「NOMAD メガロボクス2」|“百獣の王”が語る、アスリートの挫折と復活 武井壮インタビュー

大事なのは、作戦を立てたうえでの“努力と根性”

──今までのお話を聞く限り、そういう岐路に立たされた際は、金銭的なもので「こっちに行こう」と決めることが多いんでしょうか?

武井壮

そうですね、将来の僕の暮らしがより豊かになるだろうなっていう選択ですね。金銭もそうだし、あとは「こういう経験を積めると将来的に役に立つだろう」という点も含めて。

──「メガロボクス」のジョーがメガロニアに出たのは、借金を返すためというのもあるんですが、一番の理由は「勇利と戦いたい」というものでした。

そういうのは僕はないですね。僕とはまったく真逆だと思います。スポーツは楽しく生きるためのビジネスとしてやっているので。

──ジョーにとっての勇利のような、ライバル的な人はいませんでしたか?

僕が何かのスポーツを始めたら、自分より先に始めている全員がライバルです。究極を言えば、1位の奴を倒せば自分が日本一なので、強いて言うならそこがライバルというか、目標です。

──なかなかマンガやアニメのような、「運命のライバルと切磋琢磨」みたいなのはなかったんですね。

そうですね、1位の選手の記録を調べて、自分の能力でこの人の記録を超えるにはここを伸ばしたらいいっていうのをシミュレーションしてからトレーニングするだけです。十種競技であれば、この選手には投擲3種目ではかなわないけど、走るのが苦手みたいだからそこでひっくり返そう、みたいな。

──トップクラスの戦いは、やはりそういう戦略が重要なんですね。

スポーツは本当にそういうものなので。ただただみんなと同じ練習をやるほどつまらないことはない。その業界で誰も気付いてない、「これが一番近道だ」っていう道を見つけて全員を追い抜かないとチャンピオンになれないわけだから。人と同じことをやってても絶対に平行線にしかならないんです。

──なるほど……。スポーツマンガを読んでても、「とにかく最後は努力と根性」みたいな作品もあれば、作戦や知略が大事というものもありますよね。勝手ながら、武井さんは努力と根性タイプなのかと思い込んでしまっていました。

正しい作戦がないのに努力と根性やってる選手は一生勝てないですよ。大事なのは最高の作戦を立てたうえでの努力と根性ですよね。アスリートが練習の途中で心が折れるのって、「つらい思いしたのに伸びない」っていうときなんです。そうなると大好きなことを辞めないといけなくなる。本当に正しい戦略があれば、努力したときにほかの人より伸びるから、努力が大してしんどくないわけです。「これをやってれば次の試合であの辺の相手に勝てる」とか「2年後には日本一になれる」とかが見えるから努力ができるんです。

「あの人、仕事もせずに夜の街で飲み歩いてるんだ」

──非常にためになります。そろそろ「メガロボクス」の話題にいきましょう。まだ放送前ですが、武井さんには「メガロボクス2」の第2話まで観てもらいました。率直な感想としてはいかがでしたか。

まず映像がくすんだタッチなのがすごく印象に残ってます。そこがジョー(「メガロボクス2」では「ノマド」を名乗っている)の落ちぶれ感をよく描き出していて。誰にでもある、思い出したくない時代を思い出させる悲しさというのかな。昭和のアニメはこういうくすんだ画は多かったから、未来の話なのに懐かしいですね。

──セル風アニメを意識したレトロなタッチは、最近のアニメではあまり見られないですよね。そこが海外でも評価されています。

でも1話、2話と観ていくと、その世界観に入り込むというか。くすんだ感じは気にならなくなりました。最初は「放送前に借りた素材だから、もしかして仕上げる前の映像かな?」と思ったぐらいだったんですけど(笑)。

──ストーリー面ではどうでしょう。

「NOMAD メガロボクス2」より。

主人公のジョーって1作目では栄光を手にしたわけですよね。それが2作目では、とにかく落ちぶれていて。貧民街の闇闘技場みたいなところで戦って、どうやらよくない薬にも手を出していて……というスタートだったので、何が彼をそうさせたのかが気になりました。単に戦う場所を失ったのか、あるいは何かが原因でモチベーションを失ったのか。

──ジョー改めノマドがなぜあんなことになったのか、というのは2話では何もわからないですよね。

そこからどうやって復活するのかが気になりますよね。同世代の仲間にも、現役時代は輝いていたのに、40代後半になって、思い通りではない暮らしをしてる仲間も多いので。たまに再起して復活する仲間もいますけど。

──そういう人はどうやって再起するんですか?

そもそも僕が、1回落ちぶれてますから。陸上でチャンピオンになったあとのアメリカへのゴルフ留学って、スポンサーもつけて華々しく行ったんですよ。だけどゴルフの競技特性に自分の運動の癖をアジャストできるまでに時間がかかってしまって、1年でアメリカのツアー予選を通過する目標には届かず。1回ゴルフを諦めて日本に帰ってきたんです。今度は野球に行って、140kmぐらいは投げれるようにはなって、社会人野球をやったり、台湾プロ野球のコーチをやったりしたんですけど、まあ10何年もピッチャーやってる選手とは試合での細かな技術に差があります。それで野球も一旦辞めて。そのあと芸能の修行を始めるわけです。ここが一番つらくて、「メガロボクス2」のジョーの、落ちぶれた精神状態に近かったと思います。

──武井さんの暗黒時代。

「NOMAD メガロボクス2」より。

僕はもともと、芸能界で今のポジションに来るための明確なビジョンがあったんです。ゴルフや野球を経験したのも正直、全部芸能で使えるから。テレビでゴルフの中継は毎週やってるし、ニュースでもプロ野球をたくさん扱うので、経験は武器になりますよね。十種競技をやってたから陸上は全部できるし。こんなタレント1人もいないんだから、これで俺がおしゃべりを覚えたら最強のタレントになると思っていたわけです。でも働いてたら修行が間に合わないと思って、月に5日だけ働いて、それ以外は全部芸能の修行のために、フィジカルも鍛えつつ、おしゃべりの練習のために夜は芸能人が集まるバーに通いました。30代の最後で芸能界に勝負かけようと思って、30代は全部修業だと決めてたんですよ。でも周りでは「あの人、ゴルフとかも辞めて夜の街で飲み歩いてるんだ」って噂になって。

──それが修業とはなかなか理解されないですよね。

やっぱり普通の人からしたら夢物語じゃないですか。みんな俺のことを馬鹿にしてたと思います。それこそ「学生時代はすごかったのにね」って。しかも同世代が北京オリンピックに出て、朝原(宣治)くんがメダル獲ってたのに、同じチームでリレー組んでた武井壮は仕事もしてない、みたいな。

──その時期のつらさはどうやって乗り越えたんですか?

そこはもうスポーツやってたときと同じで、明確な戦略があって、「いろんなバックボーンや能力を持って芸能界に入れば絶対に成功できる」っていう自信があったんです。スポーツが全部できて、トレーニングとかの正しい理論もしゃべれる。トークに関しても、落語形式で自分で話しかけて自分で答えるっていう練習をして脳を鍛えてたし、しかも「動物と戦ったらこうやって倒せる」っていうネタもバラエティ番組向けに作ってました。あとは1回、どっかの番組に出してさえもらえれば特大ホームラン打つから任せておけっていう状態でマネージャーを雇って、「バラエティに出たいからフジテレビに行こう」って2人で乗り込んでプロデューサーと打ち合わせして、その1本目で出演した、中居(正広)さんが司会の「うもれびと」って番組でブレイクしました。

本田圭佑に嫉妬しています

──すごい。では武井さんのように「芸能界で売れてやる」っていう明確な目標があるならともかく、ジョーみたいな、1回スポーツでチャンピオンになったけど、その後の目標もなく落ちぶれている人はどうやったら再起できるでしょうか。おそらく周りにもそういった方はいるんじゃないかと思うんですが。

武井壮

それは2つしかないんですよ。ほかの何かの勝負で勝つか、もしくは稼ぐかしかないんですよ。

──「勝つ」というのは?

スポーツでもゲームでも、今ならYouTubeでもいいんですけど、チャンスを手にして山の上まで登って「世の中に認められる」こと。それかお金を稼ぐかですね。スポーツやってて落ちぶれて、好きでもないし、お金も稼げない仕事をやってて、「昔のほうがよかった」みたいな話をするくせに、「もっと稼げることやったほうがいいよ」って言うと「いや、お金のためにスポーツやってたわけじゃないんで」って言う奴が一番カッコ悪い。稼ぐ能力も知識もないくせに「俺は金じゃない」って言ってるのは逃げなんですよ。「金じゃない」っていうのはお金を稼いでから言うべきなんです。稼いだうえでお金のためじゃないことに時間を使えて初めて、「お金のためじゃない」が本物なんです。

──武井さん、ギラギラしててカッコいいですね。

とはいえ僕も、ギャンブルに勝ってきただけみたいな人生なので。1つのことだけをやって、人生勝ちきってる奴には憧れがあります。いまだにプロ野球選手を見たら羨ましいと思うし、ボクシングの井上尚弥に会うと「いいなー、尚弥」って思うし。サッカーの本田圭佑もそうですね。彼と一緒にミラノでメシ食ったときに誰も僕のことを知らなくて、イタリア人がみんな「oh,Honda! Honda!」って叫ぶわけですよ。地球上ではこの男に知名度で全然勝ててないなと思って。

──スケールの大きい嫉妬ですね。戦略を練っていろんなスポーツをやった武井さんからすれば、好きなボクシングやサッカーだけをやって世界のトップになっている人に対して憧れがあると。

もちろん圭佑も、サッカー一筋とはいえ、中学時代ぐらいからいろいろ考えていたそうです。単にサッカーがうまくて日本代表になるだけじゃなくて、金髪にしたり、両腕に腕時計つけたり。それで無回転シュートっていう武器もあって。キャラクターとニュースバリューがあるから、ACミランも彼を獲ったわけじゃないですか。しかも実業家として、全世界でサッカースクールを経営してるし、いろんな国でサッカーやってるのもそれを広めるためだと思うし。圭佑には知名度でも負けてるし、そういうブランディングとか戦略の面でも負けてるから、「クソ!」って思ってますよ。


2021年4月30日更新