コミックナタリー Power Push - 原泰久「キングダム」

祝10周年!春秋戦国大河ロマン これまでの軌跡を1万4000字で振り返る

緻密な合戦シーンができるまで

仕事場の壁にかけられた、ホワイトボードとカレンダー。

──合戦を描きたかったと先ほどもおっしゃっていましたが、なんといっても人、馬が大量に描かれる迫力の戦闘シーンは「キングダム」の大きな特徴ですね。これを週刊連載でどう実現しているのか、と思ってしまうのですが……。

スタッフが大変ですよね(笑)。

──何人でやってらっしゃるんですか?

ヘルプも入れると、8人くらい抱えています。

敵陣に切り込む信。

──どのように指示を出していくんでしょうか。

例えばよくある、飛信隊が敵陣に切り込んでいく場面だったら、まず僕が主となるキャラを描いて、飛んでる人とかもちょこちょこ描いて……あとは鉛筆でパッと人物描いたのを「増やして」って渡して、ペン入れ自体はスタッフがする感じですね。よほどのことがない限りコピーとかは使わず、オールアナログです。

──ええ! 最初からスタッフさん、戸惑わずにやってらっしゃるんですか。

いや、戸惑ってます。もちろん。

──(笑)。

仕事場の本棚には「リクドウ」の単行本も。

ベテランのエースアシがいないと出来ないですね。見開きのゴツいのがきたらエースに渡すっていう流れがあります。昔は、今「リクドウ」をヤングジャンプで連載してる松原(利光)くんとかがいました。1、2年次のエースを養って、ちゃんと技術を継承したときに松原くんが連載決まって辞めていって。合従軍編のときとかは、エースが2人いたんでかなり強力な布陣でしたね。

──連載を通してずっとこの緻密な画面が続いていますが、ペン入れと仕上げは皆さん、何日くらいでやってらっしゃるんですか。

週刊なので、いつも4日半くらいで終わらせてます。

──カメラワークが俯瞰であったり、迫力を感じるのですが、それはもともと映像をやられていたというのも関係していると思いますか。

そもそも僕、マンガよりも映画ばっかり観てるほうだったんです。だから空間を感じないとイヤなんですね。

──シーンが頭に浮かぶときは、3Dで人間が実際に戦っているイメージ?

そうですね。アニメーションだったり実写だったり。とにかく動画です。全体を見せたいというか「こういう戦況だよ」と読者にわからせたいので、俯瞰を入れたくなりますね、ついつい。

──合戦を描くのが好き、というのは、どのあたりに快感があるんでしょうか?

昔から合戦映画を観るのが好きなんですけど……なんでだろうな。そう言われると……。

──人がたくさんいると血が滾るとか?

仕事場の本棚。「キングダム」の単行本のほか、映画のDVDやBlu-rayも多数並べられている。

はははは(笑)。うーん。映画を観ていても、大軍同士が対峙して、大将が出てきて檄を飛ばして「ウオーッ!!」って兵の士気が最高潮になるところが一番好きで。それを見られればもうモト取ったなって思うんです。たぶん映画が基本の考えにあって。映画だとどうしても、合戦を撮ろうと思うとお金を掛けた大作になるじゃないですか。でも同じことをマンガでやれば、元手も掛からず手で描けばいいだけだぞ、と。

──なるほど。マンガなら大掛かりなセットも大人数の役者もいらないですもんね。

そうなんですよ。人の手だけでやれるという、一番マンガの強い部分が出るなと。同じことを映画でやったらものすごい資金が掛かるけど。紙とペンだけでなんでも自由に創造できるっていうのは、マンガの一番の魅力であり武器ですよね。

──今まで描いた中で、特に手応えを感じた戦闘の場面はどこでしょうか。

蒙武・騰連合軍と楚軍の戦いの一端。

描き終わるとリセットしちゃうので、あんまり細かくは覚えてないんですけど……26巻の、楚軍との戦いの幕が開くところはよく印象に残ってますね。信の初陣の蛇甘平原から始まっていっぱい戦争を描いてきたけど、一番の大軍との戦いなので、今まで以上のものを見せたいという意気込みがありました。普通だったら僕はいろいろとコマを割ってしまうんですけど、完全な見開きでドーンと見せたのは、珍しいんですよ。

──確かに全見開きって、あまり「キングダム」では使われないですね。

この見開きが完成したときは手応えを感じましたね。大軍の中にうねりがちゃんとあって、よく見ると段差もついているんです。パッと見、立体的になっているというか、迫力があるなあと。

見開きで登場した廉頗。

──見開きといえば、廉頗のどアップが1度ドンと出てきたときはすごい迫力だったのでよく覚えています。

あー、あれも僕が描いた中では気に入っていますね。「廉頗カッコいいな」って思いました。

王騎を倒すのは大きな壁だった

──これまで描いてきた中で、特に苦労したというか大変だったパートというとどのあたりになるでしょうか。

原泰久の仕事場より。ダ・ヴィンチ(KADOKAWA)の特集で、王騎に扮した鈴木亮平の写真が飾られている。

大きい節目はふたつあるんですけど、ひとつは王騎があまりにも大きな存在になりすぎていて、彼を倒すのが一大イベントというか、大きな壁になってしまったことですね。王騎が死ぬのは史実上確定していたけど、あまりに強くなりすぎちゃって、これどうやって倒せばいいんだろうって。いろんな策を考えては「これじゃダメだ」って試行錯誤して……もっと後に出す予定だった李牧を出して、李牧と龐煖の合わせ技で倒そうと思ったんです。龐煖にやられるにしてもまだ足りなくて、矢が背中に刺さるっていうプラスアルファが必要になった。

──王騎は多くの読者にとっても存在が大きいキャラクターだと思います。私もつらすぎて、王騎が死ぬ16巻だけはなかなか読み返せません。

王騎最期の戦闘シーンより。

描きながらすごくハラハラしてたんです。幸いにも、死んでから皆さんがワーッと話題にしてくださってたので、「ちゃんと伝わったかな」と胸をなで下ろしました。描きながら自分でもボロボロ泣いていましたね。いつもキャラクターが死ぬときは、普通に涙してしまうんですけれど。

──王騎に限らずですか。

そうですね。尾到の最期のあたりもスイッチが入ってました。先の展開を考えながら、涙することもあります。

──先ほどおっしゃっていた、大変だった節目のふたつめはどのあたりでしょうか。

合従軍編ですね。あまりに風呂敷を広げすぎて。汗明とか面白おかしい武将もどんどん出して、始まったときはノリノリだったんですけど、いざセッティングが終わったら「これどうやって畳むのかな?」って(笑)。

──合従軍編は単行本9巻分に及んでいますが、複数の戦いが同時進行していたので、構成がすごく大変だったのではないでしょうか。

見開きで描かれた、秦と合従軍の配置図。

最初に全体の流れはざっくり決めてたんで、それをうまく場面転換しながらやっていく感じでしたね。ごちゃごちゃ見えますけどシンプルではあるんですよ。順にマッチアップを作っていくっていう。ただここも予定よりはだいぶ延びて、倍ぐらいの長さになりました(笑)。蕞まで龐煖が来た、っていうことは史実に残っているので、そのゴールに向かっていったんですけど。王騎のときと一緒で、「この終わらせ方で大丈夫だよね」とドキドキしながら描いていました。一番キツかったのは、蕞に入って山の民が来る前にひたすら我慢してるところ。毎週とにかく好転しないので。

──確かに何週にもわたって、苦境がずっと続いていました。

蕞防衛のため、苦境の中で戦い続ける信たち。

そうなんですよ。「読者ついてきてくれてるかな」って。「あと何日」って信と昌文君にしゃべらせることで「もうちょっとでゴールだよ」って匂わせたり、必死に工夫をしていましたね。

──「キングダム」はとにかく展開が速いというか勢いがあるので、あそこまで引っ張るのは珍しいですよね。どのくらいの単位で、先の展開を考えているんでしょうか。

逆算型なので、かなり先のことまで考えてますよ。物語のゴールは決まっているし、そこに向かうまでの構成も大きなブロックで作っている。すべてつながっていて、伏線も張り巡らしてます。1コマだけ出てきたキャラがこのあと大きなことをやらかしたり。ときどき忘れてるものもありますけど(笑)。

──あはは(笑)。1話1話のグルーヴがすごいので、勢いで描いている部分も大きいのかと思っていました。

キャラは自由にその場の勢いで動くんですけど、ストーリーというか展開はかなり緻密に作り込んでるほうだと思いますね。

──それが「中だるみがないマンガ」と評される所以なんでしょうか。

そうだと思います。先が決まってるから早く行きたいんですけどね。なかなか中華統一させてくれない(笑)。

原泰久「キングダム(41)」発売中 / 555円 / 集英社
原泰久「キングダム(41)」

中華制覇への大いなる一歩、秦国内の統一を果たし、互いの夢に向けて更なる決意を固める嬴政と信。そんな中、大国・楚では、国を揺るがす大事件が……。そして、趙への進軍を命ぜられた飛信隊の目の前に現れた驚愕の友軍とは……!?

原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」発売中 / 977円 / 集英社
原泰久「キングダム 公式ガイドブック 覇道列紀」

「キングダム」公式ガイドブック第2弾!これまでに登場した全キャラクターや各エピソードを解説するほか、原による裏話、週刊少年ジャンプ2013年24号に出張掲載された「キングダム」の読み切りも収録。原とケンドーコバヤシ、いきものがかりの水野良樹による対談2本も収められた盛りだくさんの内容だ。

「週刊ヤングジャンプ」9号 発売中 / 330円 / 集英社
「週刊ヤングジャンプ」9号
掲載ラインナップ

空えぐみ「天野家四つ子は血液型が全員違う。」/ 迫稔雄「嘘喰い」/ 二ノ宮知子「87CLOCKERS」/ 吉村拓也「神様のハナリ」/ 原泰久「キングダム」/ 佐藤カケル「グラビアトリ」/ 笠原真樹「群青戦記 グンジョーセンキ」/ 岡本倫「極黒のブリュンヒルデ」/ 野田サトル「ゴールデンカムイ」/ 本宮ひろ志「サラリーマン金太郎 五十歳」/ 稲葉そーへー「しらたまくん」/ 作:貴家悠、画:橘賢一「テラフォーマーズ」/ 原案:貴家悠&橘賢一、漫画:フォビドゥン澁川「てらほくん」/ 小野祐平「TELECASTIC GIRL」/ 石田スイ「東京喰種トーキョーグール:re」/ サンカクヘッド「干物妹!うまるちゃん」/ 二宮裕次「BUNGO-ブンゴ-」/ 原作:柴田ヨクサル、作画:蒼木雅彦「プリマックス」/ 杉戸アキラ「ボクガール」/ 稲葉みのり「源君物語」/ 山本隆一郎「元ヤン」/ 松原利光「リクドウ」

原泰久(ハラヤスヒサ)

6月9日生まれ、佐賀県出身。2003年に週刊ヤングジャンプ(集英社)の新人賞・第23回MANGAグランプリにて、「覇と仙」が奨励賞を受賞。同年ヤングジャンプ増刊・漫革Vol.36に掲載の「金剛」で、デビューする。週刊ヤングジャンプ2006年9号から「キングダム」の連載をスタート。同作はアニメ化やゲーム化も果たしており、2013年には第17回手塚治虫文化賞の大賞に輝いた。