「神さまがまちガえる」仲谷鳰が今、日常ものに挑む理由。自分が読みたいものを描く楽しさと難しさ

百合マンガの金字塔と言われる「やがて君になる」の完結から約2年を経た2021年10月、ついに仲谷鳰の新連載「神さまがまちガえる」が月刊コミック電撃大王(KADOKAWA)でスタートした。同作は植物が異常繁殖してしまう、人間の左右の認識が反転してしまうなどの不思議な現象“バグ”が頻発する世界を舞台に、男子中学生の紺、バグに関する研究をしているかさねをはじめとした人々の日常を描く作品だ。

コミックナタリーでは5月27日の単行本1巻発売を記念して、仲谷へのインタビューを実施。仲谷自身が今描きたいもの、読みたいものを描いたという「神さまがまちガえる」が現在の形に落ち着くまでの紆余曲折や、同作と「やがて君になる」の違い、日常ものへの思いなどを聞いた。インタビューの後には第1話の試し読みも掲載しているので、併せて読んでみては。

取材・文 / 齋藤高廣

新型コロナ騒動の最中で考えた、世界がバグっても続く日常

──「神さまがまちガえる」は「やがて君になる」完結から約2年ぶりの連載作品ですね。

「やが君」の連載終了後、疲れ果てて長めにお休みをいただいてしまいました(笑)。その間もイラストのお仕事をいただいたり、同人誌を出したりと、ちょこちょこ絵を描いてはいたんですけどね。「神ちガ」の企画は1年以上、「ああでもない、こうでもない」と練っていました。

──「神ちガ」は日常ものですが、前作は百合作品ですよね。ジャンルがまったく違う作品を描くにあたって「受け容れてもらえるだろうか」という不安もあったのではないでしょうか。

実は現在進行形で不安なんですけど(笑)、「次は多分、百合作品じゃないですよ」と前々から言っていたこともあり、迷いはなかったです。それに「神ちガ」への反応を見ていると、「やが君」を読んでくださった方が毎月連載を追ってくださっていたり、「単行本が出たら買おう」と言ってくださっていたり。逆に「やが君」を読んでいない人が「面白い」と言ってくださっているのを見かけたこともあって。

──「やが君」ファンにも新規層にも届いていると。1巻のあとがきを拝読したのですが、「次は少年とおねーさんの漫画にしよう」というところから構想が始まったんですよね。少年と年上のお姉さんの関係性はもともとお好きなんですか?

「神さまがまちガえる」1巻のあとがきより。

「神さまがまちガえる」1巻のあとがきより。

はい、好きですね。

──では当初は「少年とおねーさん」の組み合わせから構想を膨らませたという感じなのでしょうか。

最初は「前作とは違うことをしたいな」という思いがあったので、まず主人公を男の子にしようということだけぼんやり考えていました。年齢は14歳で……フィクションにおける14歳って、ちょっと特別視されている感じがありませんか? 中二病と言われたり、例えば「新世紀エヴァンゲリオン」も14歳の子供たちの話だったり。

──お話を伺いながら、ちょうどシンジくんのことを思い浮かべていました(笑)。わかります。

それから大人の強い女性キャラが好きなので、そういうお姉さんに男の子がからかわれたり、優しくされたりするのはおいしいなあと思って、「少年とおねーさん」の組み合わせにたどり着いたんです。「中二病っぽい話にしたい」という思いもあったので、かさねの立ち位置に当たるお姉さんキャラを人外にしてみたり、特殊な能力を持たせてみたりした時期もありました。ジャンルも構想を進めながらころころ変わって。最初はバトルもので考えていたんですけど。

「神さまがまちガえる」第1話より、紺とかさね。

「神さまがまちガえる」第1話より、紺とかさね。

──仲谷先生の作風とバトルものの組み合わせはかなり意外な感じがします。

基本的には少年マンガで育ったので、自分が描けるかどうかはさておき、バトルものに対する憧れはありますね。

──お話を聞く限りかなり紆余曲折があったのではないかと思うのですが、どのように「神ちガ」の形に落ち着いたのでしょうか。

うーん、いろいろあったので私もちょっと記憶が曖昧なんですけど……。1回ネームまで行ったけど形にならなかった案があって、その作品がきっかけだったかなと思います。人の記憶に干渉できる能力を持った女性のお話だったんですが、彼女が作曲家を目指している人物の記憶を見るため、その人の精神世界に入っていく場面があるんです。ここをどう描くか考えていたとき、前の担当編集さんに「現実じゃない、精神世界だからこそできるような描写をしてみてもいいよね」と言われて。作曲家志望の人の精神世界なので、音が形になっていて、触ることもできるという設定を考えました。この作品自体は形にならなかったんですけど、そのときに「現実的じゃない世界を描くのはちょっと楽しいな」と思って。ほかにもそういうことができる設定はないかと考えていたら、「バグっている世界」というアイデアが浮かんだんです。

──「これならいけるぞ」と。

はい。あと構想を膨らませていた期間中は、ずっと新型コロナが流行している状況下だったんですね。今でこそこの状況に慣れてきましたけど、最初の頃は「なんかすごいことが起きている」みたいな感覚だったじゃないですか。でもとんでもないことが起こっている一方で、それでも日常生活は続くんだなということも感じて。そのときに変なことが起こっている世界を舞台にした日常ものが描けるかもしれないと思ったんです。以前だったら異常事態に対してキャラクターが必死に対処するパニックものみたいな描き方をしたかなと思うんですけど……。

「神さまがまちガえる」第1話では、植物が繁茂するバグが起こる。

「神さまがまちガえる」第1話では、植物が繁茂するバグが起こる。

──新型コロナの経験を踏まえてこういう世界観になったと。それを踏まえて読むとまた違った読み方ができそうです。

作り手側だけでなく、読者の方にも今、「変なことが起こっているけど日常が続いている」という物語は受け容れられやすくなっているんじゃないかと思っています。

こじらせたキャラが変わっていく「やが君」、キャラの変わらない姿を描く「神ちガ」

──仲谷先生は以前、別媒体のインタビューで「(キャラを)こじらせないと物語が描けないところがある」とおっしゃっていましたが、「神ちガ」にもそういうポイントはありますか。

「神ちガ」はそんなにこじらせていない作品です。そういう物語は「やが君」でやったから、今回は違うことがやりたいなと思っていて。

──ちなみに「キャラがこじらせた物語じゃないと作れない」と考えていたのはなぜでしょうか。

キャラがこじらせている物語は、基本的にキャラが問題を抱えているところからスタートして、最終回付近でそれが解決するという流れになると思うんですね。それまでの間に1話ずつその問題についての進捗があったり、あるいは難関が立ちはだかったりするように話を組み立てていくことになる。「何をするべきか」という道筋が見えやすいんです。

──確かに、例えば「やが君」の序盤では侑が「人を好きになるという気持ちがわからない」という問題を抱えていましたよね。読者として「侑はこの先どう変わっていくんだろう」と疑問を抱きながら読んでいました。

「やがて君になる」1巻

「やがて君になる」1巻

そういう意味で「やが君」はキャラが変わっていく話で、最終的には幸せな結末を迎えたと思っているんですけど、例えば侑の人を好きになるという気持ちがわからない悩みに共感していた読者の中には「なんか最初の頃と変わっちゃったな」みたいな寂しさを感じた方もいたようなんです。私自身「それもわかるな」と思うところがあり、日常ものに興味を抱いたところがありました。そうではない作品もあると思うんですけど、日常ものは基本的にキャラがあんまり変化しないジャンルだと思っているので。

──ただ逆に言えば日常ものは大きな物語の流れがないことが多いですし、「神ちガ」もそういう作品だとすると、「やが君」とは違う作り方になりますよね。

そうですね。何をやってもいいっていう意味では自由だけど、何をやるか毎話考えなければいけない。だから「やが君」連載中は「そういう作品が作れる人はすごいなあ」と思っていたし、「難しそうだけど、私にもできたらいいなあ」という気持ちもありました。

──長期連載を一度経験したことで「そういうスタイルでもやれるんじゃないか」という自信がついたのでしょうか。

どちらかというと「できそうな気もするし、できないかもしれないけど、やれるとこまでやってみよう」くらいの感じかもしれないですね(笑)。やり方がまだわからないならこそ、やってみたいというか。そういう意味では「神ちガ」は日常ものですが、バグという設定があるぶんまだ描きやすいです。もっと現実的な設定で日常ものをやるとなると何をやっていいかわからなくなっちゃうんですが、毎回何かしらのバグが起こるなら、バグによるトラブルに対処する話にするとか、ストーリーを組み立てやすい。これも「バグという設定でいける!」と思った理由のひとつですが。

──逆に、読者としては「毎回違うバグを考えるのは大変そうだな」と思ってしまいます(笑)。

その説もあります(笑)。

──バグの設定はどのように考えているのでしょうか?

一応、思いついたアイデアは書き留めています。あとは例えば第1話では「扉絵で何が起こっているかわかる大きいバグを起こしたい」というところから考えて、植物が繁茂するバグを考えました。第2話では「かさねはバグらない」という設定を明らかにしつつ、紺とかさねの関係性を見せたいので、その2つが描けるような、人間に起こる系のバグを考えて。

──紺が途中でかさねのところに引き返して一緒に日の出を見るくだりは、かさねを放っておけない紺がかわいいなと思いました。

「神さまがまちガえる」第2話より。

「神さまがまちガえる」第2話より。

ありがとうございます。そんな感じで、「今回はこういう話にしよう」と話の組み立てからバグを考えていく軸と、「このバグは面白そうだな」とバグから話を組み立てていく軸があって。その2つを行ったり来たりしながら作っている感じですね。

──この設定だと起こるバグだけでなくキャラもその都度変えていくオムニバス形式の連載もあり得たと思うのですが、それはあくまでキャラをじっくり描きたかったからでしょうか。

そうですね、単純にオムニバス形式だと難しすぎるのと(笑)、キャラの描写を積み重ねた方が作品として面白くなりそうだなと思ったからです。話数が増えていけば、「こういうバグが起きたとき、あのキャラだったらこういうことをしてくれそうだな」という予想や期待が、読者さんとの共通認識として生まれてくると思うんです。その期待に応えたり、逆に裏切ったりすることでより面白くできるんじゃないかと。

──もともと日常ものを描くのは難しいと思っていたということですが、実際に連載が始まってみて、予想外のところで難しさを感じたことはありましたか。

1話1話を読み切りのような形でちゃんとまとめるとなると、意外とやりたいことが渋滞しちゃうなとは思いました。例えば「1話は最初のエピソードだからバグっている世界についてまずは説明しなきゃいけないよな。でもキャラをもうちょっと見せる話もしたいし……」とか、「舞台がシェアハウスばかりになるのも嫌だから学校の話もやりたいな……」とか。日常ものってもっとのんびり話を作れるのかなと思っていたら、やることが多くてペース作りが難しいです。

──ちなみに日常もののマンガで意識している作品はありますか。

電撃大王に連載されていることもあって、あずまきよひこ先生の「よつばと!」はかなり意識しますね。意識するにはビッグタイトルすぎるんですが。

──「よつばと!」は日常ものの中でも時間が流れてキャラクターの関係性も少しずつ変わっていくタイプの作品だと思いますが、「神ちガ」もそういう作品なのでしょうか。

そうですね、ゆるやかに時が進んでいくのかなと。その中で変わるものもあれば、変わらないものもあるという感じです。