古典大好き・栞葉るりは「神作家・紫式部のありえない日々」を文学が苦手な人にも読んでほしい!昔と今をつなぐ平安コメディ (2/2)

たしかに「源氏物語」は同人誌で、紫式部も同人作家

──ここからは「神作家・紫式部のありえない日々」について、お話を伺いたいと思います。まずは、本作を読んで特に印象的だったことを教えてください。

紫式部を主人公にした作品の中でも、いい意味で清少納言の影が薄いというか……。紫式部に関する作品では、紫式部が清少納言のことをすごくライバル視していたり、ずっと意識していたりする感じに描かれることが多いんです。もちろん、ライバルの対立構造として面白いので、そういう描き方もありだと思います。でも、「神作家・紫式部のありえない日々」はそうではなくて、清少納言のことは意識しつつも、どちらかというと今、目の前にいる彰子様たちを大事にしているという描き方が、個人的にすごく印象に残りました。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。紫式部は「枕草子」作中で夫を貶されて憤慨するも、清少納言の実力を認める。最初こそ清少納言の話題に過剰反応していたが、それが物語の主題とはならず、「枕草子」も宮中で親しまれる随筆として自然に登場する。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。紫式部は「枕草子」作中で夫を貶されて憤慨するも、清少納言の実力を認める。最初こそ清少納言の話題に過剰反応していたが、それが物語の主題とはならず、「枕草子」も宮中で親しまれる随筆として自然に登場する。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。「枕草子」は亡き中宮定子を知り、懐かしむことができる随筆として宮中の人に愛される。中宮彰子も定子を知るため、熱心に「枕草子」を読んだ。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。「枕草子」は亡き中宮定子を知り、懐かしむことができる随筆として宮中の人に愛される。中宮彰子も定子を知るため、熱心に「枕草子」を読んだ。

──ライバルの話よりも、身の回りにいる人の話に比重を置いていると。

そう感じました。実際、「紫式部日記」を読むと清少納言のことは意識しているし、すごい悪口を書いていたりもします(笑)。でも身の回りにいる人のこと、彰子様や友達の小少将の君さんのこともたくさん書いているんです。「神作家・紫式部のありえない日々」は、内容的にはかなり思い切って現代のオタク風にアレンジしている部分はありつつ、紫式部という個人に寄り添っているところが、すごく読みやすいと思いました。新しい視点と言ったら少し違うかもしれませんが、あまり古典を知らない方が想像する紫式部とは違った一面が見られるところが面白いと思います。

栞葉るり

栞葉るり

──本作での小少将の君は、「源氏物語」の大ファンとして描かれています。

小少将の君さんは、史実でも同じ局(※)で寝泊まりするくらい紫式部とは仲がよかったんです。新刊に、あの量の付箋を挟んで紫式部に感想を返していたかはわからないですけど(笑)。

※宮仕えする女房の私室として仕切られた部屋。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。小少将の君は紫式部の友人であり、「源氏物語」大ファンの腐女子。紫式部が「紅葉賀」を書き上げた際は一番に原稿を読み、原稿の1枚1枚に感想を挟みこんだ。
「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。小少将の君は紫式部の友人であり、「源氏物語」大ファンの腐女子。紫式部が「紅葉賀」を書き上げた際は一番に原稿を読み、原稿の1枚1枚に感想を挟みこんだ。

「神作家・紫式部のありえない日々」1巻より。小少将の君は紫式部の友人であり、「源氏物語」大ファンの腐女子。紫式部が「紅葉賀」を書き上げた際は一番に原稿を読み、原稿の1枚1枚に感想を挟みこんだ。

──あの付箋の量からはとてつもない熱量を感じました(笑)。「源氏物語」を人気同人誌、紫式部を神作家として描いていることについては、どのような印象を受けましたか?

実際に「源氏物語」は、身内で楽しんでいたものが徐々に広まっていったので、それはまさに同人誌。最初は5部くらいだけ刷って、端っこのほうで出展していたサークルが、だんだん大人気の壁サーになっていくのも、たしかに同人作家っぽいなと思います。

──確かにそうですね。個性的なキャラクターが多い本作ですが、特にお気に入りの登場人物は誰でしょうか。

紫式部の引っ込み思案だけど、彰子様のためには一生懸命になれるところも好きですし、けんちゃん(※)の天真爛漫のところからは、お母さんと違って、後にけっこう華やかな人物に成長する片鱗が見えていて面白いです。その他の登場人物も含めてみんな好きですが、やっぱり私は彰子様が一番素敵だなと思っていて。彰子様はどうしても定子様の影に隠れて、人柄とかがあまり広くは知れ渡っていないと思うんです。でも実はとても立派な人で、マンガで描かれている通りに、亡くなった定子様の息子・敦康親王を我が子みたいに大事に育てるんですよ。それに、これはこの後のお話のネタバレになってしまうかもしれないのですが……。

※紫式部の娘・賢子。

──史実に即したお話であれば問題ないかと!

※以下の段落には次期帝が誰になるかの言及が含まれます。

はい。その後、史実では敦康親王ではなく、彰子様の産んだ敦成親王が帝になるんですけど、彰子様ご自身は最後まで敦康親王を天皇にするべきだと強固に主張されていたそうです。定子様の子供でも我が子として大事に育てて尊重するところは、定子様に負けず劣らずの魅力を感じます。定子様の魅力が「華やかさ」だとしたら、彰子様は「静謐さ」というか。しっかりと地に足のついた魅力がある。「神作家・紫式部のありえない日々」では、そういった彰子様のあまりフィーチャリングされてこなかった魅力がしっかり描かれていていいなと思います。

「神作家・紫式部のありえない日々」2巻より。中宮彰子は控えめでありながら芯が強く、帝を愛する皇后。帝が愛した中宮定子亡き後、その実子である敦康親王の義理の母となり、大切に育てている。

「神作家・紫式部のありえない日々」2巻より。中宮彰子は控えめでありながら芯が強く、帝を愛する皇后。帝が愛した中宮定子亡き後、その実子である敦康親王の義理の母となり、大切に育てている。

「神作家・紫式部のありえない日々」2巻より。帝を慕うが奥手な彰子と、帝の仲が深まることを願い、紫式部は「源氏物語」を書き続ける。

「神作家・紫式部のありえない日々」2巻より。帝を慕うが奥手な彰子と、帝の仲が深まることを願い、紫式部は「源氏物語」を書き続ける。

──彰子様が帝を慕っていることだけでなく、定子様を尊敬していることも伝わってきます。

そうですね。あとは、やっぱり恋する乙女なところがかわいいです。史実通りの凛とした部分もありつつ、少女らしい部分もあり素敵だなって。彰子様と帝が“推しカプ”な紫式部としては、より盛り上がれるだろうなと思います(笑)。

──そのほかにも、本作ならではの面白い描き方、栞葉さんの印象とは異なる描き方をされた登場人物はいましたか?

藤原道長の奥様の倫子様ですね。倫子様に関してすごく詳しいわけではないのですが、読んだ文献の中だと、もの静かでおっとりしていて。道長が浮気してもあまり動じないんだけど、大事なところは締めるみたいな。少し気の強いところもあるタイプの奥さんかなってイメージを抱いていたのですが、この作品だと姉さん女房な感じで、道長に対してかなりバシバシ言うんですよね(笑)。実際血筋的には倫子様のほうがかなり上なので、そうであってもおかしくないんですけど、かなりはっきりした人に描かれていて面白いです。逆にほかの作品では、ブイブイ言わせている感じで描かれがちな道長が、奥さんの尻に敷かれているちょっと駄目なイメージで。それでいて、抜け目のなさも感じる、昼行灯キャラっぽいところも面白いなと思っています。

栞葉るり

栞葉るり

「古典が難しそう」と思っている人こそ読んで欲しい

──単行本6巻までの中で、特に好きなシーンはどこでしょう。

先ほど彰子様が好きだと言ったことにつながってくるんですけれど、6巻で帝が妊娠している彰子様に、もし生まれた子供が男の子でも敦康親王を次の天皇に推したいと言う場面で、彰子様が「当然敦康になるものと…」と返す場面です。もちろん、史実でそういうやり取りがあったのかは定かではありません。でもその後、彰子様が父親の道長の意志に反してまで、敦康親王を次の天皇にするべきと言ったことへの理由付けにもなりますし。敦康親王を大事に思う父母としての絆がすでに芽生えているという描写に心が温まるし、熱いシーンでもあってすごく好き。ここから先の史実に、どうつながっていくのかという想像もかき立てられるシーンです。

──史実を知っていると、さらに深く楽しめるシーンだったのですね。栞葉さんは登場人物で彰子様が好きとのことですが、作中のキャラクターたちも「源氏物語」の登場人物を推したりしています。栞葉さんにも「源氏物語」で好きな登場人物はいますか?

個人的には、六条御息所がすごく好きです。主人公の光源氏よりも年上で、血筋もよくて。経歴も素晴らしいし、教養もある。大人だし本当にたくさんの魅力がある女性なんです。でも、だからこそ、光源氏からは敬遠されてしまう。そして光源氏に相手にされなくなると、最初はクールに振る舞っていたのに、最後は生き霊になってほかの女を祟り殺してしまって……。私は苛烈な女が好きなので(笑)、実は激情家で情が深い六条御息所がすごく魅力的に感じます。

──栞葉さんの推しに対する好みがわかりますね。

そうですね(笑)。源氏物語のお姫様の誰が好きで、けっこうその人の好みが見えると思います。

栞葉るり

栞葉るり

──最後に、このインタビューを読んで下さっている方々に向けて、改めて「神作家・紫式部のありえない日々」の魅力をお伝えください!

平安時代って、着るものも食べるものも儀式も文化も違う。何もかも自分たちと違うような気がしてしまうんですけれど、紐解いていくと、実は自分たちと同じようなことを考えていたり、似た悩みを持っていたりする。同じようなことを楽しいと感じていたり、共感できたりするところが本当に多くて。古典のいいところは、1000年前の人たちと現代を生きる自分たちが、たしかにつながっているんだなって感じられて、全然断絶された存在ではないと感じられるところだと思っています。この「神作家・紫式部のありえない日々」は、それをもっとカジュアルに、よりわかりやすく気軽に楽しめるところがすごく魅力的です。「古典が難しそう」とか、「意味がわからないし勉強して何の意味があるの?」と思ってしまっている人にこそ、ぜひ読んでもらいたいですね。平安貴族や文学は、こんなにも身近にある存在だと感じてもらえたらいいなと思います。

──小学生の栞葉さんに、古典の魅力を教えてくれた先生のような役割を果たせる本なのですね。

まさに「そんなに難しいことを言ってないんだよ」って教えてくれる先生的な作品だと思います。「萌え」とか「推しカプ」とか「夢女子」とか、オタクの人なら誰でもわかりやすい言葉で書かれているし、特に女性の方は、共感できるところが多いんじゃないかなって思います。

プロフィール

栞葉るり(シオリハルリ)

2023年11月にバーチャルライバー(VTuber)グループ・にじさんじからデビューした犬のお巡りさん。趣味は読書で、古典文学への造詣も深く、7月25日には初の著書「ゆるゆる古典教室 オタクは実質、平安貴族」を刊行した。2025年10月18日に開催される「にじさんじ WORLD TOUR 2025 Singin' in the Rainbow!広島公演」では、音楽ライブに初出演する。