イタリア発のロックバンド・マネスキンと「BEASTARS」板垣巴留との異色のコラボが実現! その全貌を徹底解剖 (2/2)

キャラクターの作り込みは、芸能ゴシップ好きから来ているのかもしれない

──「BEASTARS」ではビジュアルだけではなく、動物が持つ生態までもそのままキャラクターに落とし込まれていいます。このアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。

大学生の頃から、動物を主人公にしたマンガを描こうと考えていたので、世界観はできあがっていたんですよ。でもいざ週刊連載が始まってみると、毎週新しい展開、新しいネタ、新しい驚きを入れなくちゃいけない。そうなるとやっぱり、見た目だけじゃなくて性格や習性といった要素をどんどん掘り下げていくしかなくて。動物の生態はそういった中で自然に、連載しながら人間ドラマに織り交ぜられていった感じですね。レゴシというキャラクターがハルに……オオカミがウサギに恋するっていうのを縦軸に、ちょっとずつやり方を模索していきました。

──連載中に盛り込まれていったとは……! それにしては、動物の生態について詳しすぎやしませんか?

全然です。もう本当に忙しくて取材もできなくて。動物の専門家と対談するという仕事があったんですけど、あんなに毎週描いておきながら、「やばい、何も知らない」ってヒヤヒヤしてました(笑)。

板垣巴留

板垣巴留

──ダミアーノも話してましたが、1人ひとりのキャラクターが人間以上に人間らしくて、抱えてる悩みやコンプレックスが本当にリアルだなって感じたんですけど、どうやってキャラクターを構築していったのでしょうか。

特にモデルがいるとかではなくて。キャラクターの作り込みは、芸能ゴシップ好きから来ているのかもしれないです。人間の悪いところ、面倒くさいところ、意地悪なところこそ大好きですし、そういう人間味ある部分への執着がすごいので。今スキャンダルでニュースを賑わせている芸能人だって、先月の今頃、こんなことになろうとは思ってなかったわけじゃないですか。そう思うと、やっぱり人生ってすごいなって。そのすさまじさに圧倒されるというか。そこが面白くて、ドラマとして観ちゃうところもありますね。

板垣巴留

板垣巴留

──レゴシの祖父のコモドオオトカゲ・ゴーシャと、彼と旧知の仲だったビースター・ヤフヤの関係性もすごく好きで。ヤフヤは2人でビースターズになって社会を支えようとゴーシャに話を振りますが、最終的にゴーシャは社会よりも家族を選びます。レゴシとルイもそうなんですが、それぞれの道を歩みながらも最終的に認め合えるし、肯定し合える。こういった2人の関係性も週刊連載を続けていくうちに生まれたんですか?

そうですね、ちょっとずつ。家庭を選んだ男と仕事を選んだ男という相反する関係になってたって感じです。

──レゴシとルイも真逆のキャラクターですが、そういう設定がお好きだったりするのでしょうか。

ドラマ「白い巨塔」が好きなんですけど、その影響はあるかもしれない。野心がすごい医者と自分の出世より患者優先の医者という、全く意見の違う2人が登場するんですけど、たまに小さな接点で和解し合う瞬間があって。そういうのが好きなんですよ。別々のものを目指しているようで、実は大きな目標は一緒だったっていう。

これで正しいかどうかわからないのがつらかった

──レゴシと同じ演劇部の友人・草食獣のテムが肉食獣に食殺される“食殺事件”から物語が始まる本作。レゴシとハルの恋の行方を見守る一方、犯人は誰なんだろうと、食殺事件の顛末についてもハラハラしながら追っていたんですが、意外な人物で驚きました。犯人は最初から決めていたんですか?

いや犯人は全く決めてなくて。1話目で食殺事件を描いたのも、結局世界観を説明するために、この世界で一番起きてはいけないことをまず提示してやろうと決めていたからなんです。当時の担当編集さんに「犯人って決めてる?」って聞かれたとき、「犯人決めなきゃダメなんですか?」って答えたら、「いや、だめだよ。これはちゃんと解決しなきゃ」って言われて。当時は生意気だったので担当編集さんの言うことに疑問を抱いてましたけど、今考えると「そりゃそうだ。事件を解決しないまま放置するのはマズイだろ」ってなりますね。無知は怖いですね。作家も好きにできるわけじゃないんだって気付かされました。

板垣巴留

板垣巴留

──原作のなかで、描いていて一番楽しかったエピソードについて教えてください。

楽しかったのは、ハルがレゴシの前で制服を脱いだときですね。初めて読者から大きな反響があったんですよ。ハルの早とちりではあったんですけど、けっこうみんながぎょっとしてくれて。それまでは、週刊少年チャンピオンの中でもおとなしめの作品だったんじゃないかな。そこでようやく雑誌に載っているっていう実感が湧いて。読者はみんなこの感じが好きなのかって、やっぱり驚かせないとダメなんだなっていう学びがあって、すごくうれしかったです。

──逆に描いていてつらかったエピソードは?

つらかったというか、こういうこともあるのかと思ったのが、レゴシがルイの足を食べたとき。あんなに肉を食べることに抵抗を示していたレゴシが足を食べちゃうんだから、みんなビックリするぞって、けっこう前からノリノリで決めてたんです。そのときが来るのをシメシメって感じで待っていたんですけど、実際に描いてみたら、本当にこれでいいのかなって、レゴシがこんなことしていいのかなっていう迷いが生まれて。正しいかどうかわからないのがつらかったですね。でも、もうほかの展開なんて思いつかないし、これでいくしかないって。

「BEASTARS」11巻収録の第95話「18倍濃縮の雫」より。

「BEASTARS」11巻収録の第95話「18倍濃縮の雫」より。

──その後レゴシはより世界を見据えようと、学校という狭いコミュニティを飛び出して独り立ちしますよね。レゴシの物語の展開的にも大きな分岐点に感じたのですが、何がきっかけで社会人となったレゴシを描こうと思ったのでしょうか。

彼はあの世界の重罪である、“食肉”をしてしまったわけじゃないですか。ことの重大さを考えると、そのまま学校に戻るのはないなっていうのが、私の判断だったんですよね。学園ものを描き続けるほうが楽なのかもしれないけど、そこはやっぱり嘘をつけないなって。

──外の世界を描くとなって、いろいろ大変でした?

大変だった気がします、振り返ると。レゴシを学校から出すのは、相当怖かったですし、今12巻を読むとめっちゃ迷走してるなって思いますし(笑)。おぼろげなんですけど、そのとき担当編集さんも変わり、何もかもが新しくなってしまって、まったく地に足が着いてない状態だったんです。いるのはレゴシだけっていう。レゴシを信じるというか、ここはもう彼にしっかりやってもらおうと。

──個人的に一番心に残っているのが闇の繁華街・裏市にあるウサギ肉専門店で、向き合う覚悟を決めたハルから「ここでキスして」とレゴシにせがむシーン。ハルの気持ちの表れからなんですが、同族の肉が売られている店というとんでもない環境なのに、すごく厳かな印象もあって……。あれはどういうふうに考えて描かれたんですか?

レゴシとハルの裏市デートはいつか描きたいなとは思ってたんですけど、昔、京都の漬物屋さんに行ったときに、祭壇みたいに仰々しい感じで漬物がいっぱい置かれてるのを思い出して。あの店の感じで描いたら結婚式みたいな空気になるかもしれないと思って描きました。

「BEASTARS」14巻収録の第122話「鎮魂歌に耳を澄ませば賛美歌」より。

「BEASTARS」14巻収録の第122話「鎮魂歌に耳を澄ませば賛美歌」より。

「BEASTARS」はいつでも帰れるホームのような存在

──実はここで、サプライズが。ダミアーノから板垣先生への質問を預かってきたので、それを動画で観ていただこうと思います。

イケメンですね(笑)。

──動物たちによる世界観を描こうと思ったインスピレーションの源、動物のキャラクターたちに人間の感情を持たせようと思ったその発想のもとが知りたいと。

小さい頃から動物の絵ばっかり描いてきたので、突然閃いたものではないんですけど、動物の世界の話を茶化そうとする人が茶化せないような、矛盾がない動物の世界を作りたい、大人が読めるような動物の童話を描きたいって、自分の中で徐々にそう思うようになってったっていう感じですね。魔法使いの話って、絵本とかアニメだと子供向けの作品が多いですけど、「ハリー・ポッター」レベルになると、大人がみんな楽しみに観るじゃないですか。ああいうものを目指したかったんだと思います。

──4年間連載された「BEASTARS」が完結してはや2年が経つわけですが、改めて振り返ってみて、「BEASTARS」という作品は板垣先生にとってどんな作品でしたか?

振り返ると、ずっとレゴシのことを考え続けてきたんですよね。主人公だからっていうのもあるんですけど、彼に対しては嫌なところもすごくあるし、いいところもすごくある。割とそういう愛憎の関係にあって。でも彼の物語のおかげで、私は今のマンションに住めたしな、とか(笑)。

──(笑)。現実的な話が飛び出しました。

でももう、代表作に頼りきりでは生きていきたくないとも思うし、絶対また描きたいとも思うし。複雑なんですよね。強いて例えるなら、家族みたいな。今は離れたいから一旦別のところへいくけど、でもいつか帰るからっていう。

──まるで実家のようですね。

実家っぽさはありますね。「BEASTARS」の世界観はいつでも描けるし、いつでも帰れるホームのような存在だと思っています。

板垣巴留

板垣巴留

プロフィール

板垣巴留(イタガキパル)

2016年3月、週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて4号連続の読み切り作「BEAST COMPLEX」でデビュー。読み切りの好評を受け、同年9月に「BEASTARS」を連載開始した。「BEASTARS」「BEAST COMPLEX」ともに、草食動物と肉食動物が共生する世界を描いている。2017年、「BEASTARS」で宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2018」オトコ編で第2位を獲得。2018年には同作が第11回マンガ大賞、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第22回手塚治虫文化賞新生賞、第42回講談社漫画賞少年部門を受賞した。2021年7月より週刊少年チャンピオンで、「SANDA」を連載中。単行本が5巻まで刊行されている。