ギスギスもご飯でゆるむ、作品に流れる優しさの正体
佐伯 今回、改めて読み返してみて、「凪のお暇」という作品において大事な要素だと感じたのが、登場人物の間で摩擦が起きたり、空気がピリッと張り詰めたりする場面で、ふっと食べ物が登場するところなんです。その瞬間、張りつめていた空気がふっと緩むというか。一度はギクシャクした関係が、温かいものを一緒に食べることで、少しやわらいだり、見方が変わったりする。「お腹空いてたら、話もまとまんないよね」みたいな、大人の視点がちゃんと根底にある気がして。そこにコナリさんの世界観がすごく表れているなと感じました。
コナリ 私自身、食べ物が出てくるマンガを読むのがすごく好きなんですよね。だからつい、自分でもつい食べ物を出しちゃうところがあって……。ちょっと反省するところでもあるんです(笑)。
佐伯 いやいや、むしろそこがすごく通底していて、いいなと思っていて。人って、誰かに優しくできないとき、実はただお腹が空いているだけだったりするじゃないですか(笑)。でも本人は、意外とそれに気づいてなかったりする。
コナリ お腹が冷えていたりとかね。
佐伯 そうそう、体調が悪かったとか、寝不足だったとか。本人は気づいてないけど、ちょっとしたことでギスギスしちゃうことってあるじゃないですか。で、そういうときに癒しになるのが、何かを食べることだったり、誰かと触れ合うことだったり……。そういう身体的な喜びへの肯定感が、コナリさんの作品にはすごくあるなって、改めて思いました。
コナリ 確かに、「珈琲いかがでしょう」を描いていたときも、毎回何かしら食べ物や飲み物を出していましたね。私、「らんま1/2」が大好きで、特にうっちゃんがみんなにお好み焼きを焼いて食べさせるシーンがすごく好きなんです。あのシーンを見ながら、私も同じものを食べたくなって、実際に真似してみたりして。そんな子供の頃の原体験が、自分の中にずっと残ってるんだと思います。だからこそ、マンガの中に自然と食べ物を登場させたくなるのかもしれません。
佐伯 それめっちゃわかります! いいですよね、そういうの。
コナリ だから私のマンガを読みながら、みんな一緒に同じものを食べてくれたらうれしいなって思っちゃいます。
佐伯 でも、ほんとに食べたくなりますよね。キャンプ道具の小型バーナーで作るトーストとか、チョコミントハイボールとか! レシピも細かいですし。
コナリ そうそう、私自身もレシピが細かいマンガが好きなんですよ。料理に慣れてないと、目分量とか正直わからないじゃないですか。だから、分量をしっかりと書くのが好きで。
佐伯 しかも、ちょっと“おばあちゃんの知恵袋”っぽい情報も多いから、読んでいて楽しいんですよね。コナリさん自身もそういう生活の知恵的な情報がお好きなんですか?
コナリ 好きです! あと、読んだ人が「お得な気持ちになったなあ」って思ってくれたら、作品のちょっとしたアラとかも見逃してくれるかな……っていう下心もあったりして(笑)。
佐伯 お昼の情報番組みたいな考え方ですね(笑)。
「慎二だけは朝10時にちゃんと集合する」キャラの“舞台裏”トーク
佐伯 キャラクターのことも語りたいです。これは、「凪のお暇」の大きな魅力のひとつであり、みんなが好きなポイントだと思うんですけど。例えば、慎二って、いわゆるレディコミの定型で言えば、最初に出てくるヘイトキャラで終わってしまいそうな立ち位置じゃないですか。しまいには落ちぶれていく対象として描かれて、読者からも好かれない。そんな展開になりそうなのに、この作品では逆にどんどん愛される存在になっていく。読んでいて「あ、コナリさん、慎二のこと絶対好きでしょ」と思ったんですけど(笑)。慎二って、なぜこんなに魅力的なキャラに育っていったんですか?
コナリ うーん。「こういう人が、裏で泣いていたとしたらどうだろう?」っていうふうに、自分自身に提示するように描いてみたら、そこから自然と固まって、あとはもう自由に動いてくれたというか。慎二は描いていてすごく楽しかったですし、一番動かしやすいキャラでしたね。
佐伯 そうなんですね。あと、ももち(桃園)もそうなんですけど、「凪のお暇」って、いわゆるほかの作品だったら通りすがりで終わってしまいそうなキャラクターたちが、その後もちゃんと登場してくれるじゃないですか。それによって、ページを重ねるごとにどんどん愛着が湧いてくるというか。細かいところだと、北海道編で扇風機が語り部になって、東京のみんなの様子を映していくシーン。あそこに、転職エージェントの縁田さんがめちゃくちゃ小さくポールダンスしてるカットがあって。
コナリ そう!! よくお気づきで!!(笑)
佐伯 めちゃくちゃ“解釈一致”でした(笑)。正直、縁田さんのポールダンスって、描かれなくても誰も困らないと思うんですけど、すごく細かいところまで目が行き届いてるなって。つまり、コナリさんってキャラクターを出す責任みたいなものを、すごく丁寧に持って描かれてる印象があるんですよね。普通だったら退場させてもいいようなキャラたちが、ちゃんとその後も出てくる。そういうキャラクターたちを描いているとき、どんな気持ちなんですか?
コナリ なんか私、貧乏性なんですよね(笑)。せっかく出したキャラだから……。
佐伯 それ、めっちゃ「凪のお暇」の作者っぽい! キャラクター自体もアレンジしてちゃんと育てていくというか。
コナリ そうなんですよ。せっかく出したから「この人、こういう一面もあるのかも?」って想像してると、また描きたくなっちゃう。だからあのポールダンスのカットに気づいてもらえたのはめっちゃうれしいです。でも、正直ちょっと忘れてしまっていたキャラもいるんですよ。例えば、坂本さんとか次第に出番がなくなっていったんですけど、彼女は彼女でもう解決してる人だったんですよね。とはいえ、ちゃんと最後に登場させたくて、実は最終巻のラストページで、シリコンバレーでバレーしてるんです(笑)。地味なんですけど「誰か気づいてくれないかな」って、密かに思ってます。でも、改めて振り返ると、慎二以外のキャラは後半、なかなか動かすのが難しかったですね。
佐伯 慎二! なんで慎二だけ、そんなにスイスイ動いてくれるんですか?
コナリ それが、私にもよくわからないんです。私、環七を散歩しながらネームを考えるんですけど、頭の中で「明日10時に集合ね!」ってキャラたちに呼びかけるような感じでやってて。
佐伯 なんだそれ! めっちゃ面白い!
コナリ 例えば、「次の出番は凪と慎二とゴンと円だからよろしくね」って感じで前日に決めておくんですけど、翌朝になると集合場所に慎二しかいない!みたいなことがよくあって。
佐伯 慎二だけはちゃんと来てるんだ!? 「おせーよ」みたいな(笑)。
コナリ そう、いるんですよ! 律儀に(笑)。だから「なんでほかのみんなは来ないのー!?」って1人で散歩しながら困っていました。もう環七が終わっちゃうじゃん!って。5巻くらいまではみんなの集まりがよかったんですけどね。
“空気を読まない”凪と物語の二重構造
佐伯 先ほど、コナリさんが「貧乏性だからキャラをアレンジして楽しんでいた」とおっしゃっていて、そのお話も含めて感じたことなんですが。この作品には二重構造のような面白さがあるなと思ったんです。
コナリ うんうん。
佐伯 例えば凪って、最初は空気を読みすぎて、自分の気持ちを押し殺してしまっているキャラクターじゃないですか。そのせいで滞留してどこにも動けないような状態になっている。でも物語が進むにつれて、少しずつ空気を読まない人に変わっていく。それと同じように「凪のお暇」という作品自体も、いい意味で読者の空気を読まない作品になっていったなと思っていて。「ここで終わりそう」「こう展開しそう」っていう予想を、ぬるっと違う方向に転がしていく。読者の予想を軽やかに裏切ってくる感じが、この作品の大きな魅力だなと。物語が分岐する場面で、コナリさんはどんなことを考えながら、進む道を決めていったんですか?
コナリ びっくりしてほしい、と思いながら描いているところがあるかもしれません。ページをめくったときに「えっ、そっち行くの!?」みたいな驚きがあるとうれしいというか。ちょっとドキッとしてもらいたいっていう気持ちはありますね。あとは、自分が読者だったときに「きっとこういう展開になるだろうな」って予想しながら読むと思うので、それを想像しながら、あえて逆のことをやってみたりもしています。
佐伯 こちらの予想を裏切ってくる作品が好きなのですが、「凪のお暇」は本当に、ずっといい意味で裏切り続けてくれる作品だなって思うんです。それこそ、まさか凪のお母さんまでお暇を取るなんて思わなかったですよ!
コナリ あそこは、本当に描けてよかったと思ってます。お母さんがお暇を取るという展開にたどり着いて、しかも1巻のラストで凪が「お暇いただきます」と言っていたのと同じ構図でお母さんの姿を描けたときに「あ、これドラマより面白くなったかも!」って思えたんです。
佐伯 へええ。ドラマのことは意識していたんですか?
コナリ ドラマは最終回がオリジナル展開だったんですけど、それがすごくよかったんですよね。本当によかったからこそ、「ギリッ!」って、少女マンガでハンカチを噛みしめるみたいな気持ちになって(笑)。もうプレッシャーというか「マンガも絶対面白くしなきゃ!」って思いながら描いていたので、お母さんのお暇を描くときに、あのラストにたどり着けて本当によかったです。
“お暇”があったら何をする? 2人の過ごし方
佐伯 約9年間にわたる連載が終わって、今まさにお暇期間かと思うのですが、最近はどんなふうに過ごしているんですか?
コナリ 本当に今、お暇期間まっただ中で(笑)。最近はずっと、筋トレと手芸に夢中なんです。すごくいいミシンを買って、毎日ひたすらフリルを縫っています。こうガガガッと縫って、糸をギュッと引っ張ると、もうブリンブリンのフリルになるんですよ。それを特に何かに使うわけでもなく、ただただ作って楽しんでます。で、そのあとはパーソナルジムに行って体を動かしていますね。
佐伯 すごい、なんか文武両道ですね! 体も動かしてるし、手も動かしてるし。
コナリ そうなんです(笑)。ひたすら繰り返す作業をしていたいのかもしれないですね。ポイさんはお暇期間があったら何をしますか?
佐伯 1社目を辞めて、“佐伯ポインティ”を始める前に、お暇期間があったんですよ。でも、お金がないからカフェで作業することもできなくて。そしたら、友達が「うちのオフィス、自由に使っていいよ」って言ってくれて。で、その事務所にはマンガや本がたくさんあったので、日がな一日ソファでマンガや本を読んで、たまにnoteを書いて……。なんか「娯楽室に出社してる」って感じのあの時間がめっちゃ好きだったなって思うんです。あとは、ちょっと風邪をひいたときに久々に小説を読みふけって「やっぱこういう時間いいなあ」って。
コナリ え! 風邪引いているときに小説!? 頭に入ってこないかも。
佐伯 なんだろう、病弱な子がベットで寝ながら小説の世界に思いを寄せてる図がよくないですか?
コナリ ああ、「コホコホ」みたいな(笑)。
佐伯 まあ、あんまり病弱じゃないのでそういうタイミングは少ないんですが……(笑)。だからこそ味わってます。