夫の入院をきっかけに知った猫のリアル
──谷口さんは、真造さんが悪性リンパ腫で入院中、猫のお世話で真造さんの家に毎日通っていたそうですね。その中で「猫はずっと寝てる」と発見したのも、猫あるあるですね。
谷口 2匹にとって、それまでの私はお客さんだったんですよね。たまに来るからテンションが上がって活発になっていただけ。フミとウニにとって私はまだ生活の一部じゃなかったんだってショックでした。
──別居婚だと猫とは独特な距離感ですよね。
谷口 そうですね。他人から見たらどうなんだろう。
イシデ 新しいですよ。人んちの猫をエッセイマンガにするって、なかなかないじゃないですか。会えない時間が育てるものもあるし、大好きでずっと一緒にいても猫はたいていずっと寝てるから。
谷口 ポッくんが死にかけのときも、いつも通りのピッ子ちゃんに癒されたとイシデさんが描いてたように、私も真造さんの入院中はいつも通りの2匹を見てほっとしていました。今のことだけ考え、ただ寝たり食べたり、ちょっと寂しくなったら「にゃー」と寄ってきたり。今はつらいけど、食べて寝て人生はずっと続いてくんだなって救われました。
イシデ 動物の無情さは、時に救いになるんですよね。人間は感傷の生き物だから全然違う。動物のドキュメンタリーを見ていたときに、ライオンの群れのお父さんが年老いて移動に耐えられなくなったら、子ライオンたちはそのまま放置して先に進んでいってたんです。お父さんライオンはその場でうずくまって、あとは死ぬのを待つだけ。それと似た片鱗をピップにも感じました。
──人間の感傷や事情なんておかまいなし、だからこそいい。
イシデ 真造さんに嫉妬してしまうくだりを描いてくれたのもよかったです。よくぞ描いてくれたなって。
谷口 3カ月くらいずっとイライラしてたから、真造さんからしたら嫌な感じだったはず。ダサいのですが、どこかで「天真爛漫な天才作家」に憧れていたので、こんなにも人と比較してる自分がショックで。この感情とどう折り合いをつけるか悩みました。
イシデ 売れてるマンガ家で、パートナーですもんね。
谷口 いろいろ話し合ったり考えたりした結果、私は真造さんが忙しいとマンガに集中しきりで、ほかに見向きもしなくなるのが寂しいんだと発見したんですよ。それを何とかする解決策を模索して、だいぶ落ち着きました。
イシデ そのへんをテーマにしたマンガもぜひ描いてほしいです。読みたい。真造さんのご病気の件は大変でしたね。
谷口 大変でしたが、本人は悲壮感たっぷりだったわけでもなく、療養中も「アヒージョ食べたい」とか言ってました。
イシデ 牡蠣のアヒージョの缶詰ですよね。あれを病院で酒なしで食べたんですね。夜、お酒を飲みながら食べるのが当然くらいな感覚だったから意外で。
谷口 そうですよね。求められるままに持っていきましたが、不思議ですよね(笑)。
ふとした描写からにじむ作家性
イシデ ウニちゃんの柄は描くのが難しそうですね、着色はどうしてます?
谷口 基本的にiPad、鉛筆も少し使っています。猫を飼ったことのない人にも猫と一緒にいる気持ちになってほしいから、ふわふわ感が表現できるようがんばってみました。
イシデ ふわふわ感は白と黒で出すのは難しいですよね。黒い部分が重なると全部ベタッとして質感がなくなったりして。
谷口 しかも、猫の柄は動くたびに変わるから完全に把握するのは無理。
イシデ ほかにも、谷口さんがフミちゃんをなでようとしたら「ニョイ~ン」って手に沿って避けるところ、すごく好きです。こぜのときはよくやられてました、なつかしい。
谷口 ありがとうございます。最初に描いたときはわかりづらかったみたいで、編集さんと相談して直した箇所なので、伝わってよかった。
イシデ 「6月某日、Mさん一家がしゃぶしゃぶを食べた帰り、奇妙な鳴き声が…」。この「しゃぶしゃぶ」、いる?っていう(笑)。こういうのも好き。
──(笑)。
イシデ 私だったらカットしてしまうかも。でも谷口さんは入れるほうを選ぶ。作家性が垣間見えて楽しいです。
──谷口さんは月刊コミックビーム(KADOKAWA)で新連載「ふきよせレジデンス」をスタートさせたばかりです。せっかくなのでそのお話も伺えますか。
谷口 結婚していても、家族がいても、一人暮らしになる可能性は誰にでもあるってことを、真造さんが病気になって改めて感じたんですよ。夫婦でもどちらかが先に死ぬから。一人暮らしの友達もコロナ禍で心が疲れて倒れた人がいて、そんなときにどうすればいいのか考えたのが「ふきよせレジデンス」を描くきっかけでした。
イシデ ポッケの介護をしていた頃は、マンガを読む気力がなかったですが、コミックビームの谷口さんのマンガだけは読んでました。新作もかわいいし、それでいて毒もあるし、私もこうだったらよかったのに。
谷口 ありがとうございます。
イシデ 別居婚ってことは、一人暮らしの魅力を知っている人だというイメージ。私も一人暮らしが大好きです。
谷口 大好きですね。一生このまま一人暮らししたいと思ってました。でも真造さんが倒れたときに発見できなかったり、猫たちを助けられなかったりしたら、死ぬまで後悔しそう。だから一緒に住む部屋を探しているのはあります。それでも遠い未来に一人暮らしになる可能性はあるし、家族じゃなくても、誰かが倒れたら発見できるような関係性を描いてみたかったんです。
イシデ 「感じの良い知人」が近くにいるとちょうどいいですよね。ベタベタせず、プレッシャーもないような。
谷口 ときどきあまった桃をもらうくらいの関係がいい。
イシデ 相変わらず、谷口さんは食べ物の描写が信頼できる。「ふきよせレジデンス」に登場する燻製ベーコンのカップラーメンが食べてみたいです。スモーキーな味わいのブロックベーコンを柱型に切って、ラーメンに入れて食べるのが好きだから、このカップラーメンもたぶん私の好きな味。
谷口 私の想像のカップラーメンなんですよ。
イシデ 和菓子の「水無月」も、味噌あんの柏餅も食べてみたいです。美味しそうな食べ物の知識が増えていきますね(笑)。谷口さんの著作「さよなら、レバ刺し~禁止までの438日間」もよかったです。レバ刺しが禁止になった日の朝に目覚めて、涙が目からつーっとこぼれ落ちるのが印象に残ってます。
介護と看取りは猫飼いの醍醐味
──おふたりにとって、猫との生活はどんなものでしょうか。
イシデ 私はもう猫と暮らすと決めているので。
──猫のいない生活が想像つかない、みたいな?
イシデ そういうわけでもないです。ポッケとピップを見送ったら海外旅行に行ったり、花を飾ったりしたいと想像していた時期もありますよ。とはいえ、私は今46歳。猫を飼って20年生きたとして、66歳。それまで猫を養えるのかどうか……。残された時間が短いです。寿命ギリギリまで猫と生きるには時間がない。実は譲渡会にも顔を出して、次の子を探し始めています。
──そうなんですね。
イシデ 次は難易度の高い子を迎えようと思ってるんですよ。ポッケもピップも飼いやすいタイプだったから、次はもらい手がないくらいの子を。かわいい子猫や飼いやすい性格の子は若い方におまかせします。老いていたり、病気だったり、気難しい子を見守りたいですね。
──そのときは、また猫エッセイマンガが読める。
イシデ ぜひ描きたいです。
谷口 どんなときも平常運転な猫がそばにいてくれると、いろいろなことに冷静になれるのでありがたいです。真造さんとケンカして言い合いになると、猫が「うるせえ!」と怒って、それで落ち着けるんですよ。人間がいかに特殊な生き物か、輪郭をはっきりさせてくれるのが面白い。まずはフミとウニとの日々を大切にしながら生活したいです。
イシデ 猫と楽しく仲良く暮らすのと、猫の看取りは分断されているものじゃないですしね。介護が始まってからは大変だけど、そこからが猫飼いの本番で醍醐味。それまでは楽しい思い出をいっぱい作って、大変な時期に向けた馬力にしていく。
──猫の看取りで、一切の後悔をしないのは無理だとしても、いっぱい愛して楽しく過ごすことこそが後悔の少なさにつながりそうです。
イシデ 読者の皆さんからも、感想の中で「覚悟」「責任」「猫を飼う人は読むべき」という言葉をいただくことがありますが、何よりもまずは猫との暮らしを楽しんでもらえたらいいなと。初めて猫を飼う人は特に。
谷口 「ポッケの旅支度」は、きっと今後も読み返すマンガです。看取った飼い主同士で経験を共有したり、共感し合ったりしてセラピー的な要素もあると思います。
イシデ 谷口さんは「うちの猫は仲が悪い」も「ふきよせレジデンス」も、SNSでも、マンガだけじゃなくてご本人が面白いんですよね。これからも谷口さんと、フミちゃんとウニちゃん、谷口さんのマンガをずっと追いかけていきたいです。
プロフィール
イシデ電(イシデデン)
2005年デビュー。主な著作に「私という猫」「猫恋人」「逆流主婦ワイフ」などがある。商業誌で作品を発表する傍ら、自主制作でも本やグッズを多数販売。「ポッケの旅支度」の前日譚にあたるエピソードを収録した「考える猫遊び」も、Webストア・でんや書店にて注文を受け付けている。
谷口菜津子(タニグチナツコ)
1988年7月7日生まれ。神奈川県出身。2018年12月に真造圭伍との結婚を発表した。主な著作に「わたしは全然不幸じゃありませんからね!」「さよなら、レバ刺し~禁止までの438日間」「彼女と彼氏の明るい未来」「教室の片隅で青春がはじまる」「今夜すきやきだよ」などがある。現在は月刊コミックビーム(KADOKAWA)にて「ふきよせレジデンス」を連載中。
次のページ »
「ポッケの旅支度」試し読みはこちらから