの猫は仲が悪い」を読んで予習しています。万が一仲が悪くても、悪いなりに考えて楽しもう。
谷口 相変わらずにらみ合うことはありますが、近めの距離感で寝ることもあるから、チームではあるのかも。友達ではないかもしれないけど(笑)。
──Instagramの写真を見ると、くっついて仲良しな姿はないですよね(笑)。どちらかが手前、どちらかが後方にいて、音楽アーティストの写真みたいになっている。
谷口 基本的に近くに並ぶことは滅多にないので、偶然同じ画角に入りそうな時はチャンスだと思って写真を撮ることが多いです。2匹がすれ違うときも緊張感が漂ってますね。もしくは、どちらかが殴り始めるか。
生と死のリアルを突きつける「ポッケの旅支度」
──谷口さんは「ポッケの旅支度」を読んでいかがでしたか?
谷口 マンガとしての構成が巧みで驚きました。ポッくんとの生活が始まった15年前から始まり、中盤で看取る。その後は、イシデさんの生活の中にあるポッくんの余韻を描くことで「看取り」に完全に焦点を当てているのが、パンチのある構成になってますよね。
──思い出にページの8割を使って、ラストに看取りを描く構成も採用できたのに、そうではない。あくまで「看取り」を中心に、その後の飼い主の生活と心境が描かれるのも、目の付けどころが違いますね。
谷口 そうなんです。マンガとして楽しめる猫の物語でありながら、真摯で丁寧な姿勢が伝わってきます。ポッくんとの思い出のページは読むたびに泣いてしまう。
──看病やお葬式など、猫の死をここまで丹念に取り上げてくれるエッセイは貴重だと思います。
谷口 ペットの死を表現するのに「虹の橋を渡った(※)」ではないんですよね。「ポッケの旅支度」では、亡骸を「どうしようもなく“物”だ」「これが死体だよ」。魂がなくなった瞬間から別のものになった描写がリアルで、死を突きつけられます。同時に、生きるってすごいとも思える映画のようなマンガ。
※ペットの死の婉曲的な表現。
イシデ 柔らかくて温かい猫を15年間も触り続けてきたのに、死んでカチカチになったあの手触りは強烈に記憶に残るんですよ。
谷口 前日の感触とは全然違うんですか?
イシデ そうですね。その前日も、ほぼ死にかけなんですけど、それでも違いましたね。
──エッセイでは「“死んだ”と素人でも判別できる方法を教えてください」と獣医に聞く場面もありましたね。
イシデ 昔の映画で火葬炉に入った後に目を覚ますシーンがあったのを思い出して、そういったことがないように、入念に。
谷口 「うちの猫は仲が悪い」で「SNSで飼い猫が亡くなった話を読むと」というセリフがあって、それはイシデさんちのポッくんのことなんですよ。
イシデ やっぱり! 実は私のことかなって思ってました。
谷口 真造さんと一緒に、Twitterで公開されているイシデさんの猫エッセイを追ってるうちに「飼い猫の死」について真剣に考えないとな、と話し合うようになりました。フミは今12歳で、ふくふくしていたのが少しやせてしまい心配になってきたのもあります。いつかうちもケソケソの猫ちゃんになっちゃうのかな、どう看取るか、とか。
──具体的にはどういう話をしましたか?
谷口 飼い猫が死ぬときのシチュエーションを想像するようになりました。見送る体制を整えておかないとな、と。今のかかりつけより、もっといい動物病院があるんじゃないか、延命するか決断しないといけない場合はどうするか。悩みが増えただけかもしれません(笑)。今は別居婚ですが、猫に深入りすればするほど、この子たちと過ごせる1分1秒が貴重だと改めて感じられて。私の知らない猫の一面をもっと知りたいし、最期のときも後悔しないようにしたい。となると、やっぱり一緒に住むしかないなって考えるようになりました。
──あとがきでも、一緒に住める部屋を探し中と書かれていましたね。
谷口 夏から探しているのに全然見つからないです。
イシデ 賃貸で探してるんですか?
谷口 賃貸です。
──イシデさんは部屋探しは苦労しました?
谷口 それ聞きたい。
イシデ もう全然選択肢がないから、逆に苦労しなかったですよ。検索したらその一軒しか出てこなかったから。
──そういう場合、たいてい部屋も設備も古くて、立地も大変な場所で。
イシデ そう、築50年の部屋でした。クッションフロアの一部を触ると、おそらく腐って床が抜けたであろう箇所が「びよんびよん」って上下してましたよ。
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自分にとって家族アルバムみたい